CES2020のソニーブース。
撮影:伊藤有
CES2020ソニーブースには、あまり“商品”の姿がなかった。ブースの一番奥には電気自動車が置かれていて、その左右には映像ソリューションが並ぶ。いまだに“家電見本市”と呼ばれることもあるCESだが、その印象からはかなり遠くなっている。
ただ、こうした展示は「ソニーが個人市場からB2Bに移行する」ことを示しているわけではないようだ。
ソニーは現在どのようなビジネス戦略を立てているのか? CES2020のブース展示と、吉田憲一郎社長をはじめとしたキーパーソンのインタビューから探った。
ソニーが自動車を作った理由は「ウォークマン」と同じ?
ソニーがCES2020で披露した電気自動車のプロトタイプ「VISION-S」。
撮影:伊藤有
今回、ソニーブースの最大の話題は、同社が開発した試作電気自動車「VISION-S」だ。
VISION-Sは、ソニーが車体メーカーのマグナ・シュタイアなど10社の協力を得て開発したもの。プロジェクトを主導した、ソニー・AIロボティクスビジネス担当 執行役員の川西泉氏は、「車メーカーに対してソニーになにができるか、自動車の進化についてソニーがどう貢献できるのかを狙ったもの」と語る。
VISION-Sはちゃんと自走できるプロトタイプで、2021年には公道走行も予定している。「自動車としての要素はすべて備えているが、まだ保安上の条件を満たしていない。日米欧の法規に準拠したものにしたい」(川西氏)という。
ソニーでAIロボティクスビジネス担当 執行役員を務める川西泉氏。
撮影:西田宗千佳
ソニーの言う「自動車の進化への貢献」とは、「進化をITの観点で作る」(川西氏)ことだ。ソフトウェアでアップデート可能で、ディスプレイと通信を最大限に活用し、センサーからの情報を安全・安心に活かす。
「キャビン内をモニタリングし、ドライバーの状況を確かめることもできる。サスペンション・コントロールなど、快適性の面でも、センサーの力で進化できる部分がある。モビリティーは、移動を伴う行為。だからある意味、ウォークマンがやったこと(音楽を外に持ち出して聞く)と同じような考え方だ」
と川西氏は説明する。
VISION-Sの発表をもって、「ソニーが自動車メーカーになる」わけではない。自分たちが理想とする車を作ることで、自動車メーカー側に対し、意識変革を迫る意味合いがあるのだろう。
バーチャルセットで、映画制作コストを劇的に下げる
また、このほかの展示で、一見地味ながら驚くほど大きな可能性を秘めているのが「3D空間キャプチャによるバーチャル制作技術」だ。
以下の写真をごらんいただきたい。一見、単に「ゴーストバスターズ」の車が置いてあるセットのようにみえる。実は、セットに見える背景は、セットではない。高精細・高輝度の特殊なディスプレイ「Crystal LEDディスプレイ」を使ったバーチャルセットだ。もっとわかりやすく言えば、画面の前に実物の車を置いて撮影しているだけなのだ。
Crystal LEDディスプレイを使ったバーチャルセットのデモ。
撮影:伊藤有
昔の映画では、特殊撮影として「スクリーンプロセス」という技術が使われていた。撮影済みの映像を投射するスクリーンを張って、そこに映像を流すことで、セットを作らずに撮影ができた。
だがスクリーンプロセスでは、背景のリアリティが著しく落ちる。画質で劣るのはもちろんだが、カメラが動いても背景の方は動かせないため、カメラ位置は固定で撮影するしかなかった。
そのため映像合成技術が進化すると使われなくなった。今の映画では、グリーンやブルーのスクリーンの前で演技し、その後に背景を別の映像に差し替えるようになっている。
だがこの方法は、とてもコストも手間もかかる。スクリーンプロセスの時代は撮影するだけで良かったが、合成では撮影後の作業が増える。例えば、グリーンバックの前で「水たまりのある道路」のシーンを撮影するのは難しい。道路の水たまりにグリーンバックが映り込んでしまうからだ。合成は背景だけでなく、さまざまな場所で必要になり、その分手間がかかる。
卓球の様子をリアルタイムでキャプチャー、ボーンと球の動きを検出。その動きで背後のCGを動かしている。
撮影:伊藤有
「3D空間キャプチャによるバーチャル制作技術」は、簡単に言えば、現代版・スクリーンプロセスだ。合成は不要で、撮影するだけで済むので制作コストが大幅に下がる。
しかも過去とは異なり、今の高画質撮影でも「背景がディスプレイである」のは、わからないくらいクオリティが高い。背景映像を3Dデータからリアルタイム生成することで、「撮影するカメラが動くと、それにあわせて映像」を表示できる。そうすると、平面の背景がちゃんと立体的な風景として撮影できるのだ。
しかも、水たまりがあってもそこには「背景の映像が映り込む」ので、自然な映像になる。
あまりに自然な様子なので、ブースの意図に気付かず、前を素通りしてしまう人も多かったようだ。だが、この技術とアイデアは、映画の撮影コストと時間を大幅に短縮する可能性を秘めている。
その隣には、「ライトフィールド技術」を使った裸眼立体視ディスプレイもあった。こちらも非常に表現が自然。顔を上下左右に動かしても、映像が破綻することなく、ちゃんと自然な映像になっている。
ライトフィールド技術のデモ。
撮影:伊藤有
カメラが視線を認識することで、視線の方向に合わせて映像をリアルタイム生成し、立体感を実現している。どういう製品に使うかは考える必要があるが、かなり可能性の高い技術といえる。
吉田社長が語る「投資戦略」
ソニー社長の吉田憲一郎氏。
撮影:西田宗千佳
これらの展示は、過去のソニーならやらなかっただろう。技術開発のフェーズに近いもので、最終製品ではないからだ。いわゆる“ソリューション展示”のように、案件が明確に決まっているもの、というわけでもない。ソニーが持つ技術を提示し、来場者に用途やその先の可能性を感じさせるやり方、といっていい。
こうした方法論は、吉田社長のイニシアチブに基づくものだ。
「ソニーは過去“できるまでは隠す文化”だったと思います。
しかし、もはや見せる方がいい。
もはやどんな事業でも“1人ではできない”からです。自動車事業がその最たるものですが、あらゆることを1社・垂直統合でできる時代ではない。だから、見せた方がいい。
とはいえ得意技は必要。得意技があるところのまわりに仲間を集めたいし、得意技があるから集まっていただける。
弊社はセンシングを強みとしていますから、センシングのところに集めたい。今回の展示も、それを考えてのものです」(吉田社長)
VISION-Sの背後。
撮影:伊藤有
自動車はセンサーの塊で、それを活かすことで、安心・安全という新しい価値が生まれる。バーチャルセットも、カメラの向きをセンサーが検知することで働く。背景となる映像も、カメラによる3Dキャプチャー技術で生成する。
ソニーが持つセンサー・カメラの技術を活かしたケースを、“自動車”というわかりやすい具体例や、目視でもわからないほど自然なバーチャルセットという形で見せることにより、そこからパートナーを見つけたい、提案を得たい、ということなのだろう。
ソニーの現在の強みがセンサー・カメラの技術であるからこそ、投資もそこに集中している。
「今後も投資は、ウエハーベース(半導体プロセスによる製造)のものに絞っていきます。例えば、ビューファインダーに使われているマイクロOLEDの技術はウエハーベースですよね。だから、カメラではないですがやります」(吉田社長)
一方で、R&Dについては「もう少し冒険する」と語る。
「R&Dでのチャレンジに、マイナスはない、と思っています。
例えば、7nmプロセスへの半導体投資、という話になれば、まさにもう“生きるか死ぬか”という判断になってしまう。ですが、我々の担当領域、例えばロボットをやってみるとか、そういうことは考えるよりやってみたほうがいい。仮に失敗したとしても学ぶことも必ずあります。だからできるだけチャレンジはしていきたいと思っています」(吉田社長)
最終ユーザーの姿を見誤るとビジネスは成功しない
ソニーといえば家電メーカーであり、コンテンツメーカーでもある。部品販売を含めたソリューションビジネス的な側面が増えると、「ソニーがコンシューマの企業からB2Bの企業になる」ようにも感じる。
その問いに、吉田社長はまた別の見方を示す。
「B2BかB2Cかは、なかなか難しい議論の部分があります。
例えば音楽。現在は、CDを販売することから、SpotifyやApple Music、LINE MUSICなどにカタログをライセンスするビジネスモデルに変わっています。これは典型的な『B2B』ですよね。
しかしそれが“人に近くないのか”と言われるとそうではない。実際のリスニングデータはリアルタイムで見て、クリエイターとコンシューマーの間を近づけようとしています。
家電にしても、厳密にいえば、我々にとっては『B2B』。売る相手は主に量販店などディーラーさんですので。
しかし、ディーラーさんでのセルアウト(販売状況)を見ることも重要ですが、社内でよく言っているのは“我々の製品がどう使われているのかが大事”ということ。使っている人々のことを、きちんと把握しておかねばなりません。
最終ユーザーを見ていないと、どんな事業もおそらく“高収益”にはなりません」(吉田社長)
「消費者を見ないと高収益は維持できない」と示した吉田社長。
撮影:西田宗千佳
これはつまり、ソニーがどこに売ったものであれ、“最終的には多くの人々に受容される形”にならないといけない、ということだ。
ゲーム機のように、個人に対してストレートにたくさん売れるものはわかりやすい。一方、映画用カメラは高価で、数は売れない。
だが、その映画用カメラを使って撮影された作品は、“多数の人が見る”ビジネスになる。そうならないと、そもそも高価なカメラは買ってもらえない。
CESを見ていても、B2B向けの展示は、どうしても“顧客企業目線”になりがちだ。けれども、B2Bであっても、顧客企業の先には“コンシューマー(一般消費者)”がいる。コンシューマーという最終ユーザーの姿を意識することが重要だ。
ソニーの中のどんなビジネスであっても、最終的に「その製品の影響を受ける人、利益を享受する人が多いものにする」ことが重要。吉田社長が言うのは、そういうメッセージではないだろうか。
(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。