センター試験日の受験生を狙って痴漢しよう —— 。
今、そんな卑劣な投稿がSNSや掲示板などインターネットに溢れているという。被害を防ぐため、テクノロジーを活用したプロジェクトが始まった。同じ車両の受験生からSOSを受け取れる仕組みとは。
近くの痴漢被害がスマホに通知
あの「痴漢レーダー」が新機能を追加し、「センター試験痴漢」撲滅に向けて動き出した。
撮影:竹下郁子
プロジェクトを立ち上げたのは、痴漢被害をワンクリックで報告、情報共有できるアプリ「痴漢レーダー」のメンバーだ。プロジェクト名は「#withyellow」。性被害を告発した人への連帯を示す#Withyouのハッシュタグに着想を得たという。黄色は痴漢レーダーのキーカラーだ。「痴漢から受験生を守ろう」を掛け声に、
- 黄色の物を身につけて電車に乗ること
- #withyellowのハッシュタグをつけ、SNSに「痴漢を許さない」など受験生への連帯を示す投稿をすること
- アプリをインストールし、近くで被害にあっている人からSOSの通知が届いたら助けること
などを呼びかけている。これまでもアプリユーザーから報告される痴漢被害がどこで起きているのか、地図上でリアルタイムで見ることができたが、同じ車両に乗っている人など、近くにいる人からのSOS通知も新たに受け取れるようになる。
新機能は、2020年の大学入試センター試験が実施される1月18日(土)・19日(日)までに追加される予定だ。
第三者が連帯することが抑止力に
GettyImages/MILATAS
使い方は簡単。「痴漢」「盗撮」「不快行為」などの中から被害状況を選択して登録すると、自動的に近くにいるアプリユーザーに知らせが届くという。
被害にあった人だけでなく、被害を見かけた人も利用できる。
痴漢レーダーを開発したキュカ社長の禹ナリ(ウ・ナリ)さんによると、同アプリユーザーには痴漢被害の経験者も少なくない。助けたくとも、自身の過去を思い出して足がすくむこともあるだろう。そんなときでも、被害者の代わりにSOSを発信できる仕組みだ。
痴漢レーダーを開発した、キュカ社長の禹ナリさん(左)と片山玲文さん(右)。2人とも元ヤフー社員だ。
撮影:竹下郁子
また具体的な被害状況や行為者の風貌なども任意で書き込めるようになっており、閲覧設定したユーザーのみが見られる。
キュカ・プロデューサーの片山玲文(れもん)さんは言う。
「痴漢は被害者・加害者だけの問題に見えがちですが、電車でも駅でも、被害を止めることができる第三者がいる空間で起きているのだということを、改めて考えるべきです。
受験生に自己防衛を求めるのではなく、第三者が動くことこそが大事なのだと伝えたい。痴漢を絶対に許さないという社会の意識を高め、もしもの時に助け合える仕組みをつくることが、このプロジェクトの目的です」(片山さん)
「センター試験日は痴漢が多い」は本当か
痴漢事件の多くは迷惑防止条例が適用されるが、条例も統計の取り方も各都道府県によって異なっているため、正確な状況把握ができず、対策が遅れているという指摘がこれまでもなされてきた(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
プロジェクトのきっかけは、ネットやSNSで「入試 痴漢」と検索すると、大学入試センター試験日を狙って痴漢をすることをほのめかしたり、誘導するような卑劣な投稿が数多くあったからだという。
『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』著者の龍谷大学犯罪学研究センター・博士研究員の牧野雅子さんは、同書の中で被害状況を学生や社会人など職業別や時期別に分析。「センター試験痴漢」問題についても言及している。
「インターネット上で、『1月に行われるセンター試験の日は、受験者が痴漢被害に遭っても被害を申告していては試験に間に合わないことから泣き寝入りをすることが多く、受験生を狙った痴漢が多発し、1年で1番電車内痴漢が多い日』と噂されることがあるが、相談状況から見る限り、センター試験やその後に痴漢被害が多く報告されているという事実はない」(同書より)
キュカのメンバーはこうした実態を踏まえた上で、プロジェクトを立ち上げている。前出の片山さんは言う。
「掲示板では『恒例スレッド』になっています。被害の有無に関わらず、『この日が狙い目』『痴漢し放題』など、性犯罪をまるで娯楽コンテンツのように楽しむ風潮に問題提起したいんです。
受験生にとってただでさえ大きなプレッシャーのかかる日に、性被害にあう不安まで抱えさせている現状を、放置できません」(片山さん)
年に数回の痴漢しやすい日
痴漢レーダーには、被害にあった際に「電話が掛かってきた」ことを装う機能もある。応答すると、会話メッセージも流れる。
撮影:竹下郁子
ちなみに被害後に駅や警察の聞き取り調査に協力した場合の試験への影響について、片山さんがセンター試験を実施する大学入試センター総務課に問い合わせたところ、「基本的に救済する方針」と回答が得られたそうだ。その他、警視庁の対応などもサイトにまとめてあるので、参考にして欲しいという。
今回の取り組みは前述のように、第三者の連帯を促し、性犯罪の抑止力にすることが目的だ。キュカ社長の禹ナリ(ウ・ナリ)さんは、今後も同様の活動を定期的に行っていきたいという。
「センター試験と同じように、入学式や入社式、ハロウィンなど『痴漢しやすい日』として認識されている日は年に数回あります。こうした日に向けて集中的にキャンペーンを行い、啓発を続けていきます」(禹さん)
被害報告によって蓄積されたデータは予防にも役立てていく予定だ。痴漢レーダーのサービス開始から約半年。ユーザー数は約5万3000人、被害投稿は2280件を超えた(2020年1月8日時点)。現在、被害時の状況を分析中だという。
「例えば髪の毛に対しても、くわえる、舐める、つかむなど加害のパターンは複数あります。
他にも常習犯の可能性や乗降時の被害が意外と多いことなど、さまざまなことが見えてきました。例えば同じ規模の駅でも『ぶつかり』が特に多い駅は、駅構内の導線に問題があるのかもしれません。
今後は犯罪学の専門家や、鉄道各社、鉄道警察などと連携して、駅の設計からパトロールの方法など、データに基づいた改善の提案をしていきたいです」(禹さん)
(文・竹下郁子)