CES2020のインポッシブルフーズのプレスカンファレンスで配られた新製品「インポッシブルポーク」(豚肉風の植物肉)。編集部取材チームの実食では、調理方法にもよるかもしれないが、豚肉と見分けがつかないほど。
撮影:伊藤有
こんにちは。パロアルトインサイトCEOでAIビジネスデザイナーの石角友愛です。今回は、今月上旬にラスベガスで開催されたCES2020でもニュースになっていた、フードテックについて書きたいと思います。
日本ハムが肉を使わないハム、いわゆる植物肉のハムを「NatuMeat」というブランドで3月から販売することが先週報道されました。アメリカでもここ数年、いわゆる「植物肉」(代替肉、プラントベースミート、またはミートレスミートとも呼ぶ)の流行は凄まじいものがあります。アメリカの食肉市場における植物肉の成功の方程式は何なのか、日本ではどのようにすれば流行るのか、先行する企業や市場の動きから「3つの成功要因」として考察したいと思います。
「現代の代替肉のおいしさ」は食べてみないとわからない
インポッシブル社のライバル、ビヨンドミートのハンバーグは、アメリカではすでにスーパーなどの店頭で流通している。
Shutterstock
UBSの予測では、植物肉の市場は毎年28%成長し、2030年までに850億ドルになると言われています。背景には、年々高まる健康志向(プラントベースの食品カテゴリー自体が成長中で、例えばアメリカの小売全体で豆乳やアーモンドミルクなどの売り上げは2018年に6%成長したのに反し、牛乳の売り上げは3%減少している)や動物愛護の意識や環境のことを考えプラントベースのものを選ぶ人が増えているのも事実です。
植物由来食品協会(プラントベースフードアソシエーション)の取りまとめによる市場規模。植物肉(Meat)に関して、こちらの集計では2019年4月までの過去1年で10%市場規模(Market Value)が増加したという。
出典:PLANT BASED FOODS ASSOCIATION
例えば、植物肉のスタートアップで有名なのが、シリコンバレーに本社を置くフードテックの先駆けとなったインポッシブルフーズ(2011年創業)です。創業者のパトリック・ブラウン氏は、スタンフォード大学の生物化学の教授でした。環境に関する研究を続ける過程で、工場式畜産が環境に一番悪影響と考え、2035年までに世界的な食糧サプライチェーンから動物性の商品をなくすことを目標に、「本当に美味しいプラントベースミートを作ること」をミッションにしています。
成功要因1. 「本当においしい」から買ってもらえる
ビヨンドミートの植物肉。
Shutterstock
インポッシブルフーズの植物肉。
Shutterstock
この、本当に美味しい植物肉で肉を食べているような食感と体験を提供する、というところが今までのベジタリアン向けの植物肉食品(ベジバーガーやテンペなど、一般的に美味しくないものというイメージが強い)との違いであり、成功要因の1つです。
実際に、バーガーキングの主要商品であるワッパーに、「インポシッブルワッパー」が加わりアメリカ全国で提供されていますが、見た目は普通のワッパーとほとんど変わりません。今まで「美味しくない」と思われていた植物肉食品をこのレベルの味と食感までにした研究開発と技術力ゆえに、「フードテック」と呼ばれているのではないかと思います。
実際私もビヨンドバーガーの肉をスーパーで購入し家で焼いてみましたが、赤い肉汁らしきものまで再現されていてびっくりしました。これであれば、ベジタリアンではなくても「こちらの方がベターなチョイス」というポジションで売ることができ、より対象となる母集団が広がります。今までバーガーキングに足を運ばなかった客層も獲得できるでしょう。
成功要因2. 「成分ブランディング」による商品開発
CES2020でインポッシブルフーズが配布していた成分表。塩分はポークより多いものの、カロリーや脂肪分、コレステロールの低さ、なにより動物由来ではないことをアピールしている。
撮影:伊藤有
インポッシブルワッパーのような成分ブランディングによる商品開発(商品に使われている成分や要素が差別化要因となり消費者への訴求力になるもの)も、植物肉の成功要因の 1つです。
インポッシブルワッパーを開発する過程のビデオを見ると、パティの大きさや厚み、焼き目のつき方や食感、そしてブロイラーなどの機械もチェーン仕様で作っているようにうかがえます。
また、インポッシブルフーズの競合であるビヨンドミート(2009年創業)はビヨンドバーガーをブランディングしており、例えばドーナツチェーンのダンキンでは「ビヨンドソーセージサンドイッチ」を全国展開で提供しています。こちらのビヨンドソーセージサンドイッチはラッパーのスヌープドッグがプロモーションCMに登場もして、かなりの力の入れようです。
植物肉を使った「インポッシブルワッパー」を大々的に掲示するアメリカのバーガーキング。このほかのバーガーチェーンでも、植物肉バーガーを出す店はある。
Shutterstock
ビヨンドミートの方は上場しており、2019年の第3四半期の売上高は、2018年の同時期と比べ250%の伸びとなっています。売上高の内訳が興味深く、55%が小売、45%が外食産業によるものということで、外食産業による売り上げが少しずつ伸びてきています。
現在は、小売(消費者向けに直接肉を売るチャネル)の方がシェアが大きいですが、私の予想では、将来は業務用(2019年45%の売上シェアのフードサービスというカテゴリー)がもっと伸びるのではないかと考えています。
また、現在は業務用は外食チェーンがメインですが、近い将来には加工食品や冷食などの業務用チャネルも増やし、(消費者向けの小売り販売より)B2B向けがより伸びるのではないでしょうか。
消費者がスーパーマーケットで大量の商品の中から、より値段の高い植物肉を買う理由を見つけるより、スヌープドッグがCMをしているダンキンの「ビヨンドソーセージサンドウィッチ」の方が訴求力が高いからです。
成功要因3. 大手外食チェーン向けの戦略と供給能力
ニューヨーク、タイムズスクエア近くのマクドナルド。
Shutterstock
ビヨンドミートは現在、マクドナルドとの全国展開に向けての調整をしているとの報道もあり、大手外食チェーンをどう取り込むかの「チャネル戦略」と大量生産ができる「オペレーション機能」を持つことが成功要因の3つ目だと考えます。
市場が伸びるにつれ、アメリカ食肉最大手のタイソンフーズや世界最大の食品・飲料企業ネスレなど、多くの大企業が植物肉に参入してきました。現在、アメリカのスーパーマーケットの植物肉セクションは商品で溢れており、コモデティ化のリスクを抱えています。
サプライチェーンを独自に持ち、「交渉力」も「宣伝費」も「販路」も持つ大手が今後優位になるかもしれません。また、最近では製造小売の形をとった100%プラントベースの商品しか提供しないネクストレベルバーガーなどのバーガーレストランチェーンも登場しているので、今後色々な形の競争が増えるでしょう。
日本でも同じように、コモデティにならないような圧倒的な味の差別化と、成分ブランディングをする外食チェーンや食品会社のパートナー戦略が必要になってくるのではないでしょうか。
消費者が通常の肉ではなく、少し高くてもいいから植物肉を選び続けたいと思うきっかけ作りを作るためにも、ネーミングにこだわったり、大量のプロモーションを打ったりと、美味しさを実現するための商品開発とマーケティングの両輪で勝ちに行く必要があるでしょう。
(文・石角友愛)