ベストセラー『1分で話せ』や新刊『やりたいことなんて、なくていい。』でパワフルなメッセージを発信するYahoo!アカデミア学長・伊藤羊一さんと、人生100年時代を切り開く“変幻自在”「プロティアンキャリア」を提唱する気鋭の研究者、田中研之輔さんの対談の後半は、チャレンジするための日常の過ごし方から、自分の“軸”の見つけ方まで。
田中研之輔さん(以下、田中):羊一さんの新刊『やりたいことなんて、なくていい。』のもう一つのメッセージ「目の前のことに集中せよ」に関連して聞いてみたかったことがあるんです。例えば、5年後や10年後のためにスキルを磨く準備をするという行動については、どう思いますか?羊一さんの発信を見ていると、あまり推奨していないのかな、という印象だけど。
伊藤羊一さん(以下、伊藤):いや、必要です(笑)。僕も今、「もっと早く英語の勉強をやっときゃよかったなー」と痛感していますから。確実にプラスになるスキルは早いうちから身につけるに越したことはないですよ。僕は「英語そろそろやんなきゃなー」と思って2年くらい放置して、ちょっとずつ重い腰を上げて、ようやく習慣になってきたところ。近頃は、時事英語が身につく「Japan Times α」を読む時間を毎日30分確保したり、TEDを聴きまくったり。
意識的に新しいチャレンジを日常に取り入れていくようにしていて、比率にして「チャレンジ8:習慣2」を目指しているかな。それでも実際には習慣が5くらいになるから、それを見越して。あと、ここ数年で定着した習慣は、夜の散歩と瞑想。これは心を整えるために。
田中:50代にして、まだまだバージョンアップしていますね。瞑想は時間にしてどのくらい?
伊藤:20分くらい。ゴルゴ13も半日でマスターしたという「TM瞑想」を。散歩をしてから瞑想すると、頭の中にできあがったピラミッドストラクチャー(ものごとの優劣や順位付け)がスッと消えて、ブルース・リー状態になるんですよ。
田中:有名な「Don’t think. FEEL!(考えるな。ただ感じろ)」の感覚ですね。羊一さんは若い頃に過労で寝ずに働いて体調を崩したことがあったでしょう。間違いなく、あの頃にはなかった習慣ですよね?
伊藤:うん。コンディショニングの重要性は、実感しますね。力尽きるまで頑張るのではなくて、余力を残して毎日を積み重ねていく。20代の頃から瞑想が必須かというと違うかもしれないけれど、振り返りはやったほうが絶対にいい。タナケンも何かやっているでしょう?
田中:ランニングやテニスでリフレッシュする時間は定期的につくっていますし、本を読んだ後にインプットを整理する時間も。あと、ゴールデンウィークや年末年始には計画的に籠もって内省の時間も持つんです。「今の自分にとって必要なこと」を確認する。
伊藤:大事ですよね。ちゃんと一歩一歩進んでいることを自分で記録しながら立ち戻り、繰り返していく習慣ね。
田中:そう。「小さな積み重ねができている」という自己肯定感を自分自身でギブしていかないと、外からの情報に飲まれて迷子になってしまうから。だから、自分の軸になる部分を研ぎ澄ますんですよね。その研ぎ澄ます意識の先に、羊一さんがよく言う“生き様”や“信念”があるんじゃないかと思うんです。
伊藤:そうですね。“信念”は過去を振り返って現在までつながる軸の中で見つかると思っています。僕なら、20代の頃に鬱になって、そこから25年かけて楽しく働けるようになったという流れから軸が生まれた。その結果、「人は変われる」や「フラットに生きる」という信念が見えてきたわけです。
信念が見えたら、次はそれを毎日磨くんです。毎日というより、生きている全瞬間、問い続けるんです。「待てよ、今こんな話を僕はした。なぜか?そうか、過去にこういう経験があったから、今こう思うんだ。ということは、未来はこうしていきたいんだな」というふうに。“無意識の選択”に意識を向けていく。僕は今この瞬間も、信念を磨き続けていますよ。大げさでなく、全瞬間、そうしています。
田中:なるほど。“生き様”って、姿や作法のようなものだと多くの人が思っているかもしれないけれど、実は自分への問いかけの連続なんですね。
伊藤:「プレゼンは生き様だ!」と僕が言うのも、「自分の生き様をかけて、それを伝えられますか?」という意味なんですよ。
田中:僕たちは「生き様を洗練させていくこと」にエネルギーを120%投入していけばいいんでしょうね。昇進や昇格のような他人からの評価を求めて120%投入するのではなく。
伊藤:そこが楽しく働けるかどうかの分かれ道になる気がしますね。
田中:今の若い世代には「自信のない子が多い」と言われるじゃないですか。その理由は、他人の言葉で自分を変えようとするからじゃないかと僕は思うんです。すでにある情報や、大人たちが決めた世界に自分を当てはめていこうとするから不安になる。他人に合わせるのではなく、自分を見つめるほうがはるかに大切なのに。
僕のゼミでも、できるだけ内省の時間をつくるんです。つい最近もゲスト講師の指導で「これまでの人生を振り返って1冊の本を書いてみる」というワークをやってみたんですが、涙ながらに発表する学生が何人もいたんです。自分自身と対話して、自分の言葉で自分の人生を語る。LINEやTwitterで他者との会話にばかり時間を使って、自己との対話にかけるべき時間を奪われていないか。冷静にコントロールしないとね。
伊藤:大事だね。僕も呼んでいただいたことがあるけれど、タナケンのゼミの学生さんたちは目の色が違うよね。
田中:いろんな大人の話と出会って直接話を聞ける経験を得られているというのは、やはり大きいと思います。学生を社会に送り出す最後の教育機関として、大学では社会について教えるべきだというのが僕の持論です。それもいろんなサンプルを見せて、誰か1人でもいいからその人の言葉や姿勢が響けばいい。
そういう経験を通過せずに社会に出ると、どうなるか。社会を学ぶ最初の機会が、たまたま入った1社目の新入社員研修になるんです。「うちの会社で活躍できる人材が、成功できる人材です」という偏った価値観を与えられてしまって、そのショックから抜け出せなくなる。あらかじめ多様な社会を知っておけば、1社の価値観は一例でしかないことを冷静にとらえられるはず。
だから僕は、キャリア論の座学ももちろんやるけれど、できるだけ大学を社会に開いて多彩なゲストを呼ぶようにしているんです。まあ、時々開きすぎて怒られることもあるんだけど(笑)。
伊藤:人に会って直接話を聞くと、コンテンツだけじゃなく、その人の“ウェイ=生き様”も吸収できるからいいですよね。「すべてのものはインターネットでつながる」という内容は本の文字面からも吸収できるけれど、「ちょっと聞いてくれ! インターネットで全部つながっちゃうんだよ!」と直接聞くのでは理解の解像度とインパクトが全然違う。
学生の頃から、そういうインプットができるのはすごくいいと思いますよ。注目されているベンチャー起業家も、会ってみれば「意外と普通のお兄さんだな」と距離が縮まるだろうしね。ところでその形式を始めたきっかけは何かあったの?
田中:ガツンと揺さぶられた経験があったんですよ。
小学校に講演に呼んでいただいた後の懇親会で先生方と話した時に、「小学生に比べたら大学生は大人だから、僕ができることなんてちっぽけなものですよ」と言ったんですね。そしたら、校長先生から「そんなことないですよ」と返されて。「大学生だって絶対に変わりますよ。今日の子どもたちに田中先生が話してくださったように、大学にもどんどんゲストを呼んだらいいですよ。その変化を見てください」と。それでハッとして、早速実践したんです。やってみて、すぐにその通りだと思いましたね。
伊藤:やっぱりタナケンも“気づきを行動に変える人”ですね。大人になっても変われる人は変われる。成長をするには、インプットをした後に“行動”できるかどうか。なんとなくいろんなイベントに出まくって耳年増になっている子も多い気がするんだけど、行動、内省、対話、気づき、行動、内省、対話、気づき……と繰り返すことが大事。対話の相手?目的は内省の深掘りだから、相手はロボットでも大丈夫(笑)。できれば質問をしてくれるほうがいいから、聞き上手な友達がいればよりおすすめ。
田中:これからは個人が自分のキャリアをつくっていく時代。自分の生き様は会社の中に見つけるのではなく、会社の枠を超えて、自分にとっての“師”となる個人を見つけて、自主的に弟子入りしていけばいいんですよね。あちこち目移りしすぎるのもよくないけれど、いろんな人の働き方を知るといいと思います。
知識を持つことは、自分を守る手段にもなる。1社との閉じた関係性の中ではエスカレートしやすい洗脳バイオレンスに対しても、目線を外に向けて広く知識を持っていれば「これはハラスメントです」と言える。
伊藤:活躍している誰かのやり方を、そのまま会社の中で活かそうとしても難しい場合のほうが多いかもしれない。でも、自分なりに一歩を踏み出すことはできるはず。「あそこまではちょっとできないな。でも、このくらいなら」と調整しながらフィットさせていく感じで。
田中:組織のあり方も相当変わっていきますよ。「開いた組織にならなければ、生き残れない」と気づいて方針転換する経営者も増えている。副業解禁の流れは、まさにそれですよね。
そして、個人と企業の関係の変化は、そのまま個人のキャリアの築き方の変化に直結していく。ポイントは、羊一さんの言う“生き様”をいかに磨き続けられるか。繰り返しになるけれど、人間は研ぎ澄ませるために生きている。何を研ぎ澄ますか。何でもいいから、自分がこれだと思えるものを研ぎ澄ますことが喜びだし、社会にもつながっていく行動になる。それでいいし、それしかないと心から思うんですよ。
伊藤:その通り。でも、僕がそれに気付いたのは、ほんの数年前。転機はやっぱり、自分を見つめる時間を意識的につくったことだったんだよね。飲み会にもサッパリ行かなくなったし。
田中:それは誰でも真似できるテクニックなのだから、素直に盗んじゃっていいと思う。1週間に1回でもいいから、思っていることをメモするくらいの簡単なアクションから始めてみれば。
伊藤:加えて強調したいのは、僕自身も気づくのに50年かかったように、一足飛びには結論はつかめないということ。やっぱり、“腑に落ちる”ためには失敗も成功も含めて経験値を積むことは必要だと思います。結果は重要ではなくて、「やり切る」というプロセスをたくさん持つことで、自分を知るための材料が豊かになっていくんだよね。
この間ね、経済産業省主催のインキュベーションプログラムの最終プレゼンを聞く機会があったんですよ。シリコンバレーに行けるかどうかが決まるプレゼンで、結果発表後、パスした参加者は大喜びしていて、受からなかった参加者は落ち込むわけ。僕はパスした参加者の皆さんに「おめでとう。頑張って」と伝えたんだけど、落ちたメンバーに対しても声をかけたんです。「君らのこれからの人生にとって、『シリコンバレーに行けなかった』という事実はなんら差を生まない。これをどう活かすかが重要で、『あの時、失敗してよかったよな』と言える行動を選んでいかないといけないよ。悔しさはものすごく糧になるから、その悔しさを捨てちゃダメだ」と。
撮影:今村拓馬
田中:悩んでもいいけど、止まってしまうのはもったいないですよね。僕が車の運転に例えてよく言うのは「ギアをパーキングに入れないで。せめて1速には入れておいて」ということ。ゆっくりでもいいから動いていたら、やがてガソリンを注がれた時に、ガッと加速できますからね。動いていたら、経験がたまるし、それがキャリアを発展させる資本になる。
伊藤:そう。そして、加速できた時には、思い切りやる。やり切る!さっきの話の続きなんだけど、シリコンバレー行きを夢見る若者たちが最終プレゼンに臨む前、僕もね、サポートしたんですよ。「いいか。とにかくここからが勝負だ!受かるか受からないか、わからないけれど、とにかくやり切れ!俺が孫さんの前で初めてやったプレゼンを、今から5分で再現するから」って。本当に8年ぶりにやってみせたんですよ。僕も本気を見せた上で彼らを送り出したんです。で、彼らは最終審査に臨み、戻ってきた時には「やり切りました!」っていい顔していましたよ。
やり切ることができれば、結果が出ずに悔しくても、ものすごい学びを得られる。それが後になって「自分がやってきたことって、こういう意味があったんだ」とつながって、信念をつかめる。そんなことを、若い人たちに伝えられたらうれしいなぁと思うんです。
(構成・宮本恵理子、撮影・稲垣純也)
伊藤羊一:ヤフーコーポレートエバンジェリスト、Yahoo!アカデミア学長。株式会社ウェイウェイ代表取締役。東京大学経済学部卒。1990年、日本興業銀行入行、その後プラス株式会社に転じ、2012年より同ヴァイスプレジデント。2015年から現職として次世代リーダーを育成。著書『1分で話せ』がベストセラーに。
田中研之輔:法政大学キャリアデザイン学部教授。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、カリフォルニア大バークレー校などで客員研究員。大学と企業をつなぐ連携プロジェクトを数多く手がける。主な著書に、『辞める研修 辞めない研修』『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』など。