なぜドイツは男性の育休が急増した?社会の空気を変えたものの正体

小泉進次郎

1月15日、小泉進次郎環境相は育児休業を取得することを表明した。育児のために「通算で2週間」の休暇を取得すると言う。

REUTERS/Issei Kato

1月15日、小泉進次郎環境相が育児休業を取得することを表明した。

もともと法律で定められている育児休業は、会社などに雇用される男女が一定の要件を満たす場合に、育児のために休業できる制度だ。雇用されているとは立場が異なる大臣という立場の小泉氏は公務を最優先しつつ、妻の出産から3カ月以内の期間に「通算で2週間」、育児のための休暇を取得すると言う。

海外では、イギリスのブレア元首相やキャメロン元首相、フェイスブックを創業したマーク・ザッカーバーグ氏など、国や大企業のトップが育児休業を取得した例があり、国際的にみれば、今回の「大臣の育児休業」は、それほど珍しい選択ではない。

しかし、今回の大臣の育児休業取得を巡っては賛成の声が上がる一方、公務に支障が出ることへの懸念や、国民を優先すべきとの意見など、さまざまな立場から批判や懐疑的な見解が示されている。

ドイツでも根強かった3歳児神話

メルケル首相

2006年、第1次メルケル政権が給付制度改革を実現しようとした際、ドイツでは男性の育休をめぐって賛否両論の声が飛び交った。

REUTERS/Annegret Hilse

男性の育児休業取得をめぐっては、過去にドイツでも大きな議論となったことがある。その当時の議論がどこに向かったのかを振り返ることで、日本の賛否両論の行方を考えてみたい。

ドイツで男性の育休をめぐる賛否両論がおきたのは2005年末から2006年、2005年11月に成立した第一次メルケル政権が、保育所の拡充に加えて、育休中の給付制度改革を実現しようとしたときのことだ。

それまでの給付制度は、低所得世帯を中心に、決まった額を少額を支給する設計で、一般的な男性が育休を取得すると、家計へのダメージが大きかった。そこで連邦政府は、男性の育休の取得を推進するため、育休中の給付を大幅に引き上げる「両親手当」を創設し、両親が育休を取得する場合の優遇制度も設けようとした。

当時のドイツでは、性別役割分業意識や3歳児神話が根強く、小さな子どもを預けて働く母親を社会の堕落とみなすような見方もあった。そうした母親を、幼鳥の世話をあまりしないイメージがあるカラスに重ねて「カラスの母親」と呼ぶこともあったのだ。女性に育児の負担がかたよる上に保育所の不足などが重なって、女性が出産後も働き続けるハードルは高く、高所得層を中心に子どもを持たない傾向が広がっていた。

新しい政策は、男女ともに育児に関わる社会を作ることで、女性が子どもを産んだ後も働けるようにし、少子化への歯止めと人材不足の解消を図ろうとしたのだ。

「国が家族に介入すべきでない」という批判

育児する男性

2007年1月より新しい給付制度が導入され、ドイツ人男性の育休事情は大きく変わった。2006年に3.5%だった男性の育児休業取得率は、2015年に36%まで上昇した。

Shutterstock/Liderina

しかし、この政策に対しては、メルケル首相が所属する中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)や、もともと政策を打ち出した中道左派の社会民主党(SPD)からも批判が飛び出した。

サンデーテレグラフ紙の記事『7児の母である大臣の社会エンジニアリング計画に対する猛反発』(2006年4月30日)によれば、チューリンゲン州のディーター・アルトハウス州首相(当時)は、「国家が家族の私的な決定にこのような形で介入することは、絶対に受け入れられない」と、断固反対の姿勢を示した。

また2006年4月16日、ドイツのテレビ局ARDのニュース番組「ターゲスシャウ」は、大連立政権の一角をなすキリスト教社会同盟(CSU)のマルクス・ソーデル書記長(当時)による「子どもが誰に育てられるべきか、国が介入すべきでない」と言う批判を紹介した。

メルケル首相と同じCDUに所属し、連邦家庭大臣に就任していたウルズラ・フォン・デア・ライエン大臣(当時)も政策の必要性を強く訴え、新しい家族政策を巡る議論は、メディアを舞台にした激しい論争へと発展した。シュピーゲル紙は2006年4月25日の記事でライエン大臣の様子をより良いドイツのために戦う「十字軍」と評したほどだ。

男性の育休取得率は3.5%から36%へ急増

紆余曲折を経て、2007年1月より新しい給付制度が導入され、現在ドイツ人男性の育児休業を巡る風景は大きく変わっている。

『ドイツ家族報告書2017』によれば、2006年に3.5%だった男性の育児休業取得率は2015年に36%まで上昇した。性別役割分業を支持する価値観が社会から払拭された訳ではないものの、国全体としてみれば男性の育児休業は珍しいものではなくなっている。

現在子どもがいないが、将来子どもを持ちたい若者の割合は2003年の49%から2013年に65%へ、出産後2~3年の女性の就業率も2006年の42%から58%へ上昇しているという。

育児休業給付を受給した父親の割合(ドイツ)

出所)連邦家族白書2017

子育て世代の声を可視化した

賛否両論のある政策が導入され、社会の風景を変えるに至った背景にはいくつかの要因がある。

当時のライエン大臣が議論の前面に立ち政策の有効性を訴えたことや、少子化による国力低下や将来の熟練技能者不足への懸念から、産業界が新しい家族政策に賛同せざるを得なかったことは大きい。両親ともに育休を取得すると給付が優遇される両親手当の設計も、男性が職場で交渉する材料になったとされる。

しかし、社会に根付く価値観の変容を支えたのは「上からの変革」だけではなかった。

家族政策の変革をめぐる賛否両論が高まるなかで、これまで社会を覆っていた価値観や、男女ともに育児に関われる環境を求める若い世代の希望が明らかになっていったのだという。

ドイツの国際放送局ドイチェ・ヴェレの2007年4月14日の記事『我々はまだ、国家社会主義レガシーに縛られているのか?』は、ライエン大臣の提案によって高まった議論が家族のあり方を巡る問題を国民の目に見えるものにしたと指摘している

新しい父親像がメディアに続々

育児する外国人夫婦

新制度の導入以降、メディアでは仕事上の責任と良い父親になる希望を調和させる難しさに悩んだり、父親になる喜びを語る、新しい父親像が盛んに取り上げられるようになった。

Shutterstock/Flamingo Images

子育て世代による、新しい制度への支持も高まっていった。

ドイツのアレンスバッハ世論調査研究所の調査によれば、2006年12月に子どものいる親の61%が新しい給付制度を支持していた。この割合は徐々に上昇し、2007年4月には65%、1年後の2008年4月には71%へと上昇した。

このような支持の高さを見て、父親の育休に批判的であった保守派の反対勢力も認識を変化させていったという。

メディアもまた、新しい社会の空気を作っていった。

筆者は、ベルリン父親センターの創設者兼代表として、長年、父親支援や政策や組織へのアドバイスを行っているエバーハルト・シェイファー氏に、2008年にインタビューをした。

同氏によれば、新しい給付制度が導入された前後で、ドイツの父親像が完全に変わったという。それまでドイツの父親のイメージは、育児から逃げ回るネガティブなものであった。しかし新制度の導入後、多くのメディアが、仕事上の責任と良い父親になる希望を調和させる難しさに悩んだり、父親としての喜びを語る新しい父親像を盛んに取り上げた。新たな父親像が社会で広まったことが、ほかの父親を勇気づけ、育休の取得へと背中を押したという。

社会の空気が変わる「きっかけ」は、少子化や熟練技能者不足への危機感や担当大臣による議論の喚起だったかもしれない。だが、社会の空気を本当に変化させたのは、子育て世代自身の声と行動であり、その声を丹念に拾い上げたメディアだったと言えるのではないか。

日本の空気を変えるために必要なこと

通勤する人々

「特別ではない人」が男性の育休取を他人事扱いせず、声をあげたり、行動していくことが社会の空気を変えていくことにつながるだろう。

撮影:今村拓馬

冒頭で述べたように、日本では小泉氏の育休取得をめぐって、賛否両論が起きている。ドイツが激しい議論をきっかけに変わっていったように、賛成、反対双方の意見が社会に多く出てくることは、必ずしも悪いことではなさそうだ。

しかし、賛否両論や批判よりも悪いことがある。それは、当事者である子育て世代がどうせ社会の空気は変わらないとシニカルになったり、育休は恵まれた立場の人のことと他人事にしてしまうことで、議論が風化してしまうことだ。それでは、これまで聞こえづらかった子育て世代の声が社会に届くきっかけには、到底結びつかない。

厚生労働省の2017年度の委託調査によれば、末子の出産・育児のために育休を取得したかったが利用できなかった男性は35%。一方、実際に育休を取得した男性は過去最高となった2018年度でも6.16%だ。社会には膨大な「育休を取得したかった(取得したい)男性」と「パートナーに育休を取得してほしかった(取得してほしい)女性」がいるはずだ。

次は、「特別ではない人」が声や行動を通じて、社会の空気を変える番ではないか。

恋人やパートナー、同僚と話してみたり、SNSで意見を述べてみたり、メディアの意見投票に投票したりしてみる。育休を取得するとしたら、どんな相談や準備があればいいのか考えてみるのもいいだろう。政治家でもない、経営者でもない、子育て世代が声をあげることが、最終的に社会の空気を変えていくことにつながるのだと思う。


大嶋寧子:リクルートワークス研究所主任研究員。金融系シンクタンク、外務省経済局勤務を経て現職。一人ひとりが生き生きと働ける社会をテーマに、雇用政策やキャリアに関わる研究を行う。主な著書に『雇用断層の研究』(共著)、『不安家族 働けない転落社会を克服せよ』(単著)、『30代の働く地図』(共著)など。

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