新型コロナ、SARSの隠蔽教訓は生かされたのか。長期化で習氏の訪日延期の可能性も

新型コロナウィルス

武漢で発生した新型コロナウィルスは年明け、加速度的に感染が拡大 。中国政府は武漢の事実上「封鎖」で拡大を食い止めようとしているが……。

getty images

中国・武漢市で発生した新型コロナウィルスによる肺炎は、世界的規模で感染患者が拡大する「パンデミック」の様相を呈してきた。

習近平政権は、人口1000万人のメガシティの武漢を「封鎖」。続いて海外への団体旅行を全面禁止するなど、政権の威信をかけて拡大阻止に全力を挙げる。

ウィルス感染力が強まり感染拡大が長期化する恐れがあり、中国と日本など周辺国への経済的打撃が懸念される中、春に予定される習氏の国賓としての訪日が延期される可能性も出てきた。

移動規制の拡大で経済に打撃

記者会見

中国政府の衛生当局が相次いで会見を開いたのは、1月も下旬になってのことだ。

Reuters/Thomas Peter

中国の国家衛生当局は1月26日の記者会見で、武漢の海鮮市場から大量の新型コロナウィルスが検出されたとし、市場で売られていた野生動物が感染源とみられると述べた。感染拡大の規模は、2002〜03年に猛威を振るった重症急性呼吸器症候群(SARS)の10倍になるとみる感染症専門家もいる。

習氏は旧正月の「元日」にあたる25日、異例の党最高指導部会議を開き、撲滅に向けた徹底対応の号令をかけた。武漢封鎖に続き、北京、上海、天津などの長距離バスの運行も停止、経済動脈である沿海主要都市での移動規制が広がっている。

物流停滞の長期化が予想され、減速が鮮明になった中国経済への一層の打撃は避けられないだろう。さらに訪日旅行客の減少で、日本経済にも影響が及び始めた。多くの中国人観光客を見込んでいる東京五輪にとっても懸念材料だ。

当初事態を軽視した武漢市

武漢・海鮮市場

新型コロナウィルスが発生したと見られている武漢の海鮮市場。現在は閉鎖されている。

Reuters/Stringer CHINA OUT

中国は今回、巨大都市「封鎖」に加え、海外を含む団体旅行の全面禁止という、かつて経験したことのない異例の強硬措置を採った。いずれもSARS対応に失敗し、国際的非難を浴びたことがトラウマになっているからだ。

SARSは2002年11月、胡錦涛体制のスタート直後に患者が見つかった。だが当局は情報をひた隠し、WHO(世界保健機関)への報告もせず感染拡大につながった。

今回はどうだったか。

武漢で原因不明の肺炎患者が見つかったのは2019年12月12日。追跡調査の結果、海鮮市場で売られていた商品を購入し食べたことが分かった。武漢市は2週間以上経った12月30日、「原因不明の肺炎患者がみつかった」と初めて発表した。

そのころ中国国内のインターネットでは、患者続出を訴える書き込みが相次いでいた。だが武漢市は1月に入っても、「ヒトからヒトへの感染は確認されていない」と事態を軽視。市警察当局は逆に1月1日、「ネットに事実でない情報を公表した」として、8人の市民を処罰した。

急に増えた武漢以外の発症者数

上海ディズニーランド

感染拡大を防ぐため、中国ではディズニーランドや映画館のような人が集まる施設の閉鎖が相次いだ。

Reuters/Aly Song

1月9日になると中国メディアは、肺炎患者からコロナウィルスが確認されたと報道。武漢市は11日、男性1人がウィルス性肺炎で死亡したと発表し、騒ぎは一気に拡大した。

今回中国当局はコロナウィルスの遺伝子の配列情報を公開(12日)、台湾と香港専門家の武漢訪問も受け入れるなど、情報公開はSARSの時に比べれば一歩前進したと言える。

中国人が豊かになり、日本だけでも年間1000万人に近い中国旅行客が来日する。SARSの時とは比べものにならないヒトの大移動。当時より素早い対応をとらなければ、疫病拡大は防げない。

とはいえ、初動対応を見ると、情報隠蔽体質は相変わらずだ。

中国政府の専門家が「ヒトからヒト」への感染を確認したのは1月20日。この日習氏は、「国民の生命と健康が第一。断固としてウィルスのまん延を抑え込む」と異例の声明を出した。

19日まで公表された発症者数は武漢で60人強だったが、21日からは300人超と一気に急増した。習声明によって、「お墨付き」を得た地方政府が、それまで隠してきた感染者情報を、安心して出すようになったのだろう。日本の官僚の政治リーダーへの「忖度」とよく似ている。

情報隠蔽体質の背景

こうした体質は何に起因するのだろう。伝統的な家父長制と、中央に権力を集中させるレーニン主義が結びついた共産党統治下では、官僚システムはトップの意向に敏感に反応する。

今回、情報公開が遅れた理由として、習政権が権力集中を進めた結果、ミスを恐れる官僚の「サボタージュ」が一因という分析がある。一理あると思うが、共産党が以前から維持してきた伝統的体質が背景だと思う。トップの意向に敏感なのは官僚だけではない。メディアも20日の習発言以降、武漢の当局批判を大胆に開始した。

共産党機関紙系の「環球時報」の胡錫進編集長は21日にSNSで、「(SARSの際、ズバリと発言し英雄視された医師)鍾南山教授が武漢の肺炎が伝染している事実を公開しなかったなら、武漢当局は公式に認める意思がなかったのではないか」と書き込んだ。

一党支配に必要なのは、共産党から独立した司法やメディアなどの権力監視機能である。今回の新型肺炎禍の経緯をみるにつけ改めてそう思う。

関係改善をアピールしたい中国

宮中晩餐会

1998年11月に来日した当時の中国国家主席・江沢民氏。宮中晩餐会に人民服で出席したことやスピーチの内容で、日本国内の反発を招いた。

Reuters/Handout Old

2002年11月に始まり、774人もの死者を出したSARSの感染が下火になったのは2003年7月。新型肺炎もこの春までに収束しなければ、4月初めで調整が進む習氏の日本への国賓訪問が延期されることも想定しなければならない。影響は経済だけでなく外交にも及ぶ。

中国トップの訪日では1998年、当時の江沢民主席が8月末に起きた長江大洪水と東北地方の洪水のため、当初9月に予定されていた訪日を11月に延期した前例がある。江氏の訪日は延期された上に、宮中晩餐会で歴史問題について言及したことから、日本の国内で大きな反発を呼んだ。

習氏の訪日についても、香港抗議デモに対する中国の強硬姿勢や、相次ぐ日本人拘束などへの反発から、自民党から一部野党まで政界や世論の国賓扱いに反対する声がくすぶる。

米中対立が激化する中、中国にとって訪日は日中関係改善を世界にアピールする好機であり、なんとしても成功させたい。一方、安倍政権にとっても外交の「目玉」のはずだった対ロシア、北朝鮮外交で打開が期待できない以上、対中改善を外交得点にしたいところだ。

しかし日本世論の対中観は、「改善の軌道に乗った」という公式見解をよそになかなか改善せず、訪問成功の環境は整っているとは言い難い。

米中貿易戦争も休戦か

習近平氏

習近平氏にとって、この新型コロナウィルスの対応次第では政権の求心力を失うことにもなりかねない。

Reuters/Ann Wang

そんな状況の中、新型肺炎への対応を一歩間違えれば、国内での習政権への不満も増大しかねない。

中国が新型肺炎と戦っている最中に不謹慎かもしれないが、国際政治の文脈から見れば、マイナスばかりではない。

2019年は米中貿易戦争が激化するとともに、香港で大規模な「反中国」抗議行動がエンドレスで続いた。その影響もあり、台湾総統選では、“独立派”の蔡英文総統が圧勝し再選。習指導部にとっては逆風にさらされる散々な1年だった。

だが、新型肺炎禍が広がれば、香港や台湾で習政権に露骨に敵対する政策や活動はとりづらい。秋の大統領選を控えたトランプ政権も、米中貿易交渉での第一段階合意(1月15日)を達成したことから、休戦状態を継続するのではないか。これを奇禍として、海外からの中国批判の大合唱をかわし、同時に国内引き締めを強化することができる。

中国観光客が激減し、物流停滞から対中貿易にも影響が出ると、中国の大国化を「脅威」と警戒する日本など近隣国に、中国との相互依存関係の重要性を改めて認識させることにもつながる。

岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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