若手不足で売り手市場の就活では「複数もらった内定をどう辞退するか」で悩む学生が後を絶たない。その真理とは。
撮影:今村拓馬
売り手市場の就職活動で「内定辞退」に悩む学生をサポートする例文つき手紙の入った「内定辞退セット」(日本法令)が初版5000部完売・増版決定とヒットし、話題になった。
複数内定をもらったものの、「言いづらい」と辞退の仕方に悩む学生が多く存在する一方で、「辞退の連絡が来る月曜が怖い」「内定式でも採用できるか安心できない」と企業人事が悩む、カオスが起きている。
企業と学生はなぜ、こんなにも分かり合えないのか。そしてそもそも、どうやって断るのが「正解」なのか?
「はたらくクリエイティブディレクター」として国内外15万人以上の学生に、キャリアや就活支援を行なってきたパーソルキャリアの佐藤裕さんに、就活生と採用現場のギャップのリアルについて聞いた。
嫌われたくない一方で、内定式ハシゴ
国内外15万人以上の学生に、キャリアや就活支援を行なうパーソルキャリアの佐藤裕さん。
提供:パーソルキャリア
内定辞退セットが売れていると聞いて、正直、目の付け所がいいなと思いました。社会の多くの人が「そんなバカな」と思うマーケットですが、あのバズり方を見ても、日頃講義や就活支援セミナーで学生と接していても、確かにニーズがある。ビジネスの視点としては、センスあるなと思います。
同時に我々のような採用人事関係者としては、責任を感じました。
内定辞退セットがバズるということは、やっぱり辞退することが学生にとって「難しいし、怖い」ということ。人事の世界がそう思わせているのは、本意ではないですよね。本来、企業は「(学生に)ふられる」側であって(断るのを怖がられるのではなく)選んでもらう努力をすべき立場です。
一方、「断ると悪い気がする」と、今の学生は必要以上に思いがちです。背景には、育ってきた環境があると思います。今の学生は嫌われることをとても嫌がる傾向があります。
私が持っている大学の講義でも、主体性がない、目立ちたくない、意識高いと思われたくない——という気持ちが強いようで、前に出て発言する学生は非常に少ないです。SNS世代ですし、SNSでもリアルでも、炎上を避けたいのかもしれませんね。
ただその一方で、ある意味、たくましいというのか、内定掛け持ち学生も結構います。内定式(入社前の10月1日以降が多い)ですら、まだ複数社の内定を持っていて、内定式を3社くらいはしごする学生も一部でいます。
内定式で役員の話を実際に聞いたり、これまで人事にずーっと言われてきた「この会社はこういう会社です」ということが本当なのかを見極めてから、一社に絞って、ようやくあとの会社は辞退する。実際に、そうしたケースは珍しくありません。
内定辞退のお作法は社会とは“逆”
内定辞退の局面で、人事にとってもっとも諦めがつくのは「メールだ」と佐藤さんは指摘する。
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就職活動中の学生から「辞退できないんですけどどうしたらいいんですか」という相談を受けることはあります。その時は必ず(新卒採用をする)「人事の本音」を伝えています。実は人事にとって、一番致命的なのはメールなんです。
メールで「こうこうこうで辞退します。本当に感謝しています。ありがとうございました。社会に出たら恩返しします」シリーズが来たら「終戦」なんです。もう手が出せないと感じるんですよ。「もうここまで固まっている。しかも感謝まで言っちゃってる。きついな」と、もう追わないケースです。
電話だと、人事からすると「まだ何かいけるかな」みたいになります。そして「余裕で引き止められる」と感じるのが、会えることです。「辞退するんであいさつに行きます。感謝しています」と学生が言ってきたら、可能性がある!と人事は思います。
メールでの内定辞退に賛否両論あるが…。
撮影:今村拓馬
これ、学生から見ると真逆のようなのです。しかし「感謝しているので内定辞退も会って言わないと……」と思うのは、もっとも人事担当者に期待を持たせてしまうやり方です。
本当に就職活動を通じてその方に感謝しているのであれば、メールで内定辞退をきちんと伝えてお礼をし、社会人になって自分が活躍できるようになってから挨拶に行くのが本当の礼儀です。
会えば人事の時間も無駄に使うことになるし、人事サイドも(引き止められるのでは?という期待の下に)グレーゾーンが始まるんですよね。そうするとみんなハッピーじゃなくなりますね。
メールか、それが難しければ電話でお話しする。少なくとも、会わない。内定辞退をめぐってトラブルになる背景には、この順序が、社会的にも真逆の認識だという問題がありますね。
採用のテクニックを学生は見抜く
学生に小手先のテクニックや取り繕いは通用しない、という指摘も。
撮影:今村拓馬
こうした内定辞退問題が起きるほど、今は学生の売り手市場です。そんな中で、学生が企業に対して見ているのは、「我が社は(若手に)裁量がある」という企業人事の言葉の「現実」です。
今の学生は仕事の裁量を重視していますし、企業も「裁量はあるよ」と言います。学生がそのまま受け止めると「裁量を持って自由に自分らしく働ける会社」ですが、現実はいろんなつながりからリアルに聞けます。Twitterでも口コミでも、アナログな講演会や知り合いからでも。
そうして中の様子を聞くと、「あ、やっぱり古い体質だな」「年功序列だな」という風に学生が受け止める……というのもよくあるパターンです。企業の言う裁量は「部署の中での裁量」だったりして、いきなり「社内改革する裁量」の訳ではありません。
その認識のズレを正さずに、企業の採用段階では、学生の気持ちいいところだけつまんで言うのが、人事のテクニックになってしまっている面があります。でもこうしたテクニックが、情報収集力のある一部の学生には、通じにくくなってきていますね。
学生に断られやすいのは総合職という決定的理由
撮影:今村拓馬
今、学生に敬遠されやすい職業は、総合職ですね。大手企業であり、知名度やブランドもあって、3桁の人数を採用していても、総合職採用は学生に「逃げられる」のです。
理由は総合職なので、どこの勤務になるのかエリアが決まらない。どの事業を担当するのか、どんな職種になるのか分からないと言うモヤモヤが、学生にはあるからです。そんな時にイケてるベンチャーから「この事業にコミットしてほしい」などと言われたりすると、コロっと、そっちへ行ってしまったりします。
では、新入社員の職種や配置を早く決めればいいと思われるかもしれませんが、大企業によってはこれが難しい。現場の頭が固かったりすると、今までピンポイントで「この仕事を新人に」という新人育成をやった経験がない……と躊躇(ちゅうちょ)します。
とはいえ、前例がなくても、今の時代に合った柔軟な育成できないところはいくら(企業として)人気があっても難しいですね。入社後であっても、せっかく育てた若手を(他社に)引き抜かれやすいです。
ある総合電機メーカーの学生に選ばれる「採用」
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その点、ポジション採用でいい舵を切った例が、名前は伏せますが、ある人気総合電機メーカーです。入社時から、セールス&マーケティング、コーポレート機能など、明確に事業や職種が決まっていて、学生もそこにエントリー(応募)する形です。
(複数内定の中から)迷った末に選ばれる企業の特徴があるとしたら、リアルに職種やポジションを見せるパターンと、やはり条件の見せ方です。ポイントは学生に入社後をイメージさせられるかだと思います。入社後にリアリティーを持たせられると、学生は背中を押されます。
もう一ついうと、仕事そのものというより、ビジョンや会社の性格で勝負するのが、今の時代、ものすごく学生に刺さるんです。こうした学生への訴求には時代の流れの影響があると思います。
リーマン・ショック後などの氷河期は、学生も現実的でした。報酬や自分が生活できるかが重視されました。それが(今のように)景気がよくて豊かな時代になってくると、意義、大義、社会貢献を(学生が会社に)求める波がきていますね。それこそ年収がそれほど高くなくても、どこに配属されるかが分からなくも、飛び込む学生が出てくる企業は、そうした意義やビジョン、社会貢献性を見せるのがうまい企業です。
具体的な仕事がどうのというより、大きなビジョンを見せていく。それが刺さりやすい世代でもあると思います。
佐藤裕:若者の“はたらく”に対するワクワクや期待を創造する「はたらクリエイティブディレクター」。1979年生まれ。横浜出身。法政大学文学部英文学科卒業後、外資系HRサービス会社を経て、現在はパーソルグループ新卒採用統括責任者。パーソルキャリアが運営する若年層向けキャリア教育支援プロジェクト「CAMP」で大学生を中心にキャリア教育を実施。全国の大学で年間200回近くの講座・講演を行い、これまで15万人以上の学生にキャリア・就活の支援をしている。2019年3月からハーバード大学の特別講師。著書に『新しい就活自己分析はやめる! 15万人にキャリア指導してきたプロが伝授する内定獲得メソッド』。
(文・滝川麻衣子、取材協力・町田優太)