「2020年こそ、自分らしい働き方を見つけたい」という人、必見!ベストセラー『1分で話せ』や新刊『やりたいことなんて、なくていい。』でパワフルなメッセージを発信するYahoo!アカデミア学長・伊藤羊一さんと、人生100年時代を切り開く“変幻自在”「プロティアンキャリア」を提唱する気鋭の研究者、田中研之輔さんの対談を2回に分けて公開。
「ソフトバンクアカデミア」の同期でもあるという2人が繰り広げる、超実践的キャリア思考をインストールしよう。
田中研之輔さん(以下、田中):こんにちは!伊藤さんとは2010年にソフトバンクアカデミア(孫正義氏が後継者発掘育成を目的に2010年に開講した企業内教育プログラム)の1期生としてご一緒して以来、もう9年近い付き合いになりますよね。新刊の『やりたいことなんて、なくていい。』も面白くて、非常に共感できました。タイトルには「やりたいことはなくていい」と書かれているけれど、本をよく読むと「はじめは」と強調されている。まず、ここが大事なポイントだなと。
伊藤羊一さん(以下、伊藤):ありがとうございます。結局、僕自身もずっと「やりたいこと」がなかったわけですよ。若い頃と言わず、ごく最近まで。タナケンと出会った頃だって、「オフィス空間をつくることで、たくさんの人の人生を幸せにしたい」なんて孫さんの真似をして言っていたけれど、今思えば真似していただけだった。結局、今でも「やりたいことは何?」と聞かれても即答はできないわけ。
でも、20代で経験した鬱も含めて、僕にしか歩めなかった道があって、「だから、自分はこういうふうにやってきた」と言うことはできる。すると、それがいつのまにかオリジナルのアプローチになっているんだよね。突き詰めると、若いうちにできることは「目の前のことを思い切りやる」。それに尽きると思う。
田中:「目の前のこと」って何でもいいと思います?というのは、羊一さんが働いた職場は「本気でやるほど実になる仕事」に恵まれた環境だったんじゃないか、という見方もできませんか。「僕の毎日の仕事は単調で、店舗でモノを配るだけなんです」という人にも、同じメッセージを言っていいんですかね?
伊藤:120%自信を持って、言っていいと思います。
例えば、配る時の渡し方一つ、声のかけ方一つで、必ず相手の反応は変わってくる。僕も30年前の新人銀行員だった頃に、大量のダイレクトメールを封筒に詰める作業をやっていたんですよ。最初はつまんなかったんだけど、「もっと正確に、早くやるには?」と独自の工夫をし始めた途端、気づき満載の仕事に変わったんですよね。つまり、“気づきになることに気づける”ことが大事。すべての仕事は、自分のやり方次第で質を上げられると、僕は確信しています。
田中:僕はキャリア論が専門で、「どうしたら人は生涯楽しく働けるだろうか?」というテーマにずっと向き合い続けているんですが、その答えの1つが、“ゾーン”だと思っているんです。
つまり、没入できるかどうか。例えば、サッカー選手のカズさん(三浦知良選手)はきっとピッチで没入体験をしてきた人。自分なりにプランして準備して戦略練って、ピッチで実際にやってみて。うまくいったりうまくいかなかったり、その結果をまた検証して……そういう内的な駆け引きに没入しているんじゃないかな。
伊藤:わかる、わかる!
田中:いかにその没入を生み出せるかがポイント。そのメカニズムって何だと思います?僕の理論では、没入のレベルは「スキルとチャレンジの掛け算」によって生み出せるんじゃないかなと。
例えば、高いスキルが備わっているのに課題のハードルが低いとつまらなくなる。一方で、コンビニのアルバイトを始めて間もないのに「明日分の発注内容を考えないといけない」という状況が生まれると、没入度が深くなる。つまり、没入を生む仕掛けや仕組みづくりは、課題や環境の設定によって可能とも言える。これにはマネジメント側のサポートも、ある程度は必要ですね。
伊藤:最初は上司や先輩から指示を受けて「やらなきゃいけないこと=must」だらけかもしれないけれど、やっているうちに「できること=can」が増えていく。そして、いろんなcanがギュウギュウ詰めになってグツグツ煮えるうちに、ある日突然、パン!と境目が溶けて全部つながっちゃう。醤油味やカラシ味だったスープが溶け合って、オリジナルのスープのできあがり。意図せずいつのまにかできる感じなんですよね。
あえて強い言い方をするなら、若い人が言っている「好き・嫌い」なんて、往々にして限られた見聞による判断でしかないから、あまりこだわるとチャンスを失うことになる。「しのごの言わず、まずやってみい〜」と言いたいですね。
田中:僕が羊一さんを観察しながら学べるのは、目の前のことに真剣に取り組むのと同時に“外に開く”という意識と行動を伴っていたんじゃないかということ。自分の世界だけに閉じた状態はきっとよくないんですよね。
伊藤:まさにそう。閉じちゃうと、気づきや学びの機会が入ってこない。自分とはあまり関係ない世界の人とできるだけ交わることで、学びがどんどん入ってくるんだよね。しかも、時間をかけてジワジワと効いてくることが多い。
この間も、有名シェフの松嶋啓介さんに「ラタトゥイユ」の作り方を習うセッションをYahoo!アカデミアでやったんだけど、材料を買いに行った先にパプリカがなかったから「松嶋さん、ピーマンでもいいですか」って聞いたら、「ダメです」と。こんなに形が似ているのにダメなの?と思ったんだけど、曰く「なぜなら、ラタトゥイユには守るべき伝統があるからです」と。その時は「ヘェ〜」と感心するくらいだったんだけど、日にちが経つにつれ、「そうか。ものごとには守るべきものと崩すべきものがあって、そのバランスが重要だ。人間の成長サイクルと同じかもしれない」と腑に落ちていく。
ちょっと引いた目で「つまり、これ、どういうことだっけ?」と捉え直すことが大事な気がしますね。
ソフトバンクアカデミアで出会ったという伊藤さん(左)と田中さん。全く違う世界で生きる人たちから刺激を受けたという。
田中:日々の体験をメタ認知するんですね。
伊藤:そうそう。でも、自分だけで気づくのは限界があるので、周りの人との対話を通じて解釈を広げていく感じ。
タナケンと一緒に通ったアカデミアでも、普段なかなか知り合えないような多様な人たちに出会えて、いろんな刺激を受けたのがよかったんですよね。研究者、ギタリスト、医者、パイロット、ベンチャー起業家……自分とはまったく違う世界に生きる人たちから聞けた刺激的な発想が、自分の日常のしみったれた仕事に活かせた。出会いは、チャレンジの着火剤になりますよね。
田中:本の中で「異業種交流会は意味がない。勉強会に行け」と書いているでしょ?これは完全同意。例えば、新入社員の研修期間中で、夜まで仕事に拘束されないのなら、1〜2週に1回くらい、興味のあるテーマの勉強会に参加して、イキのいい同世代がどう働いて何を考えているかに触れたらいいと思う。それだけで、自分の立ち位置を客観視できるはずだから。
伊藤:勉強会の内容がよくわかんなかったとしても、何かが心に残ればいいんですよ。僕も10年前のアカデミアで見聞きしたことって、いまだにベースになっている。IoTなんて言葉がまだ聞かれない時に、「すべてがインターネットでつながるんですよ!」と熱く語られて受けた刺激がずっと刺さって忘れないし、今、僕が講演で伝えている話の重要な材料になっているわけで。
スティーブ・ジョブズが言う「connecting the dots」の「dots」なのか、それにも満たない「dotsのカケラ」だったのかもしれない。でも、そのカケラを集め続ける作業が後々すごく効いてくる気がするんですよね。
田中:僕にとっても、あの会に参加したことはすごく価値のある体験でしたね。そこでいろんな人と出会って僕が強烈に感じたことはすごくシンプル。「働くって、社会をつくることなんだ」という気づきだったんですよ。羊一さんの他にもロボット開発者の林要さんはじめ、多様な世界で未来をつくろうとしている人たちがいて。
あの頃、僕はアメリカから帰ってきて法政大で働き始めて3年が経った頃。学生を教えて社会に送り出す仕事にはやりがいを感じていたけれど、「自分自身が学ばなければ、成長できないな」と危機感を抱いていたんです。たまたまTwitterで孫さんの「アカデミアやります。1期生募集」という投稿を見て、即応募。僕は後継者になるつもりなんてなかったけれど、「後継者になる人たち」を間近で見たかった。入校のプレゼンでは「ここにいる300人を全員大学に連れてきて、社会と大学をつなげたい」と言ったんですよ。その通りのことを、今、自分のゼミで実践しています。
伊藤:僕らが共有した場はたまたまそういう、そもそもの刺激が極めて大きい場だったんだけど、そこまでいかなくても、自分にとって“気づき”“学び”を得られる場にはどんどん行ってみるといいと思いますね。
(構成・宮本恵理子、撮影・稲垣純也)
伊藤羊一:ヤフーコーポレートエバンジェリスト、Yahoo!アカデミア学長。株式会社ウェイウェイ代表取締役。東京大学経済学部卒。1990年、日本興業銀行入行、その後プラス株式会社に転じ、2012年より同ヴァイスプレジデント。2015年から現職として次世代リーダーを育成。著書『1分で話せ』がベストセラーに。
田中研之輔:法政大学キャリアデザイン学部教授。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、カリフォルニア大バークレー校などで客員研究員。大学と企業をつなぐ連携プロジェクトを数多く手がける。主な著書に、『辞める研修 辞めない研修』『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』など。