新型コロナウイルスを「封じ込められない」理由。最悪のケースは「国内の医療崩壊」

武漢市内のようす

武漢市内のスーパーマーケットで、客の体温を計測しているようす。2月7日撮影。

A THIRD PARTY. CHINA OUT.

2009年に世界的に流行した新型インフルエンザウイルスは、最終的に季節性インフルエンザとして生活の中に溶け込んだ。では、今、中国・武漢を発端に流行を続けている新型コロナウイルスは、この先どういった経過をたどるのか。

かつてWHOでSARS対策にも奔走した、東北大学大学院医学系研究科の押谷仁教授に、現時点でのウイルスの危険性や流行の終息までのシナリオを聞いた(取材は2月7日時点の情報を元にしたもの)。

横浜港に接岸したクルーズ船

横浜港に接岸したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」では、多くの医療従事者たちが新型コロナウイルスの検査や乗船者へのケアを行っている。2月11日撮影。

REUTERS/Issei Kato

ウイルスの危険性、現時点での対策フェーズは?

2月12日正午の段階で、中国での新型コロナウイルスへの感染者は4万4000人、死亡者数は1000人を超えた。

日本では武漢からの帰国者や外国人観光客などの感染者が29人(2月12日正午)。それとは別に横浜港に接岸したクルーズ船では、乗船者の一部である492人に対して検査を行い、174人の感染が確認されている。

ただし、致死率(感染が確認された人のうち死亡した人の割合)は中国湖北省だけでみると約2%である一方で、中国以外では0.2%程度と大きく低下する。死亡した人の多くは糖尿病や心臓病など、すでに別の病気を患っている(既往歴のある)高齢者が多い。少なくとも、健康な人が感染しても、ほとんどの人は命に危険が及ぶことはなさそうだ。

実際、中国ではすでに4000人以上の患者が回復したとの報告もあり、日本時間2月11日時点の中国の報道によると、感染者の数も2月中旬から下旬がピークとの見方がでてきた

感染者数

1月中旬から2月11日までに確認された、中国以外の感染者数。日本の感染者数をカウントする際には、クルーズ船で確認された感染者は除外されている。世界各地では、感染者は微増し続けている。爆発的な感染の広がりを起こさずに終息させられるかどうか、非常に重要な時期に差し掛かっている。

WHOのSituation reportsを元に編集部が作成

では、今回流行しているウイルスは、日本にとってどの程度危険なウイルスだと考えればよいのか。

押谷教授は、ウイルスの危険性について次のように話す。

「ウイルスの危険性は、ウイルスの感染性と病原性で決まります。恐らく、武漢で見えていたのは、感染者のごく一部です。感染性はSARSに比べれば高いといえます」

SARSよりも高い感染性をもつといっても、ウイルスの性質として感染力が高いとは限らない。ウイルスの感染性を決めるのは、主に次の3つの要素だ。

  • 病原体(ウイルス)の性質
  • 感染する人のファクター(免疫の有無など)
  • 環境因子(交通状況や人の密集状況、公衆衛生の環境など)

中国と日本で確認されている新型コロナウイルスの遺伝子はほとんど変わらない。また、人の免疫システムにも大差はない。

となれば、日本での感染の拡大を予想する上で重要となるのは環境因子だ。

押谷教授は「日本での感染の広がり方を想定することは正直難しい」としながらも、

「新型コロナウイルスが封じ込められないウイルスであるように見えることを考えると、ウイルスの拡散がある程度起こるという前提で、臨床現場での対応を考える段階にシフトしなければならないでしょう」

と、臨床現場での対策の必要性を語った。

新型コロナウイルスを「封じ込められない」理由

SARS流行時の検疫

2003年に流行したSARSでも、空港での検疫が強化された。SARSは性質上、検疫などの対策が効果的に働き、封じ込めに成功した。

REUTERS/Erik de Castro PP04010010 EDC

新型コロナウイルスは、なぜ「封じ込められない」のか。押谷教授は、その理由を次のように話す。

「武漢では、感染者が数十人という初期段階でウイルスが見つかっています。中国にはSARSの経験があるので、そこで何らかの対策をしたはずです。しかしそれでも、対応がうまくいかなかった」

SARSが流行した際は、封じ込め対策が功を奏して世界的な大流行は回避された。しかし、封じ込め対策が成功するには条件がある。

その条件の1つが、初期の段階で典型的な症状があり、ほかの病原体による感染症と区別がつきやすいことだ。SARSの場合は、発症者の多くにウイルス性肺炎がみられ、さらに重症化しなければ感染性もなかった

一方で、今回流行している新型コロナウイルスは、初期症状が風邪と似ており、重症化しない例が多い。加えて、症状がない状態や症状が軽い段階でも感染性があると考えられている(ただし、症状がない状態での感染頻度はよく分かっていない)。

武漢市のようす

武漢市内で消毒液を撒く車両。2月10日撮影。

CHINA OUT.

「武漢では、流行が分かった段階で軽症者などを起点に広範にウイルスが拡大していて、気がついた時には手の付けられない状態になっていたと考えられます。

SARSは確かに“暴力的”なウイルスでしたが、制御は簡単でした。しかし、新型コロナウイルスは、見えない形で感染が拡散するウイルスである可能性が高い。だから対応が難しい」(押谷教授)

ただし、押谷教授は中国当局の初期対応については、一定の理解を示している。

「恐らくSARSに準ずる対策として、『肺炎』をキーワードに検査を進めていたのではないでしょうか。その結果見えたのは『SARSにくらべて相当楽だな』という事実だったのでしょう。私がその場にいてもそう思ったと思います。でもそれは、感染の広がりが見えていなかっただけだった」

クルーズ船のバルコニー

クルーズ船のバルコニーから外を見渡す乗船客。新型コロナウイルスの検査で陽性反応が出た人は、順番に船外の病院へと運ばれている。撮影は2月10日。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

「真っ暗なドームにある大量のボールをペンライトで」

今後想定される終息までのベストシナリオは、「中国以外での流行が終息して、ウイルスの封じ込めに成功すること」だ。しかし、この形での流行の終息について、押谷教授は厳しい見解を示す。

逆に、今後、日本での感染拡大にともなう最悪のケースは「日本での医療崩壊が起こり、救える命が救えなくなる場合」だ。

「現時点で分かっている限り、新型コロナウイルスに感染しても、高齢者や既往歴がある人でなければ重症化する可能性は低い。ただし、数は少ないものの比較的若く健康な人の死亡例も報告されているので、健康な人であっても注意は必要です。

だからこそ、本当に医療が必要な人に対して医療を提供できるような状況を整えなければいけません。日本の高い医療水準において、地域の医療現場が踏ん張ることができれば、重症者への対応はできるはずです」(押谷教授)

押谷教授は日本の現状の対応を「真っ暗な東京ドームに大量にまかれたボール(感染者)を、ペンライトで探しているような状態」と話す。

今はメディアも含めて、クルーズ船のように、たまたまボールがたくさんあった場所に注目している状況だ。ただし、海外からの人の流入は、船よりも飛行機の方が圧倒的に多い。そして、今回のウイルスの性質から考えると、空港での水際対策(温度スクリーニングなど)は、症状の無い感染者がやってきた場合は役に立たない。

羽田空港の検疫所

空港では、新型コロナウイルスの流行にともない、検疫を強化している。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

日本で知らぬ間に軽症者による感染の広がりが起きていたとすると、今後、特定の地域で肺炎などの重度の呼吸器症状を発症した、多数の患者が発見される可能性がある。その場合、患者の裏には、さらに多くの軽症の感染者がいることが予想される。

未知の感染症に対しるリスク管理として、押谷教授は「日本や諸外国は『武漢と同じように、見えないところで感染が広がっているのではないか?』という想定で対策を進めるべきだろう」と話す。

医療従事者が最大限力を発揮できる体制を

薬局

都内の薬局ではマスクの購入制限が続く。

撮影:伊藤 有

2月9日、厚生労働省は、各自治体や医師会に向けて、感染症患者の入院に対応できるよう病床の確保依頼を出すなど、少しずつではあるが対応の準備を進めている。

目まぐるしく状況が変わる中で最も懸念されるのは、感染拡大の混乱によって、医療機関が圧迫されることだ。

エムステージの調査結果

エムステージが医療従事者向けに行った「新型コロナウイルスによるマスク不足など、医療機関での影響について」のアンケート調査では、マスク不足などによる現時点での影響はそれほど大きくないという回答が多かったものの、多くの医療従事者が今後の業務への懸念を示していた。

出典:株式会社エムステージ

少なくとも一部の医療機関では、マスクや消毒液の買い占めによる煽りを受けて、マスクなどの使用制限などが起きている。いざというときに最も感染リスクが高い医療従事者たちの懸念を増やしても、医療崩壊を助長するだけだ。現段階で私たちにできるのは、日々の手洗いや咳エチケットなどの小さな対策だけだ。

「今、我々は目の前のウイルスとの戦いに集中すべきで、誰が悪い、何が悪いといった議論は何の利益ももたらしません。中国やWHOを非難しても何も良いことはありません。この新型ウイルスについて最も情報を持っているのは中国ですから、中国を巻き込んで戦っていく必要があります。

それは日本国内で感染の広がりが見えるようになった場合も同じです。国が悪い、保健所が悪いなどと責任の所在を言い争っても、何の利益にもなりません」(押谷教授)

(文・三ツ村崇志)

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