参加したPCメーカーと日本マイクロソフトの関係者による集合写真。
撮影:笠原一輝
文科省が2019年12月に発表した「GIGAスクール構想」が大きな話題を呼んでいる。
日本マイクロソフトは、同構想に対応する新しい教育ソリューションとして「GIGAスクールパッケージ」を、パートナー企業などを通じて提供していくことを明らかにした。2月4日、東京都内の記者会見で発表した。
表向きの「目玉」は、約5万円とされる「学習者用端末の標準仕様」という文科省お薦め性能のPCだ。
しかし、筆者は、日本マイクロソフトの「そのほかの発表」に、大きな驚きを感じた。
例えば、特にGIGAスクールパッケージで「Office 365やIntuneなどのクラウドベースを低価格で小中学校などに提供していく」という発表は、これまでの日本マイクロソフトの強みを自ら破壊する覚悟持ったものだったからだ。
GIGAスクール支える「クラウド」が破壊的な理由
「GIGAスクールパッケージ」ではクラウドサービスも低価格で提供していく。
出典:マイクロソフト
発表の目玉の「5万円PC」は、率直言って、それそのものはあまりインパクトは大きくない。
そもそも、「GIGAスクール構想」とは、次のような概要のものだ。
- 児童生徒1人1台を実現する(1台あたり最大4.5万円を補助、令和5年度=2023年度までに全小中学校で実現)
- 高速大容量の通信ネットワークを実現(令和2年度=2020年度までに、全ての小・中・高校・特別支援学校等で実現)
- 都道府県レベルで共同調達
など。GIGAスクールを実現するための予算は合計4123億円。IT業界にとっては新しい市場の誕生として大きな注目を集めている。
このうち、4.5万円というのは「補助金」であって、必ずしもそれ以内で収まっていなくても構わない。ただし、余裕のある自治体ばかりではないため、「学習者用端末の標準仕様」が策定され、5万円程度の価格として提示された。
今回マイクロソフト がパートナーのPCメーカー8社と一緒に発表したのは、その標準仕様を満たして5万円の「GIGAスクール対応PC」だ。
マウスコンピューターのMousePro P101A、スタンドにもなる取っ手が特徴的。
撮影:笠原一輝
オプションでペンも使える。
撮影:笠原一輝
HP「 ProBook x360 11 G5 EE」。
撮影:笠原一輝
デルの「Latitude 3190 Education」。
撮影:笠原一輝
Lenovo「300e」。
撮影:笠原一輝
それよりも重要な事は、日本マイクロソフトが繰り返したアピールした「クラウドサービスの導入」という点にある。
というのも、現在の教育現場では、クライアントデバイスだけでなく教育用のサーバーも、学内などに置く形のITシステム(オンプレミスと呼ぶ)が一般的だったからだ。
こうしたシステムの問題点は、その管理が複雑になることだ。
例えば、サーバーのOSに脆弱性が発見されれば、サーバー1台ごとに対策パッチプログラムを適用する必要がある。このため、中小企業や学校などの教育現場では、構築から管理までSIer(System Integrator、システム構築事業者)企業に丸投げという学校が大半、という現実が生まれている。
そして実は、この「SIer企業に丸投げされていること」こそが、SIer企業と強い結びつきがある日本マイクロソフトのこれまでの強みだった。
文科省もクラウドシフトを明快にしている。
出典:文部科学省
だが、文科省のGIGAスクール構想では、ここにも手を入れようとしている。
文科省の資料を読めば、サーバーについては「将来のパブリッククラウドへの移行も目指しつつ最低限のもの」だと明快に書かれており、「クラウド・バイ・デフォルト」という表現で、インターネットを経由して提供されるサービス(クラウド)へ移行すべきだという方針が明快に書かれている。
オンプレミスのサーバーをなくしてクラウドのサービスを利用することは3つの大きなメリットがある。
- SI企業への依存を最小限にできること
- 管理コストの削減
- セキュリティ性を向上できること
今回日本マイクロソフトは教育市場に、同社がエンタープライズ(大企業)向けに提供しているクラウドサービスであるOffice 365、教育現場に欠かせないデバイスの管理ツールIntuneや自動設定機能などを低価格にしてパッケージとして提供することを明らかにした。
グーグルの「G Suite」とChromebookに真っ向勝負のマイクロソフト
日本マイクロソフト業務執行役員・パブリックセクター事業本部文教営業統括本部長の中井陽子氏。
撮影:笠原一輝
なぜ日本マイクロソフトはオンプレミスとSIerとの組み合わせという強みを捨ててまで、クラウドへ急速に舵を切るのだろうか。もちろん文科省が「クラウド・バイ・ネイティブ」を推進していることは最大の理由だが、文科省自身が資料で「必要最低限」と表現しているとおり、決してオンプレミスがダメだということではない。
その最大の理由は強力な競合、「グーグル」の存在だ。
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日本マイクロソフトの中井陽子氏は、同社の教育市場でのシェアは85%としたが、15%は既にグーグルやアップルに取られているということになる。エンタープライズ(大規模な法人IT)の市場がマイクロソフトのほぼ独占市場だということを考えれば、15%といえどもマイクロソフトの中で警報が鳴り響いていても全くおかしくない。
そして、グーグルが市場を伸ばしている最大の理由はクラウドだ。
グーグルが推進しているChrome OSベースのChromebookは、徐々にマイクロソフトの教育市場における優位性を浸食している。その最大の理由はクラウドサービスである「G Suite」(グーグル版オフィススイート)とセットで提供しているからだ。
学校の先生はクラウドで生徒の端末を管理したりデータを管理したりするため、管理性が高く、負担を軽減するとして受け入れられている。そのグーグルに対抗するため、マイクロソフトもクラウドへと大きく舵を切ることを決断した、今回の会見で明らかになったのはまさにそのことだろう。
マイクロソフトがこうした方向性に舵を切ったことは、教育界でも歓迎されるはずだ。従来のSIer主導のシステムから、先生の負担を減らしながら先生が主導権を握れるシステムがクラウドにより実現する。
マイクロソフトにとっては、自らの強みを破壊する訳だから1つの賭けであることは間違いない。それでも、クラウドへの移行は、いつかは渡らなければならない橋だ。
まさに教育界のITは大きな変革の時を迎えている。
(文、写真・笠原一輝)