やさしい職場が「心理的安全性」が高いわけではないのです

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今ではよく知られたことですが、グーグルは「プロジェクト・アリストテレス」と名付けた「効果的なチームを成立させる条件は何か」についての研究の結果、真に重要なのは「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」であることを発見しました。

スクリーンショット

Google  プロジェクトアリストテレスのサイト

出典:Google ウェブサイトより

その中で重要な影響を与える因子として「心理的安全性(psychological safety)」を挙げました。それはハーバード大学のエイミー・エドモンドソンの定義によれば「無知(ignorant)、無能(incompetent)、否定的(negative)、邪魔(intrusive)だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」という「信念」(belief)を意味します。

「うちは心理的安全性がない」とぼやく人

電車の中の男

心理的安全性がなく居心地が悪くなる人は多い。

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この研究が大変有名になったこともあり、「心理的安全性」は日常的に使われるようになりました。先日もある人が「うちの職場は心理的安全性が全然ないんですよね」とぼやいていました。

ちなみにどんな様子なのかと尋ねると、「ある案件について意見を出したら、上司や先輩からいろいろとダメ出しをくらってしまいました。あれでは、意見を言う気もなくなります」とのこと。どんな対応だったらよかったのかと続けて聞くと、「せっかく意見を言ったのであれば、否定するのではなく、まずはそれを受け入れて欲しい」というようなことでした。

「否定」されたら「心理的安全性」はないのか

この話を聞いて「心理的安全性」とはそんなことだったか?と疑問に思いました。エドモンドソンの著作や発言をみると、彼女の問題意識の源は、医療ミスやスペースシャトルの打ち上げ失敗、鉱山での岩盤脱落事故への対処など、危機的状況において、率直に意見がなされないことで解決策が出なかったり、ミスが起こってしまったりすることでした。

重要な場面で、もしも間違ったことを言えば否定されるのは当然です。悠長なことを言っている場合ではなく、否定しないと事故や問題が起こります。それなのに、「意見を否定すること」だけで、即座に「心理的安全性がない」ことになるのでしょうか。 

「大丈夫」とは何か

会議の写真

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先に何十年も前から入ってきているカウンセリングやコーチングなどの考え方の影響も強く、「心理的安全性」の「大丈夫」という言葉を「受容」や「共感」などと混同しているのかもしれません。また、エリン・メイヤーの「異文化理解力」などによると、日本人は世界でもトップクラスに「否定されることが嫌」な民族のようです。それもあって「否定」=「安全ではない」と結びつけてしまうのかもしれません。

しかし、エドモンドソンの言う「心理的安全性」とは、罰を受けたり(punished)辱められたり(humiliated)しないということです。意見を受け入れたり、共感したりするとまでは言っていません。

「信じる」とは意思である

加えて言うのであれば、上で書いたように「心理的安全性」とは、意見を言う側が持つ「信念」(belief)です。つまり、相手が自分を信じてくれるということではなく、「自分が周囲の人間を信じることができる」ということです。

しかも、信じる、信じないというのは相互作用です。相手が不実なことをすれば信じにくくなるのは当然ですが、自分の疑心暗鬼によって無実の人を疑うことだってあります。逆に、一度裏切られようとも「それでも次は期待する」というような信じ方だってあります。つまり、極端に聞こえるかもしれませんが、「信じる」というのは自分一人の意思の力でどうにでもなることなのです。

プロ同士が意見をぶつけ合う「厳しく強い職場」

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以上のように、「心理的安全性」とは、重要な場面や危機的な場面において、最高の効果を発揮するチームを作るために必要な信頼関係と言ってもよいかもしれません。それは、けして「やさしい職場」ではないでしょう。

むしろ、「厳しく強い職場」と言った方が適切に思えます。大きな課題を抱えピリピリした雰囲気の中、間違いを恐れずビシビシ意見を言い合う。バカにするとかしないとか、そういうマウンティングの取り合いではなく、意見の内容だけに焦点を当てて、ガツガツ議論しあう。よい意見はよい意見、ダメな意見はダメな意見、それ以上でも以下でもない。まさにプロ同士の真剣な職場というイメージです。

日本人が「心理的安全性」の高い職場を作るのは難しい?

やさしく受容的な人が多く、周囲に気遣いをしながら過ごす日本人がそういう「心理的安全性」の高いチームを作るのは難しいかもしれません。侃々諤々(かんかんがくがく)と議論をせずに、お互いに空気を読みながら、言いたいことは腹に治めるか、できる限り婉曲的に伝える、そういう「心理的安全性」とは真逆の職場の方が多いような気がします。

こういう職場は「気を遣う」「ケアをしあう」場とも言えますし、表面的にはやさしい職場とも言えますから、これを「心理的安全性の高い場」と思う人もいるかもしれません。しかし、そうではないのです。ふつうの日本人にとっては、そんな「強いプロの職場」はストレスフルな職場でしょう。

「心理的安全性の高い職場」には強い目的意識と人への探究心が必要

雰囲気がいい会社員

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それでも心理的なハードルを乗り越え、「心理的安全性」の高い職場を作るためには相当の覚悟を持ってチームメンバーが頑張らなくてはなりません。そのために必要なものは何か?

私は、強い目的意識と人への探究心だと思います。どうしても実現したい理想か、解決したい問題があれば、必要とあらば嫌でも「心理的安全性」の高いチームを作ろうとするでしょう。

また、その際、いつものように「あうんの呼吸」で相手の考えを想像して勝手に理解してしまうのでなく(そして、陰でバカにするのではなく)、わからなかったり違うと思ったりしても、「きっと何か自分が理解できていない本意があるはず」と興味関心を持ってしつこく聞いていくことで、主張の下手な日本人同士でも「心理的安全性」の高いチームがなんとか生まれていくのではないでしょうか。

(文・曽和利光)


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曽和利光:京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルート人事部ゼネラルマネジャー、ライフネット生命総務部長、オープンハウス組織開発本部長を歴任し、2011年に株式会社人材研究所設立。人事歴約20年、これまでに面接した人数は2万人以上。著書等:「コミュ障のための面接戦略」、「人事と採用のセオリー」ほか


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