ガンバ大阪はデジタルマーケティングを生かして集客増に結びつけた。
出典:ガンバ大阪のホームページより
データをもとに改善を進めるデータドリブンの戦略構築はビジネスの世界では当たり前だが、スポーツビジネスの世界でもデータの活用が進みつつある。
サッカー・Jリーグのガンバ大阪は、デジタルマーケティングやデータ分析をいかし、2019年シーズンのリーグ戦ホームゲームの平均入場者数を前年比18%増の2万7708人に伸ばした。
飛躍の理由には、「JリーグID」という、Jリーグがチケットやグッズの購入に利用できる共通の会員IDサービスから得られるデータの活用があった。ガンバ大阪が、JリーグIDからどんなデータを得て、どう分析し、効率的な集客へとつなげていったのか。
ガンバ大阪の顧客創造部企画課の竹井学さんと小森誠之さんを直撃した。
新スタジアムの一方で募る危機感
ガンバ大阪の顧客創造部企画課の竹井学さん(左)と小森誠之さん。顧客創造部はB2Cを目的に組織改編で作った部署だ。
撮影:大塚淳史
2019年12月10日、都内で行われたJリーグの理事会後の会見で、Jリーグの村井満チェアマンが、J1リーグ(1部リーグ)の平均入場者数が2万人を突破し、歴代最高となったことを報告した。
その背景には先ほどのデジタルマーケティング的アプローチがあったのだが、資料の中で「平均入場者数を大きく伸ばしたチーム」として取り上げられた1つが、ガンバ大阪だった。
大阪府吹田市を拠点にするガンバ大阪は本拠地を、2015年までホームの試合会場に利用していた万博記念競技場から、2016年に、付近に新設したサッカー専用スタジアム「パナソニック スタジアム吹田」に移した。欧州にあるようなモダンで、本格的なサッカー専用スタジアムは当時、話題を呼んだ。
しかし、ガンバ大阪を内側から見てきた竹井さんは、新スタジアムが注目を浴びる一方で、年々危機感が募っていったと、率直な心情を明かした。
「万博記念競技場最後の2015年は、1試合の平均入場者数は1万6000人弱。パナソニックスタジアム吹田に移り、キャパシティーが広くなったので、2016年は平均2万5342人まで増えました。
ところが2017年に2万4277人に落ち、2018年は2万3485人と2年連続で1試合平均入場者数が約1000人ずつ減りました。2018年はサッカーワールドカップがあった影響もあり、平日開催があったとはいえ、極端に減っている実感はありました」(竹井さん)
1試合の平均入場者数が1000人減ると、年間で計1万7000人減となる(J1リーグはホームゲームが17試合)。チケット価格を掛け合わせると、クラブにとって決して小さな額ではない。
データを生かしたマーケティング活動に取り組んだのには、こうした背景がある。
データ分析できず、宝の持ち腐れだった
大阪府吹田市にあるガンバ大阪の本拠地パナソニックスタジアム吹田。最大4万人まで収容可能。
撮影:大塚淳史
Jリーグが提供しているサービス「JリーグID」は、2014年から運用開始。既に、IDのユーザー情報について、各クラブへのデータ提供がはじまっていた。
ガンバ大阪で本格的に活用し始めたのは、2018年にパナソニックからデータの専門家10人ほどがバックアップしてくれるようになったからだ。彼らはパナソニックで会員向けサービスの顧客の情報データを分析しており、知見をあった。
JリーグIDからはID取得者の名前やメールアドレス、登録情報によっては住所もわかる。さらに観戦チケットやグッズなどの購買データ、観戦チケットを購入して、実際にスタジアムまで来場したかどうかまで把握できる。
JリーグIDの全体登録数は158万件(2019年12月10日の会見資料より)。そのうち、ガンバ大阪を登録しているIDは15万件。それなりに大きな数だ。
「(分析の活用には)やはり専門家が加わったことは大きかったです。我々のような素人がデータ分析するのは難しい。2017年までなかなかデータを活かせていなかった理由はそこでした」(竹井さん)
集まったデータの意味を理解し、複数の情報を組み合わせることで、精度の高いマーケティングに取り組めるようになった。集客のために知りたいこと、実際にデータを使ってできることを探っていった。特に力を入れたのが、ファン層の分析だ。
「来場回数が多いか(コアなファン)、1回きりか(ライトなファン)、『大人1枚子ども2枚』と購入しているIDはファミリー層と定義するなど、JリーグIDから得られるデータを多方面から分析していきました。
来場目的も探りました。家族のレジャーのためか、自身がサッカーが好きだからなのか。その上で来場目的に沿った案内をメールでしようと。ファミリー層向けは、子ども向けのイベントの案内をするといったように」(小森さん)
データで判明した「勘違いしたプロモーション」
2019年シーズン開幕戦で行った、ガンバ大阪出身選手によるトークイベント。左から、加地亮氏、武井択也氏、播戸竜二氏と昔からのファンに馴染み深い面々。
提供:ガンバ大阪
今まで全ユーザーで一律だったメールの文面も、ユーザーの特性に合わせた内容を出し分けて、「接触」するようにした。
試合会場のグッズ販売もデータ分析をもとに変えた。例えばライト層が多く訪れる試合では、タオルマフラーをブースの前面に置くといったことだ。
「我々が今までなんとなく肌感覚で感じたことが、データで裏付けされた。我々の意識も変わりました。データが拾えるようになったことで、それぞれの試合で新規ファンがどれだけ増やせたか、ファンクラブの会員からどれだけ来場してもらえたのか、データ(数字)でわかります」(竹井さん)
データ分析によって、「もくろみからズレていた」自分たちの取り組みにも気づけた。それがセレッソ大阪との『大阪ダービー』と、毎年行う無料でシャツをプレゼントする『ガンバエキスポ』の試合だった。
「ガンバファンの人は、例えば年間に6回、7回見に行くとしたら、選ぶ試合が実は『大阪ダービー』と『ガンバエキスポ』でした。我々はこの2つのイベントが、新規ファンを取り込む最大のチャンスだと勘違いしたプロモーションをしていました。
しかし実際には、新規のお客様にはあまり響いておらず、むしろ元来のファンの方にきちんと告知したほうが、チケットの購入率や来場率があがると知りました。
データを見ていなかったら、今でも新規のお客様でスタジアムが満員になっていると勘違いし、そのままのプロモーションをしていたでしょう」(竹井さん)
ガンバ大阪が目指す「3万5000人動員」
ファミリー層が多い時は、子ども達が楽しめるような仕掛けを用意した。
提供:ガンバ大阪
データを分析し、その内容を生かしたマーケティングに取り組み続けたことで、2018年後半から効果が現れ始めた。ファミリー層が多く来ると分析した夏休みの試合では、親子で楽しめるイベントを企画した。今までメールだけだった告知も、さまざまなタイプの交通広告を出してみた。すると、2018年前半と比べて、後半は(動員は)平均2000人も増えた。
「お客様の観戦目的に沿ったイベントプロモーションを続けていけば、スタジアムを再訪してくれる確信がもてました。それを2019年も引き続き取り組み続けたことで、チーム成績は中位でしたが、1試合当たりの平均入場者数は過去最多になりました。村井チェアマンが話したような、チーム成績に頼らず、お客様に楽しんでいただけるようなホームゲームができたのはよかったかなと」(竹井さん)
まもなく始まるJリーグ2020年シーズン。すでに竹井さん、小森さんたちの戦いは始まっている。
「2019年の平均は2万7000人。我々は3万5000人を目標にしています。2019年に3万7000人を超えた試合は、ガンバエキスポとヴィッセル神戸戦。ぎっしり満員でした。(ポテンシャルとして)3万5000人まで伸ばせる余地があると思います。データ分析、ファン層ごとに会わせたマーケティングを課題として取り組みたい」(小森さん)
(文・大塚淳史)