高齢労働者を活用しないのは貴重な労働力をドブに捨てるのと同じだ。
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- 米企業の年齢差別が、仕事を見つけて働き続けたい高齢労働者たちを阻む。
- 経験豊富なプロフェッショナルは、労働力として貴重な資産だ。
- 企業の再教育プログラムは高齢労働者に照準を当てるべきだ。
アメリカでは労働力の高齢化が急激に進んでいる。それでいて、高齢労働者の採用や雇用の継続に消極的な企業が多い。
しかし、年齢差別(エイジズム)は米経済にとって大きな脅威だと、米人事コンサル大手マーサーのマルティーヌ・ファーランド社長兼最高経営責任者(CEO)は強調する。
ファーランドは1月にスイスで開催されたダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)で、Business Insiderのニコラス・カールソン編集長のインタビューに応じた。
根拠のない「思い込み」
老後の生活不安が高まり、高齢労働者の割合は上がっている。
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「居眠り運転をしているようなものだ」と、ファーランドは経営者の危機感のなさを指摘する。どの業界もようやく、年長のプロフェッショナル採用について、投資対効果が得られることを理解しはじめた。
ファーランドの警告を数字で見てみよう。
米政府のデータによると、総人口に占める65歳以上の割合は1990年代半ばで約12%だったが、2015年と16年は18%を超えた。75歳以上の労働参加率は、2026年には10%を超える見込みだ。
一方で、2019年夏のAP通信による世論調査では、50歳以下の労働者の約40%が労働力の高齢化をネガティブな変化と受け止めている。
高齢労働者が増えている主な要因は、引退後の生活への不安だ。しかし、いかに働きたいと思っても、高齢になると安定した仕事を見つけるのが難しくなるのが実情。しかも雇用主の多くが、高齢労働者には必要なテクノロジー関連のスキルも、必要とされる能力を磨く意欲も欠けていると考えている。
けれどもそれは根拠のない思い込みだ。年齢差別によって引き起こされるのは、倫理的な問題だけではない。高齢のプロフェッショナルを過小評価する雇用主は、重宝すべき労働力を自らドブに捨てていることになる。
「ベビーブーマーは黙ってろ」
企業年金に頼れる時代は終わった。
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「私が夜も眠れないほど不安を感じているのは、経済的に最も脆弱といえる高齢期に、十分生活できるだけの蓄えをもっている人がそう多くないことです」
ファーランドはそんな懸念を口にする。
Business Insiderの過去記事「65歳過ぎても働く人が数百万人〜」によると、企業年金から401kなど確定拠出年金への移行が進み、企業が拠出する掛け金を従業員が自らの責任で運用するようになってきている。
その結果、もともと貯蓄や資産管理が苦手な国民性ゆえか、引退する年になっても十分な貯蓄を準備できない人が増えているという。
要するに、現代のアメリカ人は昔より少ない老後資金しかもっていない。そうなると、心細い蓄えを補うためにより長く働かなければならない。
ファーランドによれば、高齢労働者こそ、多くの企業が導入している再教育プログラムの対象にふさわしい。アマゾンやアクセンチュア、PwCなどの大手企業は、デジタルトランスフォーメーション(DX)に対応できるスキルを手にするための再教育に総計数十億ドルを投資している。
「高齢労働者の才能は十分に活用されていません。昇進、採用、再教育のいずれにおいても完全に無視されている状態です。何か言えば、『ベビーブーマーは黙ってろ』と返されるだけですから」(ファーランド)
高齢労働者の再教育は「会社も見て見ぬふり」
通勤時にテクノロジー関連のポッドキャストを聴くなど、高齢労働者側にも積極的に学ぶ意欲が必要とされる時代だ。
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年齢差別の克服は「ダイバーシティの新たな地平を切り拓くことになる」と、ファーランドは指摘する。
しかし、高齢労働者を再教育して雇用するために、時間とカネを投じればいいという単純な話ではない。
企業側には、高齢労働者の潜在能力に対するマインドセットを一新し、仕事のパフォーマンスと能力に関する思い込みを見直すことが求められる。
一方の高齢労働者側にも、通勤中にポッドキャストでプログラミングの番組を聴くとか、自主的に新しいスキルを学ぶ姿勢が必要だ。そうした努力に呼応して、企業側でも必要なテクノロジー関連のスキルに特化した研修を提供できるだろう。
とはいえ、実際の社会に目を向けると、高齢労働者を対象とする再教育の機会はほとんどない。
Business Insiderの過去記事「高齢労働者に高収入の仕事はない。誰も語ろうとしない、スキルと無関係の『壁』」によると、連邦政府の再教育プログラムがあるものの、貧困ライン以下の高齢者に限定されている。
また、高齢労働者を積極的に採用している企業があっても、低賃金の業界に限られるのが現実だ。
デロイトが2018年に世界のビジネスリーダー約1万人に調査したところ、半分近くの人は、高齢労働者が新たなキャリアを築くために会社は何もしていないと答えている。
ステレオタイプがもたらす損失
高齢労働者はテクノロジーが嫌いで頭が固い、そんな先入観は再教育の妨げになる。
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全米退職者協会(AARP)が2017年に発表した報告書には、高齢労働者に向けられるステレオタイプが示されている。ひどいものになると、頭の固いラッダイト(=技術革新や情報化社会を否定する労働者)で変化を嫌い、テクノロジーも使えない —— という見方もあった。
こうした先入観と勘違いに満ちたイメージは、高齢労働者が仕事を得て成功する上で大きな障害になる。
ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文によると、高齢労働者は新たな仕事を覚える能力が低いといったステレオタイプは、(少なくとも実験の範囲では)成長への期待を低下させ、教え方が雑になるなど再教育の妨げになる。
さらに、他の社員は自分たち高齢労働者をこんなふうに見ているのではないかという認識(メタステレオタイプと呼ばれる)は、根拠のない挑発や脅威を感じる結果につながり、仕事のパフォーマンスを損なうこともある。
それでも、高齢労働者を雇う費用対効果は十分に見込める。
経験豊富なプロフェッショナルは体系化された知識を持ち、自分が働いてきた組織や業界の発展を見てきている。
クローバーポップ(=Slack上の意思決定支援ツールを提供するスタートアップ)の調査によると、チームのメンバーの年齢幅が広いほど、ポジティブな結果につながる決断をくだす傾向があるという。
年齢差別を解消して高齢労働者の機会を広げる一番の方法は、まさにそのような取り組みにおける会社側の努力や進歩を、正当に評価してあげることだとファーランドは指摘する。
会社側も、高齢労働者を採用したり昇進させたりする自分たちの取り組みや、彼ら彼女らが会社を辞めようと思う理由を、継続的に追い続ける必要がある。
ファーランドに言わせれば、そのような目標に向けて努力しない企業は「時代に取り残されるでしょうね」。
[原文:Hey Boomer, shut up': Ageism in the workplace is a core threat to the US economy, says Mercer CEO]
(翻訳:矢羽野薫、編集:川村力)