子どもに誕生日を隠す、偽る母親たちがいる(写真はイメージです)。
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「パパはどうしてもっと若い人と結婚しなかったの?」
小学生の息子が夫に尋ねるのを見て、ため息をつく。Aさん(女性、42、会社員)にとって日常の光景だ。夫はAさんより1歳年下。Aさんは息子に自身の実年齢を言わずに育ててきたが、事件が起きたのは、1年前の誕生日。家族全員がリビングで朝食を取っているときだ。きっかけは夫の無邪気な一言だった。
「ママ、41歳おめでとう!」
Aさんはハッとして見た息子の表情を、昨日のことのように覚えているという。
「ショックを受けていましたね。『もう40代だったんだ』『しかもパパの方が年下だったの』と言われました。母親は若くいて欲しいという思いがあるんだと思います。当時、息子は保育園の年長組。お友達同士、母親の年齢が話題にのぼることも多かったようで、私も『○○君のママは20代で、○○ちゃんのママは30代』という報告をよく受けていました」(Aさん)
もっと若いママの方がよかったのに
記事中の事例以外にも、子どもに年齢を伝えていないという話を複数の女性から聞いた(写真はイメージです)。
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夫はAさんと違い息子に実年齢を伝えていたため、Aさんの方が年上だということも自動的に知られることに。以降、息子からは冒頭のような質問や、「もっと若いママの方が良かった」という要求を度々突きつけられているという。
Aさんが息子に実の年齢を隠すようになったのは、義母の影響だ。5年前、Aさんの息子に年齢を尋ねられた義母の返事は、「38歳」だった。義母の実年齢は60代後半。驚いたが“突っ込む”ような雰囲気でもなく、「ああ、冗談じゃないんだな。年齢を言いたくないんだなと」(Aさん)。
祖母と母親が同世代では計算が合わない。しかし、さすがに20代と言うのは気がひける。以降、Aさんは息子に自身の年齢を「30代」だとボカして伝えるようになったという。
若く美しい母親こそ理想という呪い
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義母がなぜそこまで年齢を若く偽ったのか、理由は今も分からないが、思い当たる節はある。
「義母と同世代の女性が『家族の誰よりも早く起きて化粧をし、誰よりも遅く寝る。息子にすっぴんを見せたことがない』と自慢気に語るのを聞いたことがあります。子どもに若く綺麗に見られたい、そういう女性は一定数いて、義母もその一人なのかなと思います」(Aさん)
根底にあるのは、「エイジズム」(年齢、特に高齢者に対する偏見や固定観念)や「ルッキズム」(人を見た目で評価したり差別したりすること)だ。こうした社会の価値観を、Aさんの息子もすでに身につけつつあるという。
「息子は怒ると『ママはおばさん!』と言ってくるんです。そう言えば私が傷つくと思ってるんですね。どこでそんなことを覚えてきたのか……」(Aさん)
高齢出産は恥ずかしいことなのか
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昨年、あるTwitterの投稿が話題になった。
「20前半で出産した同級生の子がもう小学生で『私若いうちに産んでよかった』と言うので理由を聞いたら。学校のイベントに来なくなった親がいて理由が『お母さんすごくおばさんで恥ずかしいからお願いだから来ないで』って子供が言ったからってのを聞いた時、高齢出産ってこういうリスクもあるのかと知った」
リプライには、
「私の母も高齢出産です。小学校の授業参観の時、同級生に母の年齢について笑われました(見た目が他の親と明らかに違ったから)。凄く悔しくて悲しくなりました。高齢出産する人はその事を考えてほしいです」
「これ…割とキタわ……今後、運良く出産できても周りが若い子ばっかりだろうしちょっとヤダな〜って自分目線でしか考えてなかった。そうだよね、子どもからしたら高齢BBAのお母さん恥ずかしいよね……」
などの共感もある一方、
「私も母が高齢出産でした。全っっっ然気にしたことなかったのに、母本人はとても気にしてました。小学校の集まりとかで、他の母親達に年齢のことを遠回しに言われたりするみたいです。外野が何してくれてんねんとめちゃくちゃ腹立ちました。大好きなお母さんが、周りの人達の目に苦しんでることが悲しかったです」
「高齢出産として産んでもらった事や若くして産んでもらった事、何歳であってもお母さん達は素晴らしい。子ども達がそう思えるような世界になってほしいです。これからの時代特に色んな可能性があるというのに、つらいです。教育現場で伝えていければと思います」
など、変わるべきは社会という意見も多かった。
ママ友と上下関係をつくりたくない
平均初婚年齢と出生順位別母の平均年齢の年次推移
出典:内閣府「少子化社会対策白書」2019年度
2017年の母親の平均出産年齢は第1子が30.7歳、第2子が32.6歳。1985年と比較すると、第1子では4.0歳、第2子では3.5歳それぞれ上昇しており、長期的な晩産化は進行している(内閣府「少子化社会対策白書」2019年度)。日本産婦人科学会は35歳以上の初産婦を高齢出産と定義しているが、2018年の出産時の母親の年齢(母体の出産年齢)のうち、約28%、3割近くが35歳以上だった(厚労省「人口動態統計」2018)。
晩婚・晩産化が進み、高齢出産も増える一方、社会のエイジズムやルッキズムはいまだ根深い。母親が子どもに年齢を隠す理由は、複雑だ。
東京都のIT企業で管理職として働きながら息子(8)と娘(5)を育てるBさん(女性、42)もその1人だ。理由は「ママ友」との関係性だという。
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Bさんいわく、児童館や保育園は「親にとって経済的・精神的なライフライン」。あるママ友が住む賃貸マンションの地主オーナーが別のママ友だったりと、保護者の学歴も経済状況もバラバラで、同じエリアに住んでいるということ以外、共通点はほとんどなかったという。
年齢も然り。長男のときは20代前半歳から40代後半まで、親子ほど歳の離れたママ友が同じ保育園内にいたそうだ。
「よっぽど親しくならない限り、ママ友に年齢や勤め先を打ち明けることは無いですね。子どもに話すとすぐお友達や先生にも喋ってしまうので、特に保育園時代はボカしていました。私の歳は中間くらいでしたが、若いママに気を使わせたくなかったので」(Bさん)
出産適齢期マウンティング
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年齢を隠すのは、若いママへの配慮に限らない。子どもが2〜3歳になると、「2人目プレッシャー」に悩む女性が多いからだ。
「年齢を伝えるのは、いわゆる“出産適齢期”かどうかを伝えることでもあります。LINEグループでママ友(41)が『こんな年で子どもができて孫みたいだよー』と3人目の妊娠報告をしてきたときは、ヒヤヒヤしました。
彼女と同級生で、2人目を妊娠しないことに悩んでいる人が(グループ内に)いたからです。年齢を伝えるだけで、一種のマウンティングになってしまうこともある。それを回避するために(子どもに言わないことによってママ友への明確な伝達を)隠している部分も大きいです」(Bさん)
Bさんは37歳で第二子である長女を出産し、高齢出産と言わる年齢だった。自身もかつて不妊治療や周囲のプレッシャーに苦しんだ経験があるため、ママ友にも同じような負担を与えたくないと思っている。
ママ友との関係に気を使うのは、子ども同士にも影響するのはもちろん、毎日深夜帰宅で子育ての戦力にならなかった夫に代わり、支えになったのが彼女たちだったからだ。
ちなみに冒頭のAさん夫婦同様、Bさん夫婦も夫は子どもに年齢を明かしていた。
年齢を偽る妻、そのとき夫は
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子どもに年齢を隠す妻たちがいる一方で、夫たちは子どもたちに自分の年齢を伝えている。夫から妻はどう見えているのか。
「いやぁ、ずいぶん攻めるなぁこの人、と思いましたね」
そう話すのは、妻が息子(11)に年齢を15歳若く伝えているというCさん(男性、42、会社員)だ。
実際の妻はCさんより1歳年上の43歳だが、息子にとっては28歳だ。誕生日も毎年、偽りの年齢で祝い続けているという。親戚の集まりで息子が、「ママはパパとはすごく歳が離れてるんだよ」と説明するのを、大人たちは苦笑いで聞いているそうだ。
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昨年、テーブルの上に置いていた家族の名前と年齢が書かれた公的書類を目にした息子に、「パパ、これ間違えてない?」と聞かれたときも「そうだね」と返した。今も正しい年齢は伝えていない。
Cさんは数年前、なぜこんなに若く年齢を伝えるのか、妻に尋ねたことがある。返ってきたのは、「だって信じてくれるのは可愛いじゃん」。
「サンタクロースをいつまで信じるのか? と同じテンションで、単純にふざけてるのが6割だと思います。あと4割はやっぱりママ友同士の関係を気にしてるのかなと。
とはいえ僕は仕事が忙しくて、子育てや家事はほとんど関わってないので、本当のところは分かりませんが」(Cさん)
子育ては、母親と父親で見える景色も背負うものもずいぶん違うようだ。あなたは子どもに年齢を伝えていますか? 伝えていないとすれば、それはなぜですか?
(文・竹下郁子)