マタニティマークをつけたことによって、電車内で嫌な経験をしたという声は少なくない(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
先週、仕事から帰る時のこと。混雑した電車に乗り、吊り革につかまって立っていると、おそらく20代と見られる女性が、私のバッグについたマタニティマークに気付き、席に座ったままトントンと私をタッチし、「どうぞ」と言った。
現在私はやっと安定期に入った妊婦だが、妊婦がここまで生きづらいとは思わなかった。つわりは思ったより辛く、私の場合は吐き気の他に、一点に立ち続けると貧血になってしまうことがあるため、普段からマタニティマークをつけているのだ。
女性に「どうぞ」と言われた時。ちょうど私は、来そうな嘔吐き(えずき)を我慢していた時だったので、「ありがとうございます」と言って席を譲っていただくことにした。
女性と私が場所を変わろうとしたその瞬間、50代くらいの男性が一瞬の隙をついて間に入り、席に座った。そして、私を見てこう言った。「なんか文句あんのかよ」。私は、この時のことをTwitterにつぶやいた。
「ちょうど今
マタニティマークを付けた私を見て席を譲ってくれた女性がいた
そしたら50代くらいの男性が割り込んできて『なんか文句あんのかよ』と言ってその席に座った
なんでこんな嫌がらせを受けないといけないんだろう
最後にその女性が私に『すみません』って謝ってきたのが辛かったよ」
すると、電車内で、私と全く同じ経験をしたという方や、他にもマタニティマークをつけたことによって嫌な経験をしたというコメントが相次いだのだ。
ある女性は、男子高生から「妊婦って場所とるから電車に乗らないでもらえます?」と言われたという。他にも、乗客から杖で足を叩かれたり、「どきなさい」と叫ばれたりすることがあったとの声も。
むしろ不快や危険の可能性になる現実
そもそも、マタニティマークとは何か。これは、妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保を目指し、2006年に厚生労働省より制定されたマークである。
お腹が全く出ていない妊娠初期は、外見上で妊婦であることが分かりにくい。私の場合、この時期は常に船酔いしている感覚に加えて、貧血や頭痛が時々起こり、以前より疲れやすくなった。
そうした人が、周囲に妊婦であることを知らせるツールとして発表されたのが、マタニティマークだ。電車の優先席付近では、このマークが窓ガラスに貼られてあるところも多く、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。
しかし、安全性と快適さの確保が目的だったこのマークが、マークをつけることによってむしろ不快な思いや危険な目に遭う可能性がある、という悲しい現実はたびたび指摘されてきた。
「マタニティマークを身に付けていることで不快な思いや身の危険を感じたことがあるか」という調査には、およそ10人に1人があると回答している(エコンテ調べ)。こうした現実からか、「マタニティマークを本当は付けたいけれど、怖くて付けられない」というご意見もTwitterで多数いただいた。
少子化問題に直面するこの国で、子どもの誕生というのは歓迎されてもいいはずなのに。しかし、なぜこれほどまでに妊婦への嫌がらせが起きるのだろうか。
弱い相手への嫌がらせ
他の妊婦から話を聞いても、自分1人、もしくは女性同士でいる時に嫌がらせを受けることが多いようだった。本能的に自分より弱いと分かっているからこそ、嫌がらせができるのではないだろうか(写真はイメージです)。
Shutterstock/SHO3
不思議なことに、こうした嫌がらせは、夫といる時は起きたことがない。嫌がらせを受けたことがあるという他の妊婦から話を聞いても、自分1人、もしくは女性同士でいる時に起きることが多いようだった。
こうした嫌がらせは、妊婦、または女性という相手が弱い立場であることを利用した上で行われている可能性が高い。
実際、「なんか文句あんのかよ」と言われた時、何か言い返すことも考えたが、つわりで喧嘩するほどの元気がないことと、もし危害を加えられてお腹にいる子どもに何かあったら、と思うと怖くて何もできなかった。深く考えずとも、本能的に自分より弱いと分かっているからこそ、嫌がらせができるのではないだろうか。
誰もが周囲に配慮する余裕がない
電車内では、特に通勤・通学の時間帯に、椅子取り合戦が繰り広げられている。全体的に、周囲に配慮する余裕がないように感じる。
撮影:今村拓馬
また、電車内では、特に通勤・通学の時間帯に、椅子取り合戦が繰り広げられている。
始発駅では、ドアが開くや否や、ダッシュで電車に駆け込み席を確保する様子を幾度となく見てきた。帰りは帰りで、座るや否や爆睡する人もおり、全体的に、周囲に配慮する余裕がないように感じる。そんな状況下で、妊婦であることをアピールされると、癇に障る人がいるらしい。そして、感情が抑えられなくなった結果として、暴言や暴力に出てしまうのではないだろうか。
こうした妊婦への嫌がらせに遭遇した時、私たちがどう対処すべきかは、非常に難しい。加害者に注意してすんなり聞けばいいのだが、これは逆に注意した第三者が暴力を振られる危険や、下手に妊婦を巻き込んでしまうリスクがある。
座席の横取り問題について、Twitter上でも対処の仕方についてはさまざまな意見が出た。妊婦目線で「これは助かる」と感じたものは、本人に注意はせずに、近くにいる第三者が代わりに席を譲るという意見だった。もちろん、本人に注意してくれること自体はとてもありがたいのだが、そのまま立たされることの方が辛いので、とにかく座れるだけでありがたい。
見て見ぬ振りの空気を破る人がいない
また、これは嫌がらせではないが、周囲にいる全員に無視されることも少なくない。席に座れず、車内で立っていた時、急に気分が悪くなった。バッグにはマタニティマークを付けていた。口をハンカチで抑え、優先席付近の壁に寄りかかっていたが、周囲はジロッと見るだけで、1人悲しくなった。
ヘルプを必要とする人がいることに気付いても声が掛けられないのは、空気を読むことを重んじるこの国の文化が、裏目に出た結果なのだろう。見て見ぬふりする空気がそこにでき上がると、それを打ち破って助けようとする人は出てこないのである。
こうした状況を嘆くと、妊婦自身で「席を譲っていただけませんか」と声を掛ければ済む話じゃないか、という反論がくる。しかし、先述したような嫌がらせをしてくる人が車内に一定数いる以上、怖くて声がかけられない、というのが本音だ。
この状況で、無視する気はないのだけど、助ける勇気がないという人は、どうしたらいいのだろうか。
そういった方の便利ツールとして、逆マタニティマーク(編集部注:座席を譲りますマーク)というものがある。これは、マタニティマークのようなストラップで、そこには「席ゆずります 声かけてください」という言葉が書かれている。これならば、妊婦も「席を譲っていただけませんか」と言いやすく、トラブルも起きにくいだろう。
また、ジロッと見るだけの人の中には、そもそも妊婦の身に何が起きているのか分からない人も多いと思う。私自身、つわりが何カ月も、常に継続して続くものだとは知らなかった。吐き気は、吐けば治ると思っていたが、また次の吐き気がやって来て、終わりがないのがつわりだ。このように、妊婦の身に起こることを具体的に教えて行くことも、理解を得るには大事なことだと考える。
現状の妊婦の扱われ方からすると、「またこの国で産みたい!」と思えない人が多いのもうなずける。それが、2019年の出生数全国で86万人と、統計開始以来初めて90万人を下回る見通し(厚生労働省)という衝撃の少子化に表れている。
この冷え切った空気を打開し、“妊婦・子育て歓迎モード”の国として、教育から逆マタニティマークのようなツールまで、見直しと拡充を進めて行くことは今からでも遅くないはずだ。
(文・境野今日子)
境野今日子:1992年生まれ。企業人事やキャリアコンサルタントとして働くパラレルワーカー。新卒でNTT東日本に入社、その後、帝人を経て現職。就活や日系大企業での経験を通じて抱いた違和感をTwitterで発信し、共感を呼ぶ。