JICA、マッキンゼー、世界銀行経てゲイツ財団の日本人がたどり着いた「やるべきこと」

馬渕俊介氏

撮影:ギブソンまり子

マイクロソフト創設者ビル・ゲイツが共同代表を務める「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」。発展途上国の人びとの健康状態を改善し、最貧困といわれる状況からの自立を支援する取り組みで目覚ましい成果を上げている世界最大の非営利団体ですが、その実態を知る人は多くないでしょう。

そんなゲイツ財団に所属し、グローバル・デリバリー部門のシニア・アドバイザーとして活躍する日本人がいます。馬渕俊介さんです。

馬渕さんは東京大学在学中に途上国支援を志し、JICAからハーバード大学の公共政策大学院ケネディ・スクールへ留学し、その後マッキンゼー・アンド・カンパニー、世界銀行などを経て現職に就いた、ユニークなキャリアの持ち主。

今回はそんな馬渕さんの経歴をたどりながら、「世界で最も難しい課題」に取り組む中で経験してきた組織づくりのアプローチを深掘りします。日本企業で働くビジネスリーダーにとって学びの多いものでした。

人の命を救うため、世界を「最適化」する

——日本では、ビル・ゲイツがマイクロソフト退任後、慈善活動に積極的に取り組んでいることは知られていますが、「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」についてはあまり知られていないかもしれません。財団の目的と活動について伺えますか。

ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、ビルがマイクロソフトのCEOを退任して、妻のメリンダとともに発展途上国の人びとの健康状態を改善し、最貧困といわれる状況からの自立を支援するために、2000年に創設された財団です。

「すべての生命の価値は等しい」という信念を掲げて、世界における不平等……中でも5歳以下の子どもたちの避けられる死、それから病気――マラリア、エイズ、そして人類が撲滅する病気として天然痘に続いて2番目となる、そのあと一歩のところまで来ている小児まひなどの問題にあたるため、グローバルヘルスプログラムに注力しています。

ゲイツ財団の特徴は、民間企業に匹敵するほどの「結果への執着」です。プログラムの結果および最大の成果を上げるための戦略は、チームごとに毎年ビルおよびメリンダとのレビューで厳しくチェックされ、それまでの戦略が抜本的に見直されることもあります。

そして、ゲイツ財団には「明確な期限」が設けられています。それは、共同代表者であるゲイツ夫妻が亡くなった後20年以内にこの財団は消滅するということ。それまでに絶対に結果を出さなければならない。究極的には、財団はなくなるべきものであり、財団がなくなるまでに途上国の保健医療が大幅に改善され、さらなる改善のためのエコシステムができあがっていることを目指しています。

そのために、年間約50億ドル……解決すべき課題に対しては雀の涙のような金額ですが、財団の資金を最大限にレバレッジして、グローバルヘルスの世界を「最適化」する。財団におけるROIのR(リターン)は「人の命が救われる」ということです。

タンザニアを訪れるビル&メリンダさん

——マイクロソフトで圧倒的なプロダクトを生み出し、世界を塗り替えたように、その考え方を国際支援にも応用している、ということですね。

はい。他にも、例えばより多くの人びとがエイズ治療にアクセス可能となったのは、ゲイツ財団が他のパートナーと協力して治療薬の生産、服用プロセスの最適化や、治療薬の世界規模での大量共同購入と価格交渉を推進し、薬価が大幅に下がったからでした。こうした必要性は明確なものの、儲からないがために企業が動こうとしない領域に投資し、マーケットを動かすことも我々の役割です。

——そんなゲイツ財団で馬渕さんはどんな役割を果たしているのでしょうか。

馬渕俊介氏ルーム

私が働くグローバル・ヘルスの領域には大きく2つの部署があります。一つは、先ほどお話しした薬やワクチンの開発を支援する部門、もう一つはそれを必要な人へ届けるデリバリーを支援する部門です。

私が担当しているのは後者で、副ディレクターとして戦略・企画マネジメントを行ったのち、現在はシニアアドバイザーとして、世界銀行に併設された「グローバル・ファイナンシング・ファシリティ」という母子・青少年健康支援のための国際パートナーシップへの支援をリードしています。そこでは、さまざまな援助機関や民間セクターといったパートナーを束ね、各国に対する支援を最適化するための調整を行っています。

——「最適化」という言葉がたびたび出てくるのですが、やはり国際援助において構造的な課題はあるのでしょうか。

そうですね。世界にはさまざまな援助機関がありますが、援助国の意図が反映されたり、国際機関もそれぞれの存在意義や資金調達をめぐって重複やギャップ、競争が生じたりすることは多くあります。

ゲイツ財団は、そうしたことに左右されることなく、純粋に「命を救う」という結果を出すことに集中できることが、途上国や他の援助機関からの信頼にもつながっています。グローバル・ヘルス分野の多くの重要な援助機関の設立や強化、援助機関同士の調整を支援しており、国際援助のエコシステムを最適化に向けて注力しているのです。

また、多くの機関は構造的な理由でリスクの高いイノベーションに投資できず、なかなか新しいことを始められません。大学卒業後にJICAに入って感じたのも、業界全体として結果に対する執着が弱く、ダイナミックに効果的なアプローチを取りいれることができていない、ということでした。

世界の不平等、特に途上国における病気の撲滅は「世界で最も難しい課題」だと思うんです。本来であれば、どんな機関がどう連携してどう支援すればゴールを達成できるのか、筋道を考えたうえで実行すべき……。

しかし、専門性の高い人が取り組んでいる一方で、なかなか効率・効果を厳しく問う民間の問題解決の方法論を身につけている人はいなかった。そこで私は、より国際援助のインパクトを高めるためにビジネスを学びたいと考えたのです。

ケネディスクールでの学長賞受賞時

ハーバード大学のケネディスクールへ行ったところ、トップレベルの経営コンサルティング会社などで鍛えられた人びとのアプローチのユニークさやスピード感、仕事のやり方に感化されました。それらは企業を改革する現場に身を置かなければ、なかなか身につけることは難しいだろうな、とも。

それで、マッキンゼーに入り、鉱山会社やスーパーマーケット、空輸会社などさまざまな組織のオペレーション改革に取り組みました。さらに、多国籍チームをリードする実力をつけ、アフリカのビジネスを学ぶために、世界各地から人材が集まってきていた南アフリカオフィスへの移籍も経験しました。そうして、また国際援助業界に戻ってきたのです。

当事者の文化を尊重し、その叡智を引き出す

——馬渕さんが考える、難しい課題解決に必要なアプローチはどういったことでしょうか。

重要なのは、当事者自身の伝統や文化を尊重し、その知恵と力を最大限に引き出すことです。

JICAに入る前、文化人類学の研究者として途上国開発に携わろうと、ネパールで現地のファシリテーターの門を叩いたことがありました。そこで実感したのは、現地のコミュニティに根づいた人自身が中心になって取り組んだほうが、うまくいくということです。

外部の人間が課題がある現場へ出向いて、単に「こうしてください」と指示するのは、ある種のエゴ。現地で暮らす人の話を聞き、その文化や伝統を尊重したうえで、方法を模索していく。それによって、彼らが輝ける環境を作ることが、自分の役割だと感じました。

——その方法は具体的にはどういったものですか。

世界銀行にいたとき、西アフリカのエボラ出血熱の緊急対策プロジェクトのチームリーダーを務めたのですが、プロジェクトを開始した当時は感染が毎日指数関数的に増加しており、感染者が140万人、死者が70万人を超えるという予測もありました。

防護服を着用の様子

エボラ出血熱の主な感染ルートの一つは「埋葬」にありました。

伝統的に西アフリカでは亡くなった方を清浄したうえで土葬します。しかし、エボラ出血熱は患者の血液や体液に直接接触することによって感染する可能性が高く、しかも発症して亡くなった後、一定期間は感染率が高いため、その埋葬をする際に感染してしまう危険性があるのです。

医学的なアプローチで考えれば、亡くなった方に消毒液をかけてビニルパックに包み、火葬するのが最も感染リスクは低い。ですから医療センターでは当初その方法が取られていたのですが、現地の住民の間でこんな噂が流れたのです。「センターに行けば、殺されて焼かれてしまう」と。

「医療センターには、絶対に行ってはならない」。そうなれば、エボラ出血熱の感染が疑われる人は医療センターに近づこうとせず、処置が遅れ、亡くなってしまう。ひいては、家族や親族による埋葬の際に新たな感染が広がる……と、負の連鎖が起こってしまっていたのです。

そこで取った方法は、現地の宗教指導者と対話し、安全で尊厳ある埋葬を共同開発することでした。

現地の伝統や風習を尊重したうえで医療的な安全性に配慮し、遺族に遺体を見る機会を与え、宗教指導者が祈り、遺族が土葬の最初の土を投げかけるオプションを提供する新たな埋葬方法に合意し、その埋葬方法を宗教指導者に広めてもらいました。

現地住民にも「指導者が考えた、正しい方法なんだ」と納得してもらった。相手の習慣を変えるというより、こちらのアプローチを現地の方に合わせた形です。

——とはいえ、現地の方に信頼してもらうのは、容易なことではありませんよね。

馬渕俊介氏ミーティング

それはもう、現地で実際にリスクを取って活動しているスタッフおよびパートナー機関によるところが大きいですね。日ごろから現地の方々とどのように接して、どうすれば壁を作らずに働きかけることができるかを分かっている。

プロジェクトチーム自体、世界銀行だけでも100人規模で、国連機関や非営利組織、国内組織も含めて数多くの組織が関わりました。ものすごい数の人が一丸となって取り組む中では、明確な役割分担が重要です。その中で、治療チームや埋葬チームなど、現地のエボラ対策ワーカーは最も大きなリスクを背負ってやっている。

だからこそ、彼・彼女らがしっかりとイニシアチブを取れるチームを作り、宗教指導者らと一緒に対策に取り組める環境を作ること。彼ら自身が課題解決するための資金と権限とサポートを持った状態で、モチベーション高く取り組めるための環境やプロセスを用意するのが、最も効果的なソリューションでした。

そのために、政府や非営利組織らとともにリスクに応じた手当の額を合意し、それを銀行口座も持たない現地のワーカーに毎月定期的にとどけるために、携帯電話の業者を取りまとめて、僻地のキオスクでも手当てを受け取れる体制を作ったりもしました。

そうした国レベルで問題を解決するプロジェクトに対する120億円もの資金を、通常18カ月近くかかるプロセスを短縮して45日以内に全額支出し、最も速く効果的に活用してもらえる組織に配分する。それが、私の役割だったのです。

その後プロジェクトは400億円超にまで拡大しました。その投資の意思決定にはやはり、これまで培ってきた文化人類学者やコンサルタントとしての経験や、その中で得た信念やアプローチが大いに役立ったと感じています。

国や世界銀行を含む国際支援が一丸となって問題解決に取り組んだ結果、当初の予測よりはるかに低い、感染者2万8652人、死者1万1325人に抑えることができました。

馬渕俊介氏ワーク

アイデアは現場に。変革リーダーに求められる資質

——それにしても、文化人類学者からJICA、公共政策大学院を経て、マッキンゼー、世界銀行・……そしていまと、非常にユニークなご経歴だと思うのですが、キャリアパスを考えるうえでの「軸」はあったのでしょうか。

そこまでクリアに考えてきたわけではありませんが、なりたい自分に近づける場所と最も大きなインパクトを残せる場所を考えながら選んできたらこうなったという感じです。自分の人生を自分で作るからには、組織に使われるよりは組織を使って、ミッションを実現しよう、と。

それが世界銀行やゲイツ財団でできたら最高だし、足りない部分があれば他の選択肢を考えてもいいし、選んだ先でそれまで学んだことを活かせばいい。自分がやりたいことをやるために組織を活用する、というのは一貫してあるのかもしれません。

——これまでの経験から、馬渕さんが考える組織変革のアプローチについて教えてください。

組織変革や人の行動変容に必要なことはいくつかあると思いますが、スタッフ一人ひとりモチベーションを持って、この変革こそが成果を劇的に上げるために必要なことなんだと納得してもらえるかが、一つの大きなチャレンジです。

また、組織のストラクチャーを改善してインセンティブを設計して、向かうべき方向に皆が集中できるようにし、「できる」という感覚をみんなで持てるようにする……といったことをトランスフォーメーションのプロセスに入れる。そしてその向かうべき方向に進むロールモデルとなるようなリーダーたちを人選し、支援する

馬渕俊介さん対話

また、私が重要だと思うのは、スタッフ一人ひとりに、チームが我々の財産であると伝えること。そのために、リーダーは謙虚であること、でしょうか。

マッキンゼーでもスーパーや鉱山会社の改革に携わりましたが、スーパーならパートの方々がいて、お客さんに一番近い彼・彼女らがお客さんのニーズを取り込みながら最高の仕事をしなければ結果が出ないわけです。では、果たしてその組織は、最高の仕事ができる環境が整っていて、それぞれが役割を果たせる状態になっているのか、と。

そのために仕組みを作って、彼・彼女らが自分たちの力を最大限に使えるようにして、結果がはっきりと見えるようにする。現場の結果が組織のオペレーション改善やアウトプットにつながるんだ、とエンド・トゥー・エンドで実感が得られるようにする。

我々は、全体に影響を与えられる立場でもあるので、責任は大きくなるのですが、偉いとかではなく、あくまでその役割を担っているだけです。やはり、リスクを負いながら、子どもや貧しい人のサポートをしているアフリカの病院やヘルスセンターの現場の方々を見ていると、自分はこの人たちのために十分な仕事をできているだろうかと、いつも気が引き締まりますよ。

馬渕俊介さん

やっぱり、解決策は現場の方が持っているものなんです。我々マネジメントがすべきは、ビジョンを共有して、「やればできるんだ」という意識を持てるようにする、自由でイノベーティブな発想ができ、新しいアイデアをどんどん試せる環境と結果に報いる仕組みを作ること。まさにエンパワーメントです

そうして、現場のスタッフ一人ひとりが「なんのためにやるのか」を理解し、そのビジョンを信じて意識が変われば、新しいアイデアは次々に出てくる。そうやって組織の方向性が変わり、その先にもたらされるインパクトはより大きなものとなるのだと思います。

馬渕俊介さんとパネル

ビル&メリンダ・ゲイツ財団 グローバル・ヘルス・プログラム シニアアドバイザー 馬渕俊介

東京大学卒業後、JICA(独立行政法人国際協力機構)入構。2007年にハーバード大学ケネディスクール公共政策修士号取得。マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社、南アフリカ支社などを経て、ジョンズ・ホプキンス大学にて公衆衛生修士号、世界銀行在職中に同博士号を取得。2018年9月よりビル&メリンダ・ゲイツ財団で戦略担当副ディレクター、シニアアドバイザーとして勤務。

iXキャリアコンパスより転載(2019年12月25日公開の記事)

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