「耳が痛い!」から始まった聴診器デジタル革命、医師不足の救世主に?

100人の健康診断をしたら、聴診器のつけはずしで耳が痛いんです

後付型のデジタル聴診デバイス「ネクステート」(2019年5月発表、当時の名称は「ハミングバード」)を販売するシェアメディカルの峯啓真代表は、日頃からいろいろな医師と話す中で、ある医師からそんな訴えを聞いた。

「ほかの医師に聞いてみると、『俺は300人(の健康診断をして耳が痛い)』『こっちは400人だ』というように、同じような悩みを抱えている人が多かったんです。まずはその課題を解決しようと思い、製品を開発しました」

ネクステート

聴診器デジタル化ユニット「ネクステート」。聴診時に体に触れる部分は、これまで使ってきた聴診器のパーツ(リットマン社製)をそのまま利用することができる。2019年12月13日より出荷が開始された。

提供:シェアメディカル

ネクステートは“既存の聴診器”をデジタル化するユニット。

聴診器をデジタル化するというアイディアはなにも新しいものではない。ただ、これまでに販売されてきたデジタル聴診器は、全体がデジタルデバイス化されたものだった。

医師の間では、若手のころからずっと使ってきた手に馴染むアナログな聴診器が好まれ、あえて全体がデジタル化された聴診器に買い換えるメリットが感じられにくかった。結果として、デジタル聴診器は医療業界にそれほど受け入れられてこなかった。

ネクステートは、今までのデジタル聴診器とは異なり、既存の聴診器の先端にユニットを接続。このユニットによって聴診音をデジタルデータ化し、Bluetoothで接続したスピーカーやイヤフォンを使って聞くことができる。

「耳が痛い」という小さな悩みを解決

シェアメディカル代表

シェアメディカル代表の峯啓真氏。2011年に起きた東日本大震災を経て、ITを使って医師や患者を助けたいという思いからシェアメディカルの創業に至った。

撮影:三ツ村崇志

聴診器が登場したのは約200年前。実はそれ以来、聴診器は素材が変わった程度で、使い方自体はあまり変わってこなかった。

「聴診器はすでに完成した製品なのか、それともまだイノベーションの余地があるのか……。

医師の診察には、五感を使います。診察室に入ってきたところから顔色を見て、聴診や触診をする。その工程は世界中どこでも変わりません。それをもう少し便利にし、かつ直近の課題を解決できるような製品にすれば、持続可能性のあるマーケットも作れるのではないかと思いました」(峯代表)

そこで峯代表が注目したのが、冒頭で紹介した「耳が痛い」という小さな悩みだった。

実は、ネクステートを発表した際に訴えたのは、「耳を痛くなくする」そして「デジタル化して録音可能にする」という2点だけだったという。

「しかし発表後、ボリュームを上げることで歳を重ねて昔のようにうまく聴診できなくなったベテランの医師が以前と同じように仕事ができるようになったり、デジタルデータにできるならAIを使って聴診音から病気を推定したりと、実際に使用してもらう中で次々と新しい使い方が出てきました」(峯代表)

データが専門医と非専門医をつなぐ架け橋に?

聴診器のイメージ

医師の専門によっては、日常的に聴診器を使わないこともある。

wutzkohphoto/Shutterstock.com

「こういう病気のときにこういう音が聞こえる、という経験を積むには時間がかかると思います。ベテランの医師には積み重ねがあり、聴診器から分かることは多い」

ある総合病院の循環器内科で働く若手医師(31)はそう話す。

聴診をする際に医師が聞いているのは、心臓の鼓動と呼吸音。ベテランの医師になると、この音のわずかな異常を聞き取り、心臓や肺の不調にも気がつくことができるという。ただしその技術を継承しようにも、「こういう音」を言葉で伝えるのは難しい。

「ずっと聞いているといつか分かるようになる」

「何を聞いているかよく分からないけど、いずれ違いが分かるようになってくる」

ベテラン医師の聴診技術は一種の職人技だ。この技術の継承はデジタル化の恩恵の1つといえる。

その一方で、「そうは言ってもほかの検査を使えばより細かいことが分かるので、聴診は参考程度に、エコーなどの他の検査をしてしまうかもしれません」(前述の若手医師)という意見もある。

確かに、最先端の医療設備を持つ病院で、聴診器レベルで細かい診断を行う必要性については議論の余地がある。

レントゲン

レントゲンの登場は、「体の中身を見られる」メリットとともに、同じ画像を診て医師同士が意見を交換できるというメリットを生んだ。

ER Productions Limited

それでも、かつてレントゲンの登場によって体の中身を見ることができるようになり、さらにそれを医師同士で確認できるようになったように、鼓動や呼吸音のデータ化・情報の共有化によって、医療に新たな革命をもたらす可能性があるのではないか。

峯代表は「集まってきたデータにこそ価値がある」と考え、医師を巻きこんだ「聴診データ研究会」を設立。聴診データを医師の学習へ活用することはもちろん、デジタル化された聴診データをAIに学習させることで、聴診データから心臓や肺の疾患の有無を推定する技術の研究などを目指している。

遠隔医療で狙うは、医師の「知覚拡張」

地方病院

撮影:今村拓馬

さらに、聴診器のデジタル化は、現在少しずつ進められている遠隔医療のスケールアップ、さらに日本が抱える医師不足問題を解消する鍵にもなりそうだ。

峯代表は「聴診器のデジタル化によって、医師の知覚を拡張することができるかもしれません」と話す。

現在の遠隔医療では、患者と医師がビデオ通話などを通じて会話して診断が行われている。その最大の問題点は、「見ただけで診断できる限界」があることだ。たとえ、咳が出ていたり、動悸が激しくなっていたりしても、画面越しに見ただけで診断を下すのはかなり難しい。

聴診器のデジタル化によって聴診データを得ることができれば、こういった情報が少ない中で患者の重症度を判断する大きなヒントになるはずだ。

「たとえば、訪問看護などと組み合わせることも考えられるでしょう。訪問看護では、看護師が何かしら異変に感づくことも多いと聞きます。ただ、看護師から『何か変だ』と言われても、医師は自分が聞いていないので分からない。そういった時にデータがあれば、あとから確認することもできます。

また、聴診器を体に当てるのは、別に患者自身でもいいわけです。医師がビデオ上で聴診器を当てる場所を指示すれば、ある程度ちゃんとした音を聞くことができます」(峯代表)

地方には病院に通うこと自体が難しい患者もいる一方、日本では慢性的な医師不足が問題となっている。医師が患者の自宅に行き診察をする在宅医療を行うには、物理的な限界がある。

医師の人数が急に増えることがない以上、医師を診察に集中させる仕組みづくりは、現代医療における重要な課題の一つだ。

峯代表は、医療の未来についてこう語る。

「医師は病院に滞在しながら、車の運転手と看護師だけを移動させて『出張遠隔治療』というような形で次々と診断していくようなシステム —— ユビキタスヘルスケアどこでも誰でも同じ医療を構想を提案したいと考えています。

5Gの到来によって遠隔地から4Kのビデオ通話で診断したり、そこにデジタル聴診器を組み合わせたりすることで、より細かく診断できるようになることが期待できるのではないでしょうか」

都心と地方の医療格差は、もはや単純な制度設計だけでは解決できない問題だ。そこにIT技術を絡めるのは、現代における既定路線ともいえる。

デジタル聴診器ができることは限られる。しかしそれでも、聴診データのデジタル化は、システムとしての次世代医療を動かす1ピースになるのではないか。

(文・三ツ村崇志)

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