ビル・バーネット氏は、スタンフォード大学デザイン・プログラムのエグゼクティブ・ディレクター、ライフデザイン・ラボの共同創設者。アップル社のPowerBook、ハズブロ社の『スター・ウォーズ』アクションフィギュアのデザインで受賞歴もあるデザイナーでもある。
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「仕事がつまらない」「本当に自分がやりたい仕事かどうか分からない」「このまま年をとっていくのが不安」……。あなたも日々、そんな悶々とした気持ちを抱えてはいないだろうか。
米ギャラップ社が2017年に発表した調査によれば、日本企業は「やる気に満ちた社員」の割合はわずか6%。この数字は調査した139カ国中132位で、日本人の多くが意欲をもって仕事に取り組めていないという実態が伺える。
終身雇用が崩れて働き方も多様化し、「人生100年時代」と呼ばれる今。他者のモノサシではなく自分自身の価値観に照らし、ライフステージが変わっても「充実している」と実感できる人生を送り続けるにはどうしたらよいのか。
スタンフォード大学で学生に人気を博している人生設計の講座「デザイン・ユア・ライフ」で指導するビル・バーネット氏に聞いた。
スタンフォード生も卒業後の進路に悩んでいる
名門スタンフォードでも多くの学生が卒業後の進路について悩んでいる。そんな現状を目の当たりにし、バーネット氏が旧知のデイヴ・エヴァンス氏とともに始めた「Designing Your Life(デザイン・ユア・ライフ)」は、同大で1、2を争う人気の選択講座に。
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——先生が教鞭を執るスタンフォード大学では、卒業後の進路に迷う学生が少なくないそうですね。日本でも状況は同じで、人生の目的を見つけられないまま大学を出て就職し、社会人になっても「自分探し」を続けている人が多いのが現状です。それはなぜだと思いますか。
バーネット:大学を出たての20〜30代の若者が、自分の好きなことを既に見つけ、自分に合った道を歩んでいることの方が稀なんですよ。アメリカの統計では、大学の専攻と関係する仕事に就く人は全体の20%しかいません。
大人はよく若者に「大きくなったら何になりたい?」と聞きますが、まだ成長過程にいる彼らがはっきりと答えられないのは当たり前のことです。自分が情熱を傾けられるものも、もう少し後に出合うかもしれませんし、それも年齢とともに変わっていくかもしれません。
打ち込むものがない若者たちに、固定観念の強い間違ったアドバイスをたくさんして、プレッシャーを与えてしまう大人たちもいけませんね。
また最近の傾向としては、SNSや携帯電話の影響で、他者と比較をして劣等感を抱いてしまう若者が多いのも事実です。子どもの頃から携帯やSNSとともに生活してきた彼らは、他者とつながりを築くのも下手で、孤独感を感じているようです。
豊かな人生を送るためには、人とのつながりを持つことはとても大切です。特に若いうちは、人とのコミュニケーションのとり方をたくさん学んでほしいですね。
「行き詰まり感」になぜデザイナー思考?
若者にとって身近な存在であるSNSには他者の投稿が絶えず流れ、時に不安や劣等感を抱かせる要因にもなる。
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——先生の講座は、キャリア設計に「デザイン思考」を応用している点が特徴です。デザイン思考といえば、デザイナーが世の中にまだ存在しないものを想像し、クリエイティブな方法でそのアイデアを実現するための思考法ですね。デザイン思考が個人のキャリアを考える上でも役に立つ、となぜ思いついたのでしょうか。
バーネット:もともと知り合いだったデイヴ・エヴァンスとスタンフォード大学内に「ライフデザイン・ラボ」を新設しようとしていた時に、新しいものを世に送り出す際にデザイナーが使う「デザイン思考」が、まっさらな人生を設計しようとする学生たちを導く上で、とても有効だということに気づきました。
「Designing Your Life」はスタンフォード大以外へも広がり、今では世界127校で開講され、8カ国で社会人向けワークショップも開催。ワークショップを擬似体験できるのが『スタンフォード式 人生デザイン講座』だ。
撮影:今村拓馬
例えば“視点の転換”。これは、デザイン思考で問題を別の視点で捉え直す時に使う手法ですが、人生の行き詰まりを打開して新しい道を探る際に大変役に立ちます。
もう一つ例を挙げるなら、デザイナーが何かを生み出す過程で、たくさんのプロトタイプ(試作品)をつくって人に意見を聞いて回る“プロトタイプ・カンバセーション”。これも、自分がある職業に関心を持った時に、例えばアルバイトとしてその職業を体験してみたり、その職業に就いている人に直接会って話を聞いてみたりといった形で応用できます。
デザイナーたちの自由でクリエイティブなモノづくりのアプローチは、手探りで模索しながら人生を切り開いていく人生設計のプロセスと、とても相性がいいのです。
天職とは自分でつくっていくもの
——理想のキャリアを考える時、私たちがよく想起するのが「天職」という言葉です。天職には「自分にぴったりフィットする、天から授かった職業」という意味がありますが、これに対してはどうお感じになりますか。
バーネット:もちろん、ダンサーや絵描きなど、幼い頃から魅了される世界に飛び込む人もいます。この場合、食っていけないことも多く、いろいろと折り合いをつければならないこともあるでしょう。
しかし、こうした人たちはほんの一握り。ほとんどの人は後から「天職」となる仕事に出合うことになると思います。
というのも、人はまず仕事を始めてみて、それが上達して自信がついた時、その仕事が自分の「キャリア」と呼べるものになっていくからです。そして、キャリアを積み重ねていくうちに、気がついたらそれが「天職」と呼べるものになっていく。
だから天職は、初めからあるものではなく、自分でつくっていくものだと思います。
“フューチャー・プルーフ”で人生を切り開く
自分にぴったりフィットする職業が天から降ってくることはまずない。ほとんどの場合、天職とは後追いで「これがそうだ」と気づくものだとバーネット氏は言う。
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——日本でもここ数年で生き方・働き方の自由度が増し、就職も、転職も、結婚も、いつまで働くかも「人それぞれ」が当たり前になってきました。自由度が増したという意味では喜ばしい一方、自分自身で選択しなければならないという意味では厳しい時代になったとも言えます。このことによって、私たちにはどのような変化が求められているのでしょうか。
バーネット:1950〜80年代は、一つの会社に入ったら定年まで勤め上げるという働き方が主流でした。でも今は違います。仕事の内容もものすごいスピードで変化しています。
例えば、今あるIoTやAI関連の仕事は、1980年代まではまったく存在しませんでした。同じように、これからIoTやAIによって多くの仕事が自動化され、それに伴い、仕事の内容も刻々と変化していくでしょう。
だから、私たちは“フューチャー・プルーフ”(防水ならぬ防未来)でなければいけません。来るべき変化に対応しながら、自ら人生を切り開くのです。
自分の興味が変わってもかまいませんし、複数の異なる仕事をこなしてもいい。私自身も、デザイナーや教師等、さまざまな顔を持っています。
日本人は、世界と比較してまだまだ選択肢が少ないように思いますね。自分の好奇心によって導かれるものより、安定や忠実であることを優先している。
仕事は、人生の多くの時間を費やすわけですから、ただ「食うためのもの」と割り切ってこなすだけではもったいないと思いませんか。企業側も、モチベーションの低い社員たちの生産性を考えてみてください。
発想の転換で目の前の仕事を楽しくして、仕事に意味を持たせる工夫はいくらでもあると思います。
仕事の生産性を高めてくれる「遊び」
2020年には日本でも公式ワークショップがスタート予定。それに先立つ2019年12月には都内で体験会が開催され、バーネット氏自らが講師を務めた。
撮影:今村拓馬
——先生は著書の中で、「ワーク・ライフ・バランスの4つの分野」として健康、愛、遊び、仕事の4つを挙げ、自分自身にふさわしいバランスを考えることを勧めています。世界的にも勤勉で知られる日本人ビジネスパーソンは、4つの中でも特に「遊び」という要素をおざなりにしがちですが、ここに「遊び」を含めた意図を教えてください。
バーネット:人生で「遊び」がないと、好奇心や社会的な感情や知性が刺激されません。好きな遊びをしているときに感じるあのワクワク感は、仕事の生産性を高めてくれます。また、人との付き合いもうまくいくようになるでしょう。
仕事が中心の日本人は、遊ぶ時間が少ないと聞いていますが、今現在の仕事、遊び、愛、健康の4つのバランスを書き出してみてください。その時に役に立つのが、私たちのワークショップでも使っている「ダッシュボード」の図です(下図参照)。
この4分野は人生という旅に必要なエネルギー源。ワークショップでは自分自身にフィットする生き方のバランスを見つけていく。
(出所)ビル・バーネット、デイヴ・エヴァンス著『スタンフォード式 人生デザイン講座』より。
4つの項目のバランスを書き出してみて、もし「遊び」が足りないことが分かったら、どうすれば遊びを増やし、改善できるか考えてみましょう。
実際、このプロセスで、最近私も遊びが足りないことに気がつきました。そこで週に1回、妻とタンゴのレッスンを受けることにしたのです。それによって、「愛」の項目も上がるから一石二鳥ですよ(笑)。
あくまでも目標設定は「低く」
——最後に、年初に私たちが「これからのキャリア」を考えるにあたり、アドバイスがあればお願いします。
バーネット:新年の抱負というものは、宣言だけで終わる人がほとんどです(笑)。だからあまり意気込まない方がいいですよ。
何かを変えたいと思っている人は、まず好奇心を持ちましょう。自分は何が好きで、何に心を動かされるか敏感になりましょう。その上で、その関心を持ったことに対して行動を起こしてみてください。
人生の行き詰まりを一気に解消しようと高い目標を立てるのは禁物。できるだけ「低く」目標を設定することがコツ。
撮影:今村拓馬
ただし、目標設定は「低く」持つことを忘れずに。ここで大きな目標を立ててしまうと、最初の一歩が踏み出せませんし、途中で挫折してしまうかもしれません。
例えば、物書きになりたいという人は、いきなり会社を辞めたりしないこと。まずは「ブログを書いてみる」など、すぐにできるレベルのところから始めるといいでしょう。
友人に自分のアイデアを話してみるのもいいですね。応援してくれる仲間は大切です。知り合いの伝をたどって、実際にその仕事に就いている人を紹介してもらい会ってみるのもおすすめです。ひょっとすると「ちょっと書いてみない?」という話になるかもしれません。
小さな目標を設定し、それを1つずつクリアしていくうちに自信がつき、気がついたら到達点にいるなんてことも、実際とても多いものです。
まずは小さな行動を起こしてみる。すべてのスタートは、その一歩からです。
(取材/構成・狩野綾子、撮影・今村拓馬、取材/編集・常盤亜由子)
ビル・バーネット:スタンフォード大学デザイン・プログラムのエグゼクティブ・ディレクター、ライフデザイン・ラボ共同創設者。現在は毎年約100人の学生をデザイン・プログラムで指導している。共著書『スタンフォード式 人生デザイン講座』は全米ベストセラーとなり、講座は世界127校で行われているほか、米大手企業も採用。2020年には日本版公式ワークショップも開催される。
狩野綾子:日英ライター、翻訳家。慶應義塾大学、ロンドン大学ゴールドスミス大学院を卒業。英字新聞の文化欄記者を経てフリーに。翻訳書に『「ひらめき」を生む技術』(伊藤穣一)、共訳書に『オイスター・ボーイの憂鬱な死』(ティム・バートン)など。