来訪者は過去最高だけど……世界遺産「宮島」を悩ませる2つの不安

世界遺産「厳島神社」。松島、天橋立と並び日本三景「安芸の宮島」として知られる。12世紀に平清盛の崇敬を集めるなど数々の権力者に崇拝された。1996年にユネスコの世界文化遺産に登録された。

世界遺産「厳島神社」。松島、天橋立と並び日本三景「安芸の宮島」として知られる。12世紀に平清盛の崇敬を集めるなど数々の権力者に崇拝された。1996年にユネスコの世界文化遺産に登録された。

厳島神社「大鳥居修理工事の現状」より

全国屈指の観光地で、広島県廿日市(はつかいち)市にある世界遺産・宮島の厳島神社。そのシンボルである大鳥居が2019年6月から大規模な改修作業に入っている。

ところが、この「令和の大改修」。完了時期は未定で、地元では来島者数の減少を案じる声が出始めている。そこへきて廿日市(はつかいち)市が観光客向けに「入島税」の導入検討を本格化させている。

インバウンド需要も手伝って観光客が増える宮島だが、「大鳥居の改修」と「入島税」という「2つ不安」が頭をもたげている。

改修の終了時期は「未定」 来島者はじわり減少

建立から140年以上が経った大鳥居を未来に残すべく、今回は屋根の葺き替え、塗装の塗替えのみならず、全体の破損調査も実施する。

建立から140年以上が経った大鳥居を未来に残すべく、今回は屋根の葺き替え、塗装の塗替えのみならず、全体の破損調査も実施する。

出典:厳島神社「大鳥居の修理について」

まず「令和の大改修」をめぐる心配だ。

厳島神社によると、改修中の大鳥居は1875(明治7)年に建てられたもので8代目にあたるという。これまでも風雨や海虫の蝕害などで幾度も改修されてきた。

2012年には突風で屋根の銅版が飛散。緊急修理が実施された。

2012年には突風で屋根の銅版が飛散。緊急修理が実施された。

出典:厳島神社「大鳥居の修理について」

今回の改修では、建立から140年以上が経った大鳥居を未来に残すべく、屋根の葺き替え、塗装の塗替えのみならず、全体の破損調査も実施する。

改修工事で組まれた足場。その様子はSNSで話題になった。

改修工事で組まれた足場。その様子はSNSで話題になった。

提供:Tetsuya Fujiwara

大鳥居を囲むように組まれた足場の様子は「まるで要塞のようだ」とSNSで話題になったが、鳥居上部の「笠木」「島木」内部の状況も調査するため、工期がいつ終わるかは未定だ。

2014年〜2019年の宮島来島者数。2019年の来島者数は465万7343人。記録が残る1964年以降で過去最多となったが…。

2014年〜2019年の宮島来島者数。2019年の来島者数は465万7343人。記録が残る1964年以降で過去最多となったが…。

廿日市市「宮島来島者数一覧表」よりBusiness Insider Japanが作成。

廿日市市観光課によると、2019年度の来島者数は465万7343人。記録が残る1964年以降で過去最多となった。これは厳島神社が世界遺産に登録された1996年(297万9698人)の1.56倍にのぼる。

ただ、月別で見ると11月と12月は前年比で減少。市では大鳥居の改修工事の影響も踏まえつつ、今後の振興策を検討する方針だという。

「綺麗になった大鳥居、いつか見にきて」地元企業が工夫

復刻した「大鳥居サブレ」。売れ行きは好調だという。

復刻した「大鳥居サブレ」。売れ行きは好調だという。

提供:藤い屋

観光客の中には、大鳥居の改修工事を知らずに訪れる人もいるという。「大鳥居が見られなかった……」と落胆した人にも喜んでもらおうと工夫する地元企業もある。

1925(大正14)年創業の「藤い屋」は、2020年の年明けから大鳥居をモチーフにした「復刻大鳥居サブレ」を発売。1970年代に同社で販売していた鳥居型の焼菓子を復活させたものだが、付録に写真家・近藤篤氏が撮影した大鳥居のポストカードをつけた。

写真家・近藤篤氏が撮影した大鳥居。海の中で鮮やかの朱色がよく映える。宮島を象徴する風景だ。

写真家・近藤篤氏が撮影した大鳥居。海の中で鮮やかの朱色がよく映える。宮島を象徴する風景だ。

提供:藤い屋

元日には用意した600箱が完売。当時の焼型を用いた手作業で製造しているため、生産量に限界はあるが、売れ行きは好調だという。

同社の藤井嘉人社長はBusiness Insider Japanの取材に対し、「国内外を問わず、大鳥居が見られずガッカリされるお客様に向けて何かできないかなと。ポストカードを見ていただくことで、綺麗になった大鳥居を見に来たいと思っていただけたら……」と話す。

今後も同社では菓子づくり体験をはじめ、大鳥居が見られない時期だからこそ、宮島の良さを知ってもらえるような企画を考案しているという。

再燃した「入島税」めぐる不安

外国人観光客を中心に来訪者が急増する中、本土と宮島を結ぶフェリーの料金に100円程度を「入島税」として上乗せし、環境整備に利用する案が出ている。

外国人観光客を中心に来訪者が急増する中、本土と宮島を結ぶフェリーの料金に100円程度を「入島税」として上乗せし、環境整備に利用する案が出ている。

shutterstock/kurutanx

来島者数の減少が心配される中、宮島では島民の間で新たな不安の種も出ている。廿日市市が導入を目指す「入島税」をめぐる問題だ。

外国人観光客を中心に来訪者が急増する中、本土と宮島を結ぶフェリーの料金に100円程度を「入島税」として上乗せし、環境整備に利用する案が出ている。

旗を振るのは、2019年10月に当選した廿日市市の松本太郎市長だ。投開票日の翌日、松本市長は報道陣に入島税についてこう語ったという。

電線の地中化や道路の補修など、宮島は維持修繕が必要。安定して入る『税』にこだわる

2019年10月21日朝日新聞デジタル

宮島と本土を結ぶ航路はJR西日本宮島フェリー宮島松大汽船が運行。どちらも大人片道180円、約10分で2kmほどの海の道を結ぶ。地元住民も通勤・通学など生活の足としてフェリーを利用している。

市の検討委員会は2月6日、島民や通勤・通学客などを含む「入域者(来島者)全員」または、島民や通勤・通学客を除く「訪問者(観光客)」から徴収する2案を軸に検討する方針を示している。

ただ、宮島の入島税をめぐる議論は、ここ1年に限った話ではない。

過去(2008年・2015年)にも市は入島税を検討したが、徴収にかかるコスト増加や、島民を課税対象に含めるか否かで住民から不安の声が出ており、見送った経緯がある。

新たな財源、背景には人口減少と高齢化

廿日市市は「入島税」を公衆トイレの改修やゴミステーションの検討、年間450万人超の来島者に対応できるよう旅客ターミナルの改修などを検討。オーバーツーリズムへの対応策として期待を寄せる。

廿日市市は「入島税」を公衆トイレの改修やゴミステーションの検討、年間450万人超の来島者に対応できるよう旅客ターミナルの改修などを検討。オーバーツーリズムへの対応策として期待を寄せる。

廿日市市

廿日市市が「入島税」の導入を目指す背景には、近年の観光客増加(2019年は465万人2010年比で約120万人増)で、ゴミの増加やトイレ不足など観光地として維持費がかさむことが一因としてある。宮島における1人あたりの観光消費額は3990円(2018年)とされ、観光客の増加が宮島地域の税収につながっておらず、来島者の協力を求めたいという事情もある。

それに加えて、宮島を擁する廿日市市の人口減と少子高齢化もありそうだ。

国勢調査によると廿日市市の世帯数は増加しているが、人口は2005年の11万5530人をピークに減少傾向。一方、65歳以上の高齢者が人口に占める割合は、2009年10月には21.9%だったが10年間でから29.7%(2019年10月)まで増えた。

国勢調査によると廿日市市の世帯数は増加しているが、人口は2005年の11万5530人をピークに減少傾向。市の独自推計でも、今後も人口減少は避けられないという見通しだ

国勢調査によると廿日市市の世帯数は増加しているが、人口は2005年の11万5530人をピークに減少傾向。市の独自推計でも、今後も人口減少は避けられないという見通しだ

廿日市市

生産年齢人口の減少は税収減にも直結する。一般会計における市税収入は、168億748万円(平成20年度)から160億1902万円(平成30年度)と減少傾向にある。

一方、市によると社会福祉費や老人福祉費など住民の福祉に充てる扶助費の支出は増加。2009年度は47億7600万円だったが、2018年度には93億6900万円となった。

「目先の話ではなく、宮島の未来を考えよう」

ある地元住民は「“入島税”の対象をどうするかという目先の話ではなく、宮島の未来の在り方を住民と一緒に考えてほしい」と語る。

ある地元住民は「“入島税”の対象をどうするかという目先の話ではなく、宮島の未来の在り方を住民と一緒に考えてほしい」と語る。

Koshiro K / Shutterstock.com

制度上の課題も残っている。入島税は地方自治体が特定の目的に使用するため条例で設定できる「法定外目的税」にあたるが、総務大臣の同意が必要だ。

総務省は、観光客からだけ税を徴収すれば「税の公平性」が保てないとして廿日市市の案には否定的だ。一方で地元からは「島民や、通勤等で通っている人には重課税であり、公平性に欠けている」といった声も出ている。

ある地元住民は、こう語る。

「直近の市のデータを見ると来島者数の減少が心配だ。地元では大鳥居の工事の影響が長引けば観光客が減るのではという声も出ている。肌感覚でもお客さまの減少傾向を感じる中、新型コロナウイルスの流行や、入島税が導入されれば観光にどう影響するか不安だ

別の住民は新型コロナウイルスの影響を心配しつつ、こんな言葉をこぼした。

「導入を目指す政治家からは、過去に島民が税の対象に含まれるかどうかで揉めたこともあって、“今回は宮島の島民、働いている人は対象外にしますから……”と呼びかけている。しかし、話はそう単純ではない」

「行政や政治家の言葉からは、宮島をどんな場所にしたいのか、その根っこがあまり感じられない。“入島税”の対象をどうするかという目先の話ではなく、少子高齢化時代の宮島の未来のあり方を一緒に考えてほしい

(文・吉川慧)

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