撮影:今村拓馬
若者が3人、建物の上階から降りてきた。これからボランティアと一緒にホムパトの準備を行うという。3人は宿泊施設アンドセンターの住人だ。
研二さん(仮名)は24歳。関西の大学を卒業してパチンコ店を経営する会社に就職したが、職場の人間関係がうまくいかず、1年経たずに会社を辞めた。
暮らしていた会社の寮を出たものの、次の就職先は決まらずアパートを借りることができない。ネットカフェで夜を過ごすうちに手元の金が尽き、ネットカフェに貼り出されていたHomedoor(ホームドア)の案内を見て事務所を訪ねた。現在はアンドセンターに暮らし、自分で見つけてきた仕事をしながら、手探りで人生を立て直そうとしている。
定住所ないことが就活の足かせに
取材当日は、東京のホームレス支援団体で活動する人が、Homedoorの取り組みを体験しに訪れていた。
撮影:今村拓馬
徹さんと浩さん(いずれも仮名)は、20歳になるかならないかの兄弟だ。言葉少なに徹さんが話したところでは、両親との折り合いが悪く、徹さんが先に家を出た。定職に就いておらず、貯金もなく、アパートを借りることができない。
定住所がないことは、就活の足かせにもなった。悪循環に陥り身動きが取れないなか、ネットカフェで生活をしていたが、お金が底をつき路上生活に至った。
弟の浩さんは当時付き合っていた彼女の家に住みながら単発バイトをしていたが、別れることになり、知人宅に住まわせてもらっていた。長くはいられず、兄と連絡を取りネットで検索をしてHomedoorを知った。訪ねてみて、ここなら頼れそうだとわかり、現在はHomedoorから提供された仕事に就きながら、自立への準備を進めている。
人と関わることが好きな徹さんはいつかバーを経営したい。浩さんは一人で黙々とできる仕事に就きたいという。
ごく普通の若者にしか見えない彼らが、住む場所に困り、ホームレス直前まで追い込まれたという現実は、誰もがホームレス状態に陥る可能性があることを考えさせる。
2019年度に入ってHomedoorには18〜19歳などの未成年を含む若年層からの相談が増えた。同居する親に虐待を受けていたと打ち明ける人もいるという。
「自己責任という言葉を時々聞きますが、望んだようにはいかないことや失敗することは誰でもあると思うんです。でも、望めば誰もが何度でもやり直せる社会はつくれる、そう思ってHomedoorをやっています」(川口)
ネットカフェ、コンビニ、コインランドリーなど164店舗でポスターを掲示してもらい、IT企業の協力を得てネット検索の上位に来るようSEO対策をしている。その結果、2018年度の相談者のうち「ネット検索」「ポスター、バナー」を見たという人の数は全体の半数を上回った。
遠くなる「自己責任」という言葉
Homedoorが15の個室の宿泊室と5室の緊急宿泊シェルターを備えた現在の物件に引っ越したのは、2018年6月。研二さんや徹さん浩さん兄弟が宿泊しているアンドセンターだ。緊急宿泊施設には無料で2週間まで泊まれ、宿泊室は3万円程度を上限に6カ月まで利用できる。路上で暮らす人がシャワーやランドリー、キッチンを利用することもできる。
念願だったこの宿泊施設の運営には月間100万円の経費がかかる。1口1000円(月)の寄付によるサポーターを募ったところ、1年足らずで支援者が1000人を超えた。
生まれた家庭の貧困、親の暴力、学校や職場でのいじめ。そうした問題に立ちすくみ、孤独や挫折を味わった経験は、誰もが多かれ少なかれ持っている。
Homedoorを通してホームレスを眺めると、「自己責任」という言葉は遠くなる。代わりに近づいてくるのは、それぞれの人たちの人生の物語だ。
孤独や挫折を超えてもう一度やり直したいと願ったとき、まず支えになるのは一緒に解決の道筋を考えてくれる誰かとの関係性なのだと、Homedoorの活動は私たちに教えてくれる。
「私たちはホームレス状態からの脱出を強く勧めるスタンスではありません。ただ、もしそうしたいと思う人がいたら、何度でもやり直せる社会でありたいと願います」(川口)
支援する側とされる側の垣根なく
相談に訪れていた人の約半数が路上や公園、河川敷を生活の場としている。続いて多いのが、「ネットカフェやサウナ」で3割近い(2016年度)。
撮影:今村拓馬
2018年度、Homedoorはホムパトでのべ1277人に接触している。
アメリカ村のハブチャリで働く江口さん(3回目に登場)も仕事の後、ホムパトに参加していた。その姿からは、自身がやり直すきっかけを得たHomedoorという関係性を絶やしてはならないとの卒業生の“使命感”が伝わってきた。
Homedoorとの関わりにより、ホームレスの人への見方が変わった人もいる。次の言葉は、あるサポーターが寄せたものだ。
「私は最初、ホームレスって自分次第で抜け出せるんじゃないのか?社会に対するただの甘えではないのか?と思っていました。しかし、川口さんの話を聞いて、それぞれにさまざまな理由があること、そして、そこから抜け出すことの難しさを知りました」
Homedoorでは寄付者やボランティア、当事者(ホームレス)、卒業生(元ホームレス)の間に垣根が見えない。支援する人とされる人の関係がフラットに感じられる心地よさは、サポートしている人たちに「また参加したい」と思わせる魅力のひとつだ。
10年前、川口が高校3年生の時に描いた絵。「ものすごく集中して描きました」(川口)。
撮影:今村拓馬
10年前、高3の夏にワシントンから戻ってすぐに描いた絵を、川口は大切に持っている。真ん中に公園があり、公園を取り囲むように、食堂、仕事をする場所、寝る場所などが書き込まれている。横には赤く太いペンで「夢」と記されていた。17歳の川口が、「あそこに行けばなんとかなる、そんな場所があれば、路上死を防げるんじゃないか」との思いで描いた「夢の施設の間取り図」だ。
Homedoorの5階建ての建物には10年前に書き込んだ夢のほとんどの機能が含まれている。偶然にも建物の前には小さな公園がある。ブランコがあるところも、川口が描いた絵の通りだ。
夢は形になりつつあるようだ。
自分に力をつけるという安定
1人あたりの自立にはおよそ13万円かかるという(2016年度の実績値より)。
撮影:今村拓馬
改めて、なぜ大学4年のときに就職ではなくNPO法人の運営を選んだのか、当時の思いを聞いた。
「就職することが絶対に安定だとは思えませんでした。もちろん、私たちは小さな組織なので自分たちでなんでもやらなくちゃいけません。でも営業だって大学生で200社以上に飛び込み営業をした経験は、誰もが持っているものではありませんし、パンフレット一つつくるにも、自分たちでソフトの使い方を勉強してつくるので、おのずと能力を得ていきます。
何が安定なのかって考えると、就職するよりも、自分に力がつけられる起業をすることの方がむしろ安定しているのではないかと思います」
14歳という早い時点で始めたことで得たものは?と尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「大学在学中に起業したおかげで、卒業時までには私も同僚も、一般企業程度の給料を得られるような組織の仕組みをつくることができたことでしょうか」
Homedoorは、ホームレスの人たちのさまざまな状況に合わせた支援を目指し、「民間による新たなセーフティネット」を構築しつつある。
ホームレス状態を生み出さない日本の社会構造をつくるために、将来は行政と連携し、全国各地で導入できるモデルケースを整え、普及していくことを目指している。
(敬称略・完)
(文・三宅玲子、写真・今村拓馬)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ『BillionBeats』運営。近著『真夜中の陽だまりールポ・夜間保育園』で社会に求められる「子育ての防波堤」を取材。