有人宇宙飛行から宇宙ステーションまで…NASAのミッションを写真で振り返る

NASAの歴史を写真で振り返る

NASA

  • アメリカは1950年から宇宙船を打ち上げているが、NASAが設立されたのは1958年のことだ。
  • 古い写真には、NASAの初期の任務が記録されている。最初の宇宙飛行士の訓練、太陽系の外へ送られた黄金のディスクの作成などだ。
  • 以下の24枚の写真によって、NASAの初期の業績を垣間見ることができる。

アメリカ航空宇宙局(NASA)は、史上初めて民間の商用宇宙船で宇宙飛行士を打ち上げる準備をしている。しかし、ここに至るまでには、数十年におよぶ実験、試行錯誤、画期的なミッションの達成が必要だった。

アメリカはNASAが設立される前の1950年⁠から、宇宙船を打ち上げている。NASAには、最初の宇宙飛行士を打ち上げたマーキュリー計画や、探査機ボイジャーで宇宙に送られた黄金のディスクの作成など、初期のプロジェクトの歴史的写真のライブラリが残っている。

これらの写真は、アメリカの宇宙探査の長い旅路だ。NASAの初期の活動を記録した注目すべき24枚の写真を見てみよう。


NASAができる前、1915年に航空機開発を管轄するアメリカ航空諮問委員会(NACA)が設立された

1941年、NACAの研究ディレクターであるジョージ・W・ルイス博士(中央)が、AERLの建設地にスコップを入れる。

1941年、NACAの研究ディレクターであるジョージ・W・ルイス博士(中央)が、AERLの建設地にスコップを入れる。

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この組織は1941年に最初の研究所の建設した。航空機エンジンの出力と効率を向上させる方法を研究するために、オハイオ州クリーブランドに航空機エンジン研究所(AERL)が作られた。

NACAの研究は、軍の航空機エンジン開発を支援した

1947年、アメリカ海軍のライアンFR-1ファイアボールが空母から離陸する。

1947年、アメリカ海軍のライアンFR-1ファイアボールが空母から離陸する。

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第34代大統領ドワイト・アイゼンハワーがまだ陸軍参謀総長だった1946年、AERLを訪れている

第34代大統領ドワイト・アイゼンハワーがまだ陸軍参謀総長だった1946年、AERLを訪れている

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アメリカは1950年に最初の宇宙船を打ち上げた。バンパーロケットは地球から400km上空に到達した

アメリカは1950年に最初の宇宙船を打ち上げた。バンパー2ロケットの上段は地球から400km上空に到達した

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NASAは1958年にNACAから生まれた。NASAはすぐに、1970年まで地球を回ることになるアメリカ初の人工衛星エクスプローラー1号の打ち上げを行った

NASAは、1958年1月31日にフロリダ州ケープカナベラルから最初の人工衛星エクスプローラー1号を打ち上げた。

NASAは、1958年1月31日にフロリダ州ケープカナベラルから最初の人工衛星エクスプローラー1号を打ち上げた。

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エクスプローラー1号は、358kmから2550kmの楕円軌道に投入された。

技術者とエンジニアは、フロリダ州のケープカナベラル・ミサイル・アネックスと呼ばれていた第26発射施設の制御室からのエクスプローラー1号の離陸を制御した

技術者とエンジニアは、フロリダ州のケープカナベラル・ミサイル・アネックスと呼ばれていた第26発射施設の制御室からのエクスプローラー1号の離陸を制御した

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マーキュリー計画は、アメリカで最初の有人宇宙飛行だった。NASAは、1960年代初頭に宇宙飛行士の訓練を開始した

7人の宇宙飛行士、マーキュリーセブンは、1960年にネバダ州のステッド空軍基地でサバイバル演習に参加した。

7人の宇宙飛行士、マーキュリーセブンは、1960年にネバダ州のステッド空軍基地でサバイバル演習に参加した。

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マーキュリーセブンは、マーキュリー計画で飛行するために選ばれた7人の宇宙飛行士。 彼らは厳しいトレーニングとテストを完遂した。

マーキュリーセブンの一人であるアラン・シェパードは、1961年に宇宙に行った最初のアメリカ人になった

1961年5月5日、宇宙飛行士のアラン・B・シェパード・ジュニアは、宇宙服のヘルメットバイザーを閉じてマーキュリー・レッドストーン3号の打ち上げに備えている

1961年5月5日、宇宙飛行士のアラン・B・シェパード・ジュニアは、宇宙服のヘルメットバイザーを閉じてマーキュリー・レッドストーン3号の打ち上げに備えている

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シェパードは、高度187kmに達する15分間の飛行を行った。ロシアのユーリー・ガガーリンに次ぐ2人目の宇宙飛行だった。

シェパードの飛行は、彼の宇宙船フリーダム7が大西洋に着水したときに最高潮に達した

1961年5月5日、アラン・シェパードがフリーダム7の飛行の成功とその後の着水の後、ヘリコプターに引き上げられる

1961年5月5日、アラン・シェパードがフリーダム7の飛行の成功とその後の着水の後、ヘリコプターに引き上げられる

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シェパードはマーキュリーセブンにちなんで彼の宇宙船をフリーダム7と名付けた。


ジェリー・コッブはマーキュリーセブンと一緒にテストを受けた女性グループであるマーキュリー13の一員として宇宙飛行士の訓練を受けた最初の女性だった

1960年1月4日、ジェリー・コッブが、宇宙飛行をシミュレートした多軸慣性試験装置で訓練を行っている

1960年1月4日、ジェリー・コッブが、宇宙飛行をシミュレートした多軸慣性試験装置で訓練を行っている

NASA/GRC

しかし、NASAは、その宇宙ミッションを開始したとき、女性には訓練を完了することも、宇宙船に乗ることも許可しなかった。


宇宙飛行士のジョン・グレンは、1962年、地球を周回した最初のアメリカ人になった

宇宙飛行士のジョン・グレンは、1962年、地球を周回した最初のアメリカ人になった

地球を周回した最初のアメリカ人になった後、寛ぐジョン・グレン宇宙飛行士。

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宇宙船フレンドシップ7での5時間近い飛行で、グレンは宇宙に行った3人目のアメリカ人となり、初めて軌道を周回した。 彼は地球を3回周回し、時速1万7000マイル(およそ時速2万7000km/h)以上の速度で移動した。

同じ年、宇宙飛行士スコット・カーペンターは、宇宙に行った4人目の、そして地球を周回した2人目のアメリカ人になった

スコット・カーペンター宇宙飛行士が、1962年5月24日、マーキュリー・アトラス7号ミッションでフロリダ州ケープカナベラルから離陸する。

スコット・カーペンター宇宙飛行士が、1962年5月24日、マーキュリー・アトラス7号ミッションでフロリダ州ケープカナベラルから離陸する。

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NASAのアポロ4号計画は、サターンV型ロケットによる最初の打ち上げだった。そのシステムは後に宇宙飛行士を月に送ることになる

1967年11月9日、ケネディ宇宙センターからアポロ4号が発射される。

1967年11月9日、ケネディ宇宙センターからアポロ4号が発射される。

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打ち上げは、サターンV型ロケットの最初の無人試験飛行だった。

NASAのミッションを最も象徴的に表すこの写真は、アポロ計画によるものだ。 アポロ8号の宇宙飛行士は、1968年12月21日に初めて有人月探査計画で打ち上げられました

1968年12月22日、アポロ8号から撮影したこの写真では、地球は月の地平線の上に昇っている。

1968年12月22日、アポロ8号から撮影したこの写真では、地球は月の地平線の上に昇っている。

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アポロ8号の乗組員は月を一周しましたが、着陸はしなかった。このミッションで有名な「地球の出」の写真では、月の地平線の上に地球が昇っている。

アポロ11号は1969年7月20日に初めて月面に人類を送り込んだ。世界はテレビの生中継でそれを目撃する

アポロ11号は1969年7月20日に初めて月面に人類を送り込んだ。世界はテレビの生放送でそれを目撃する

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それは「人類にとって大きな一歩」だとニール・アームストロング飛行士が語ったのはよく知られている。 バズ・アルドリンはアームストロングの後を追って月に降り立ったが、仲間であるマイケル・コリンズは軌道上にとどまった。

無人探査機マリナーは1971年、初めて地球以外の惑星(火星)を周回した

無人探査機マリナーは1971年、初めて地球以外の惑星(火星)を周回した

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宇宙探査機マリナー9号は、火星の表面の85%をマッピングし、7000枚以上の写真を送ってきた。オリンポス火山、マリナー峡谷、そして2つの衛星、フォボスとダイモスも。

アメリカの最初の宇宙ステーションはスカイラブと呼ばれていた。この写真はその内部を示している。ステーションには作業場と観測所があり、数多くの科学実験が行われた

スカイラブは、1973年5月から1974年2月までの約6カ月間使用された

NASA

スカイラブは、1973年5月から1974年2月までの約6カ月間使用された。

スカイラブは、その運用期間中に3つのミッションを行った

スカイラブは、その運用期間中に3つの乗組員ミッションを行った

1974年のスカイラブの最終ミッション。乗組員がステーションの外に浮かんでいる。

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スカイラブの乗組員で医師のジョセフ・カーウィンは、宇宙飛行の人体への影響に関するデータを収集するために、宇宙飛行士の身体検査を実施した

NASAの歴史を写真で振り返る

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上の画像では、カーウィンがスカイラブ2のミッション司令官であるピート・コンラッド・ジュニアを調べている。コンラッドの左足の拘束具が彼を一カ所にとどまらせている。

テレビ番組「コスモス」で有名なカール・セーガンは、1970年代に火星へ向かうNASAのバイキング計画に貢献した

カール・セーガンが、カリフォルニア州デスバレーのバイキング着陸船の模型の前でポーズをとる。

カール・セーガンが、カリフォルニア州デスバレーのバイキング着陸船の模型の前でポーズをとる。

"Cosmos: A personal voyage"/ Druyan-Sagan Associates, Inc.

コーネル大学の天文学者であるカール・セーガンは、火星探査機の着陸地点の選択についてもアドバイスした。


セーガンは、1977年夏にケープカナベラルから打ち上げられたボイジャー計画にも参画した

セーガンは、1977年夏にケープカナベラルから打ち上げられたボイジャー計画にも参画した

NASA

2つのボイジャー探査機(上の写真はその1つ)は、太陽系の外惑星を探索し、その後太陽系を離れるように設計された。ボイジャー2号は2018年に太陽系から離脱し、恒星間空間に進入した2つ目の宇宙船になった。ボイジャー1号は2号に6年遅れて続いた。

ボイジャーには、人類から宇宙へのメッセージである8つの金色のレコードが搭載されている

ボイジャーには、人類から宇宙へのメッセージである8つの金色のレコードが搭載されている

レコード盤を検査するNASAの職員。

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多くの科学者とエンジニアが、地球上の生命と文化を反映した音や画像を収めた8つのレコードの作成に協力した。

レコードには「To the makers of music — all worlds, all times.」と刻まれている

エンジニアが、ボイジャーのミッションで打ち上げられる金メッキされたレコードを確認している。

エンジニアが、ボイジャーのミッションで打ち上げられる金メッキされたレコードを確認している。

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サリー・ライドは、1983年6月18日、スペースシャトルのミッションスペシャリストとして宇宙に行った最初のアメリカ人女性になった

サリー・ライドは、1983年6月18日、スペースシャトルのミッションスペシャリストとして宇宙に行った最初のアメリカ人女性になった

宇宙に行った初めてのアメリカ人女性宇宙飛行士、サリー・ライド。ライドは、衛星を宇宙に送るためにロボットアームを使用している。

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2019年12月、宇宙飛行士クリスティーナ・コックは女性として最長の宇宙滞在を記録した。 コックはまだ国際宇宙ステーションにいて、宇宙で300日以上連続して過ごしている。

[原文:Vintage NASA images reveal the agency's earliest feats, from launching the first astronauts to building a '70s space station

(翻訳、編集:Toshihiko Inoue)

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