スタートアップへ入社することの「リスク」を、ちゃんと理解していますか?
撮影:今村拓馬
若手経営者によるスタートアップの巨額の資金調達がきらびやかにメディアを彩り、20代が銀行や商社といった大企業ではなく、スタートアップというキャリアを選ぶことも珍しくなくなっている。その一方で、ここ最近、スタートアップの「大量リストラ」が密かに話題になっていることを知っているだろうか。
「明日までに、辞めるか決めてくれ」
スタートアップにいると突然の「クビ」宣告を受けることは珍しくない。
「営業に移るか、やめてもらうか。明日までに決めてください」
Aさんは、入って半年足らずのスタートアップから事実上の「クビ」宣告を受けた。
Aさんは2014年、大手IT企業に新卒で入社した。営業やマーケティングのスキルを磨き、2018年、社員10人ほどのベンチャーに転職。大企業では得られなかった裁量のある仕事に、初めて部下をマネジメントする経験も得た。社員も少しずつ増え、仕事は充実していた。
会社の様子がおかしくなり始めたのは、Aさんが転職してから半年ほど経ってからだ。売り上げが思うように伸びず、投資家からプレッシャーをかけられたのか、社長の顔色が悪い日が続いた。空気は次第に、よどんでいった。
同時に、部下を持つAさんは社長から頻繁に呼び出されるように。
「最近入った新入社員の成績が悪い。どうするんですか?」
Aさんはなんとかしなければと、努力目標を掲げてチームを鼓舞した。しかし、居心地の悪くなってしまった社員たちは、ひとり、またひとりとオフィスを去っていった。
Aさん自身の解雇は、突然だった。ある日面談で社長に呼び出されると、そこには取締役ら4人がずらっと並んでいた。そこで告げられたのが冒頭の「明日までに」という突然の最後通告だった。
すでに社長の強引なやり方に嫌悪感を持っていたAさんは、その場で退社を決めた。Aさんのように会社を去った社員は、他にも数名いるという。
リファラル採用でも解雇の対象に
リストラ、解散……。経営者の倫理的責任は。
「リストラよりも、むしろ解散を覚悟していたので。やっぱり驚きましたね」
20代のBさんも、ベンチャーから最近“クビ”通知を受けたひとりだ。
Bさんは数年前、上場企業からそのベンチャーに転職した。友人を介して紹介を受けた、いわゆるリファラル採用での転職だった。
会社はオープンな社風。売り上げなどの経営にかかわる数字さえも全社員に公開されており、Bさん自身も裁量を持って働けていた。
しかし転職してから1年ほど経ち、やはり売り上げが思うように伸びなくなった。考えていたマーケティング施策を資金難のために断念することも。社内でも状況は公開されていたため懸念は社内に広まり、社長自身も「会社に余裕がない」と言及することもあった。
そしてある日、社員多数を対象にした「解雇発表」が突然、言い渡された。「明日から会社に来なくていい」と告げられたBさんは、ショックを受けながら会社を後にした —— 。
「解散」宣言はアリかナシか?
有望スタートアップだったバンクは2019年9月、突然「解散」を宣言した。
出典:バンク
こうしたケースが、スタートアップ界隈では徐々に聞こえはじめている。
目の前のアイテムを写真に撮るだけで換金することができるサービス「CASH」や、後払い専用の旅行サービスアプリ「TRAVEL Now」などを運営していたバンクは2019年9月、会社の「解散宣言」を突如発表した。
創業者の光本勇介氏は、その理由について公式サイトでこうつづっている。
「私自身の『時間』も、優秀な50人弱のチームの『時間』も、とにかく『有限』です。『諦めないこと』も、大切であり必要だと理解はしておりますが、同時に、『早く判断すること』も、時には重要で大切だと考えております。この貴重で限られた時間を、もっと大きくインパクトある事業やサービスに費やす方が有効的であり、価値があると考え、このような決断をいたしました」
社員が路頭に迷いかねないことを思うと、会社側の勝手な決定のようにも映る「解散宣言」。しかし、今回「リストラ」を受けた二人とも、経営者の都合で「解散」や、それに伴う「解雇」を言い渡すという考え方には、一定の理解を示す。
「そもそも入社する時点である程度覚悟はしていたので、恨みはないです。でも同じ経験はしたくはないですね」(Bさん)
その背景には、近年人材難が続く日本の転職市場で、特に20代の若手社員の転職が容易になっていることもあげられるだろう。Aさん・Bさんとも転職活動中には複数社の引き合いがあり、転職先候補の会社からは「会社都合で解雇されたことをネガティブに捉えられることもなかった」という。
「自走できないとマジでしんどい」
「Twitterでフォロワーを集められる人」と「経営ができる人」は、必ずしも一致しない?
日本の現行の労働法において、会社の経営悪化で正規社員の解雇をする際は、客観的な合理性や解雇回避義務を果たしていることを証明することなどが経営者側に求められている。Aさん・Bさんのケースとも、こうした点を踏まえれば、解雇の妥当性には疑問が残る。
その一方で、Aさん・Bさんとも、訴訟という法的手段を取ることは考えていないという。その手続きが面倒だから、そして“訴えた人”と思われたくないから、と二人とも明かす。
リスクがあることも知ったうえで飛び込んだのだから自分の決定に後悔はないし、在籍中は成長できた —— 。二人ともそう明言するものの、Aさんは、新卒でスタートアップに入ることは勧めない、という。
「スタートアップには育てられる、教えられる人がいない。自走できないとマジでしんどいし、スキルがないから転職もしづらいと思う。少なくともサイバーエージェントやDeNAなどのメガベンチャーにまずは行ったほうがいい」
2019年11月に日本経済新聞社が発表したNEXTユニコーン調査によれば、未上場企業の時価総額にあたる企業価値(推計)上位20社の合計は、前年度比22%増の1兆1877億円となった。
また、2019年の新興企業向けのマザーズ市場への上場は過去最多の64社となり、スタートアップへの資金流入も続いている。
Aさんは、資金調達が簡単になりすぎていることへの懸念も示す。
「起業しやすくなるのはいいことだけど、学生でやってもほぼうまくいかないんですよ。今は資金調達が簡単だし、Twitterのフォロワーが多かったりメディアに取り上げられたりすると、自分が有名な人と同じステージに立っていると勘違いしてしまう。でも、知名度と能力は、比例しないんです」
(文、西山里緒)