宇宙空間にあるスピッツァー宇宙望遠鏡のイメージイラスト。
NASA/JPL-Caltech
- 2020年1月30日にNASAがスピッツァー宇宙望遠鏡の運用を終了。
- 天の川銀河の銀画面全域にわたる星・惑星形成領域を観測。
- 遠方宇宙における銀河を高感度の観測で発見。
- 赤色矮星「トラピスト1」の周囲に地球に似た惑星が7つあることを発見。系外惑星が放つ赤外線を直接的に観測し、温度などの環境を推定した。
2020年1月30日、NASAのスピッツァー宇宙望遠鏡が、その役目を終えようとしている。
スピッツァー宇宙望遠鏡は、2003年8月25日に宇宙に打ち上げられた巨大な望遠鏡。約16年半にわたり、宇宙の隅々から放たれる微弱な赤外線を観測し続けてきた。
東京大学および自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターに所属し、赤外線天文学を専門とする田村元秀教授に、スピッツァーが成し遂げてきた偉大な成果を聞いた。撮影された数々の画像やイメージイラストで振り返ってみよう。
2003年8月25日。スピッツァーは宇宙へと旅立った。
NASA/KSC
2009年まで、スピッツァーは装置を液体ヘリウム(冷却剤)で冷やしながら観測を行っていた。
NASA/JPL-Caltech
打ち上げ当初、冷却剤を使う「コールドミッション」は2年半の予定だったが、結果的に5年以上ミッションを続けることができた。
NASA/JPL-Caltech/ J. Hora (Harvard-Smithsonian CfA)
冷却剤がなくなり、2009年以降は装置の温度が上昇。観測できる波長が制限された「ウォームミッション」を開始。
NASA / JPL-Caltech
土星から600万〜1200万km離れた領域に、氷とちりの粒子からなる超巨大なリングを発見。
NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC)
トラピスト1の周囲に、地球サイズの惑星を7つ発見。そのうち6つは岩石型の惑星である可能性が高いことが分かった。
NASA/JPL-Caltech
小惑星同士の衝突によって作られた残骸の様子を観測。衝突頻度などが分かると、惑星が作られる過程などの理解が進むと考えられる。
NASA/JPL-Caltech/T. Pyle (IPAC)
宇宙空間で、炭素がサッカーボール状につながった分子「フラーレン」を発見した。
NASA/JPL-Caltech
「赤い蝶」のように見えるガスの領域を撮影。スピッツァーの撮影する画像は、時おり生き物のように見える。
NASA/JPL-Caltech
これは卵を抱えたペンギンのように見える。
NASA-ESA/STScI/AURA/JPL-Caltech
ハッブル宇宙望遠鏡など他の望遠鏡が撮影した画像と合成して、私たちに美しい宇宙の姿を届けてきた。
NASA/JPL-Caltech/T. Megeath (University of Toledo) & M. Robberto (STScI)
赤外線の観測で、何が分かるのか?
スピッツァーの観測によって発見された、凍りついた系外惑星のイメージ。
NASA/JPL-Caltech
16年半にわたって続けられたスピッツァーによる観測。スピッツァーは赤外線の中でも、3〜180マイクロメートルの波長をもつ幅広い赤外線を観測してきた。
田村教授はスピッツァーの運用停止の理由を、
「太陽や地球に対して、特定の軌道を保つことが難しくなってきたのが、運用を停止する理由です。赤外線望遠鏡は熱に非常にセンシティブ。強い光に照らされるようになると、観測装置が使えなくなってしまう恐れがあります」
と話す。
スピッツァーは、もともと次の2つの観測を主な目的として打ち上げられた。
- 恒星(自ら輝く太陽のような天体)や、その周囲で惑星が形成されていく現場(星形成領域)を観測すること。
- 非常に遠くにある宇宙(遠方宇宙)やちりに埋もれが銀河を観測することで、宇宙が誕生した初期の頃の様子を観測すること。
生まれたばかりの星(原始星)や惑星は温度が低いため、星が出す目に見える光(可視光線)は弱く観測しにくい。また、星々が誕生しやすい領域には多くの「ちり(ダスト)」が存在しており、可視光線は遮られてしまう。
一方、温度をもつ物体からは必ず赤外線が放出されており、赤外線はちりを透過して地球まで届く。原始星やその周辺(星・惑星形成領域)の様子を観察するには、赤外線が最も適しているというわけだ。
実際スピッツァーは、太陽系が属している天の川銀河に存在する星形成領域の地図を、高い解像度と感度で撮影している。
スピッツァーが撮影した天の川銀河の一部。赤い領域では星の形成が頻繁に起きていると考えられる。
NASA/JPL-Caltech
また、遠方の天体から出ている光の波長は本来の波長よりも長いものとして観測される(赤方偏移)。この結果、遠くの天体から放たれた可視光線や紫外線は、地球に届く際には赤外線として観測される場合がある。
ただし、地上の望遠鏡で赤外線を観測しようにも、大気に邪魔されてうまく観測できない。そこで必要とされたのが、宇宙での赤外線観測だった。
系外惑星の観測は「予想外」も、一番大きな成果
トラピスト1には7つの系外惑星がある。そのうち、6つは地球型惑星(岩石でできた惑星)である可能性が高いことが分かっている。
NASA/JPL-Caltech/R. Hurt, T. Pyle (IPAC)
「ただし、結果としてスピッツァーの一番大きかった成果は、系外惑星に関する観測結果ではないかと思います」(田村教授)
系外惑星とは、太陽系の外にある惑星のことだ。
スピッツァー宇宙望遠鏡は、系外惑星が恒星の後ろを通過する際に生じるわずかな変化を観測することができる。この手法では、うまくいけば系外惑星の大気から出ている光(赤外線)を直接観測することができるため、系外惑星の温度や大気の情報を逆算することも可能だ。
このように「系外惑星の環境」を推定できるようになったということは、スピッツァーが打ち上げられた当初の予想を超えた大きな成果だったと言えるだろう。
スピッツァーはさらに、もともと3つの系外惑星の存在が知られていた「トラピスト1」という小さな赤色矮星の周囲に、新たに4つの系外惑星を発見。トラピスト1は、合計7つの系外惑星が存在する天体であることが明らかにされた。
さらに、この7つの系外惑星全てが地球と似たサイズであり、そのうち6つは地球と同じ岩石型の惑星である可能性が高いことも確認。その上、トラピスト1の周囲をまわる3つの系外惑星が、液体の水が地上に存在できる領域(ハビタブルゾーン)に位置していることまで明らかにした。
「多くの人はそれまで、そのような惑星系が存在することは考えもしませんでした。これも、高精度で赤外線を観測できるスピッツァーだからこそ実現した成果です」(田村教授)
次世代宇宙望遠鏡は2021年3月30日に打ち上げ予定
クリーンルームに保管されているジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡。
NASA Goddard Space Flight Center
NASAは、スピッツァーの運用停止後、2021年3月30日に次世代の宇宙望遠鏡であるジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の打ち上げを計画している(1月29日現在)。このため、赤外線の観測が滞る期間は幸いにして短くて済みそうだ。
「スピッツァー宇宙望遠鏡の鏡は直径85センチメートル、対するJWSTの鏡は直径6.5メートルに相当します。望遠鏡の性能を決めるのは、光を集める鏡の大きさ。JWSTほど大きな望遠鏡を使って観測すれば、より暗い天体を見つけることができます。
地球サイズの系外惑星の大気に水があるのかを調べたり、これまでの望遠鏡で見えなかった宇宙のごく初期に誕生した(非常に遠くにある)銀河などを『一網打尽』に観測できるでしょう」(田村教授)
スピッツァーが予想外に系外惑星の研究に貢献したように、JWSTの運用が始まれば、予期していなかった成果が続々とあがってくるはずだ。
一つの望遠鏡の終わりは、新たな天文学の時代の幕開けが近いことを意味する。人類の宇宙への飽くなき探究心は、こうして次の世代へと引き継がれていく。
(文・三ツ村崇志)