「答えられんかったら殺すからな」繰り返される三菱電機パワハラ自殺を産んだ土壌

2019年末から2020年始にかけてパワーハラスメントに関する不祥事が大きな話題になった。

1つは三菱電機の男性新入社員が上司からパワハラを受けて自殺していたことが2019年12月に発覚したこと。もう1つは2020年東京五輪・パラリンピック開閉会の演出担当の電通のクリエーティブ・ディレクターが関連会社の社員へのパワハラで懲戒処分を受け、1月7日に演出担当を辞任したことだ。

電通といえば、高橋まつりさんのパワハラと長時間労働による過労自殺事件で政府の働き方改革を促す契機となったが、2019年9月に三田労働基準監督署から労働基準法違反で是正勧告を受けていたことが12月に発覚した。

繰り返される三菱電機のパワハラ自殺のなぜ?

mitsubishi

東証1部上場の大手企業の三菱電機だが、パワハラ、長時間労働による自殺事件を相次ぎ起こしている。

REuters/Yuya Shino

一方、三菱電機も今回の新入社員の自殺に限らず、過去に何度もパワハラや長時間労働による自殺を引き起こしている。2012年には名古屋製作所の社員が精神障害で自殺。2016年11月には 、2019年8月に自殺した新入社員と同じ社員寮(兵庫県三田市)に入っていた新入社員が自殺している。

その遺書には「家族との別れがつらいですが、人格を否定してくる三菱と(ソフトウェア製造技術課の先輩社員)と一緒に働き続けるほうがツライので私は死を選びます」と記され、パワハラが原因の自殺であることを示唆している。

2019年8月に自殺した新入社員も前日のメモに「大学での研究テーマ発表資料に関して質問に答えられなかった私に対して『自殺しろ』」と書き残しているが、三菱電機では悪質なパワハラが続いていたことがわかる。

三菱電機は1月10日、「労務問題の再発防止に向けた取り組みについて」と題する文書を公表。この中で次のように謝罪している。

「当社および関係会社において社員がお亡くなりになるという痛ましい事案が発生しました。大切な社員の尊い命が失われるという事態を非常に重く受け止めております。亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げるととともに、ご遺族の皆さまに心からお詫び申し上げます」

今後のパワハラ防止策として社長直轄の「職場風土改革プログラム」を強力に推進すると言っている。

パワハラ防止法の定める6つの指針

Harassment

これまで法的に何らの罰則もなかったパワハラを規制する「パワハラ防止法」が6月に施行される(写真はイメージです)。

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折しもこれまで法的に何らの罰則もなかったパワハラを規制する「パワハラ防止法」(労働施策総合推進法)が2019年の国会で成立し、2020年6月に施行される。しかし、本当にパワハラやパワハラ自殺を防止できるのか疑問だ。

パワハラ防止法はセクハラ、マタハラ同様に事業主に雇用管理上の措置を講じることを義務づけるものだ。法律ではパワハラを

  1. 優越的な関係を背景とした
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、
  3. 就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)

と定義し、この3つの要素をすべて満たせばパワハラとなる。

優越的関係とは、上司と部下の関係だけではなく、同僚や部下からの集団による行為も入り、それに抵抗または拒絶することが困難なケースも該当する

上記の1〜3の要件を満たすものとして政府の「指針」では以下の6つを示している。

イ.身体的な攻撃(上司が部下に対して、殴打、足蹴りするなど)

ロ.精神的な攻撃(上司が部下に対して、人格を否定するような発言をするなど脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言)

ハ.人間関係からの切り離し(自身の意に沿わない社員に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修をさせたりするなど隔離、仲間外し、無視)

ニ.過大な要求(上司が部下に対して、長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う苛酷な環境下での勤務、直接関係のない作業を命じるなど、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)

ホ.過少な要求(上司が管理職である部下を退職させるため、誰でも遂行可能な受付業務を行わせる事例など、業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)

ヘ.個の侵害(思想・信条を理由とし、集団で同僚1人に対し、職場内外で継続的に監視したり、他の従業員に接触しないよう働きかけたり、私物の写真撮影をしたりする事例など私的なことに過度に立ち入ること)

「答えられんかったら殺すからな」

オフィス

三菱電機の社員自殺では、30代上司からの「次、同じ質問して答えられんかったら殺すからな」というひどい暴言がメモに残されていた(写真はイメージです)。

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2019年8月に自殺した三菱電機の新入社員は30代の教育主任の男性上司から執拗なイジメを受けていた。7月上旬のメモにはこうある。

<研修の内容ついて質問をされ、内容を理解しておらず答えられなかった私に対して

これは(ロ)の脅迫、ひどい暴言に当たる明らかな精神的攻撃である。2016年11月に自殺した新入社員は国立大学の大学院博士前期課程を修了し、同年4月に入社。研修期間終了後の6月に配属後の仕事は、経験のないプログラミング言語を用いたソフトウェア開発だった。彼は上司のイジメについて遺書にこう書き残していた。

<私は分からないことだらけで、HELPを出しました。しかし、あいつは、私の意見を聞き入れず、一瞬画面を見せるぐらいでした。彼はソ技製(ソフトウェア製造技術課)全員の前で私をはげしく非難しました。そもそも今まで情報をやってこなかった人間にさせる仕事ではないはずです。5年、10年やっている先輩上司が非難しかしないことに絶望しました>

これは指針に示された(ロ)の該当例である「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」に抵触する。また(ニ)の過大な要求の該当例である「新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること」にも触れるだろう。

新法による雇用管理措置

新法では事業主が雇用管理上講じるべき措置として大きく、

  1. 事業主によるパワハラ防止の社内方針の明確化と周知・啓発
  2. 苦情などに対する相談体制の整備
  3. 被害を受けた労働者へのケアや再発防止—

の3つを実施する必要がある。

しかし、法律の施行によって一定の効果は期待できるかもしれないが、パワハラ撲滅には甘いと言わざるを得ない。なぜならこの法律はセクハラ、マタハラと同様に、あくまで事業主に社員がパワハラしないように防止措置を義務付けるものであって、パワハラ行為者を処罰する“パワハラ禁止法”ではないからだ

例えばセクハラ禁止といえば、セクハラ行為をした本人に何らかの処罰を下すのが当たり前だが、日本では法的には行為者本人は処罰されない。世界銀行の189カ国調査(2018年)によると、ハラスメント行為者の刑事責任を伴う刑法上の刑罰がある禁止規定を設けている国が79カ国。セクハラ行為に対して損害賠償を請求できる禁止規定を設けている国が89ヵ国もある。

しかし日本はこのどちらにも入らず、禁止規定のある国とは見なされていない。ハラスメント対策では日本はグローバルスタンダードからほど遠い位置にある。

防止措置義務には限界、世界から遅れる日本

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事業主に対する防止措置の義務付けだけでは、悪質な事案に対する実効性はおろか会社ぐるみの隠ぺい工作を許してしまう可能性もある。というのは大手企業を中心にすでにパワハラ対策を講じている企業が多いからだ。

例えば大手食品メーカーでは2年前に就業規則に、

「職務上の地位や人間関係の優位性に基づいて業務の適正な範囲を超えて他の社員に精神的・身体的苦痛を与える言動をしてはならない」

というパワハラ規定を盛り込んでいる。

その背景には社会的な動きと内部通報件数の多さだ。同社の企業倫理ホットラインの通報件数の6割がハラスメント系、4割が労務管理系であり、ハラスメントのうちパワハラが9割を占めるという。同社の法務担当役員はこう語る。

「ほとんどの加害者は『私はそんなことは言っていません』と否定する。その場合には具体的な事実関係の証拠を提示していくと、相手もしぶしぶ認める発言を始めるようになる。事実関係がはっきりすれば一定の処分を下す。懲戒解雇はないが、減給処分はある。

また、継続的に暴言を吐き、周囲もその人の言動に嫌な思いをし、職場に著しい悪影響を与えていれば降格、出勤停止など罪も重くなる」

同社のように法律に先んじて厳しい処罰を下す企業も少なくない。

大手医療機器メーカーは社員の相談件数の増加を契機に2017年から本格的なハラスメント対策をスタート。対策の1つは経営トップによる「ハラスメント撲滅宣言」の周知だ。新任管理職研修や幹部社員の研修にトップが登壇するだけではなく、地方の拠点にトップが自ら足を運び、ハラスメント撲滅を訴えて回っている。

三菱電機のOJTは崩壊している

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ではパワハラ自殺者を出した三菱電機はどうか。

1月10日に発表した「職場風土改革プログラム」の内容を見る限り、新法の「指針」をなぞったものに過ぎないし、すでに実施している内容を掲載し「パワハラ行為を絶対に許さない職場づくりに注力」と決意を述べている。しかし、社長直轄のプロジェクトと言いながら、社長や経営陣が決意を新たにする記者会見を開くこともなく、リリースを出したに過ぎなかった。

同社のパワハラを生む職場風土は根深い。何より驚いたのは、2019年8月に新入社員を自殺に追い込んだ教育主任が過去にも同様の暴言によって会社から注意を受けていたと報じられていることだ。

日本企業はノースキルの新入社員をオン・ザ・ジョブトレーニング(OJT=職場内訓練)によって一人前に育てることでは世界の優等生と言われていた時代もある。だが、平成に入って以降、OJTによる育てる力が弱まっていると言われるが、その担当がパワハラ教育主任しかいなかったとすれば、まともに育つはずはなく、三菱電機のOJTは崩壊しつつあるといえるだろう。

こうしたパワハラ風土が作られる企業に共通する特徴として、管理職を含めてノルマなどの業績目標が極めて厳しく、現場に余裕がないところが多い。同社がどうだったのかは定かではないが、気になることがある。

業績連動報酬と厳しいノルマの関係は

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三菱電機は上場企業の中でも年収1億円以上の役員が最も多いことで知られる。2018年度の有価証券報告書によると、1億円以上の役員は21人に上る。金額の多寡以上にどうしてこの金額になるのか、以前から疑問だったが、2018年度決算から細かな報酬決定基準の開示が義務づけられた。

それによると、役員の報酬は固定報酬、業績連動報酬、退任慰労金の3つで決まるが、最も多いのは業績連動報酬で全体の約6割を占める。その決め方は以下の通りとしている。

  • 「当該年度の連結業績(親会社株主に帰属する当期純利益)等により支給基準額を決定。
  • 各執行役の支給額は、担当事業の業績等を踏まえ、支給基準額に対し、±20%の範囲内で決定」(有価証券報告書)。
  • また、同社は2020年度に「連結売上高5兆円以上」「営業利益率8%以上」の達成を目標に掲げ、目標の範囲内である場合、総報酬における業績連動報酬比率は0〜60%で変動する

つまり、年間報酬の大きなウエイトを占めるのは業績連動報酬であり、役員が担当する事業の1年間の業績が大きく年収を左右するということだ。日本企業の役員報酬は固定年俸が高いことが、度々外国人株主から批判されてきただけに、業績連動報酬のウエイトが高いことは問題とはいえない。

しかし、その弊害として短期業績目標を達成するために社員に負荷がかかり、職場環境が悪化することも指摘されている

同社の末端の現場で起きたパワハラ犠牲者の発生がそのせいだとは思いたくないが、いずれしても一連のパワハラ自殺などについて第三者委員会等による調査によってその実態を明らかにするべきだろう。

(文・溝上憲文)

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