「働き方の多様化」で会社勤めでも申告が必要に?
「死と税金からは逃れられない」——。これは、アメリカ独立に貢献した政治家・科学者・実業家であるベンジャミン・フランクリンの言葉です。
今年も確定申告のシーズンがやってきました。会社員は、給料やボーナスにかかる税金が源泉徴収で天引きされるため、文字通り「税金から逃れ」ることはできません。しかも、働き方が多様化し、税制も複雑さを増してきている昨今。たとえ会社勤めであっても、場合によっては「確定申告」の手間からも逃れにくくなってきています。
気を付けないと、うっかり脱税になってしまうこともあれば、逆に払いすぎた税金が戻ってくるチャンスを逃してしまうことも。そこで今回は、確定申告について気を付けたいポイントをお話しします。
勤め先1社からの給与所得しか収入がない人には馴染みがないかもしれませんが、確定申告が関係してくる所得は案外と対象が広いもの(図表1参照)。申告漏れがないよう注意が必要です。
ふるさと納税、懸賞、払戻金も申告対象
まずは、会社勤めだけれど「実は確定申告が必要なケース」から見ていきましょう。
近年注目を集めている「ふるさと納税」。地元やゆかりの地を応援したいという気持ちや、魅力的な返礼品のラインナップにつられて、ふるさと納税を行っているという人も少なくないのではないでしょうか。
ただし、ここで注意が必要です。ふるさと納税の返礼品は「一時所得」にあたり、50万円を超えると税金がかかります。返礼品の相場はふるさと納税による寄附金額の3割。つまり、寄附金額が200万円に達している人は60万円相当の返礼品を受け取っている計算になるので、申告する必要が出てきます。
知人の税理士によると、ついうっかりで、ふるさと納税の返礼品を申告していなかった人のもとへ「ある日突然、税務署から連絡が来た!」ということが実際に起きているそうです。ふるさと納税を紹介しているサイトには、申告漏れがないよう注意を呼びかけているところもあるのですが、まだまだ知られていないようです。
特に金券など、市場価格が分かりやすい返礼品を受け取っている場合は、市場価格の解釈をめぐって税務署と交渉する余地がなく、申告しなかったことの言い逃れはできません。
競馬、競輪、ボートレースなど公営競技の払戻金も確定申告が必要となる場合がある。
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一時所得の範囲は広く、懸賞や福引きの賞金・賞品、テレビ番組のプレゼントやアンケートに答えてくれた方に抽選でもらえるギフト券、生命保険の一時金や損害保険の満期払戻金、公営ギャンブルの払戻金なども一時所得です(特例で宝くじの当選金は対象外)。これらの金品を合計して50万円を超えると申告する必要があります。
株主優待は「特定口座」でも申告が必要
株主優待がちょっとしたブームですが、実は株主優待は「雑所得」にあたるため、これも課税対象になります。
ここで、雑所得の課税について多少の知識がある方は疑問に思ったかもしれません。「年末調整をした会社員で、年末調整を受けた給与所得以外の所得が20万円以下なら確定申告はしなくてよいのでは?」と。実は、これはあくまで所得税の話。住民税についてはこのような特別な規定がないため、申告する必要があるのです。
頭が混乱した方のために、もう少し詳しく説明しましょう。私たちが税務署に確定申告をすると「所得税」が決まり、税務署から地方自治体に情報が提供されて「住民税」が決まります。株主優待の特別な規定は所得税についてであって、住民税にはこのような特別な規定がありません。したがって、20万円以下であっても申告する必要があるということになります。
株主優待をきちんと申告している人は実は少ないのかもしれませんが、特に金券(クオカード)のように市場価格が分かりやすい株主優待の受け取りが多い人は、ごまかしがきかないという点は覚悟しておくべきでしょう。
株取引などのために証券口座を開設する際、「特定口座(源泉徴収口座)」を選択して配当や売却益の計算を証券会社にお任せしている方が多いと思いますが、それらの計算には株主優待が含まれていない点にも注意が必要です。
住宅ローンから市販薬まで。控除対象は幅広い
住宅ローンを組むと、会社勤めの人でも1年目は確定申告が必要になる。
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次に、確定申告をすると得をするケースを見ていきましょう。
よくあるケースとしては、株取引などで売却損が出た場合。口座開設の際に「特定口座」を選択すると、配当や売却益に応じて自動的に税金が納付されます。しかし、もしも売却損が出て、配当と合計しても赤字になってしまった場合は、損失を繰り越すことで翌年以降の利益と相殺でき、納税額を抑えることができます(繰り越しの上限は3年間)。
節税効果が大きい控除では、住宅ローンも有名です。住宅ローンを組んで住居を購入した方は、金融機関の窓口で「金利の支払いは年間〇〇円ですが、住宅ローン控除があるので実際の支払いは〇〇円まで抑えられます」といった説明を受けたのではないでしょうか。
住宅を購入しない場合でも、耐震改修工事や多世帯同居改修工事、バリアフリー改修工事、省エネ改修工事などにも控除があります。黙っていても税務署は得になる情報を教えてくれませんから、国税庁のサイトなどを積極的に調べることをお勧めします。
2017年から始まったセルフメディケーション税制。一部の市販薬も控除の対象になるので、念のためレシートは捨てずにとっておこう。
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この他、節税になる有名な制度に「医療費控除」があります。医療費が10万円を超える部分について所得から控除できます。例えば、20万円の医療費がかかった方は、10万円を所得から控除できます。10万円に税率を掛けた分だけ、多く税金を納めていたことになるので、確定申告をすることで多く税金を納めた分を還付してもらえます。
とはいえ、一人暮らしで働き盛りの方にとっては、年間の医療費は10万円に満たないことがほとんどでしょう。そんな方にも、医療費控除と似た制度にセルフメディケーション税制があります。一部の医薬品について、購入金額が1万2000円を超える部分が控除の対象にるのです。
医療費控除とセルフメディケーション税制の両方を同時に使えなかったり、健康診断あるいは予防接種などを受けている必要があるといった条件はありますが、対象となる医薬品の種類が多いので、「ちゃんと計算したら控除対象金額を超えていた」という方も多いと思います。
バファリンやパブロンといった一般的な飲み薬だけではなく、メンソレータムのような塗り薬まで細かく記載されていますし、レシートや薬の箱にも「セルフメディケーション商品の対象商品」であることが記されています。制度についての詳しい情報や対象となる薬の種類については、厚生労働省のサイトを参照してください。
独立後に「損した!」と思い至った私の教訓
領収書やレシートは支払いを証明する大切な記録。「財布がパンパンになるから受け取らない」では、いつか後悔するかも…。
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「ひとつの会社から給料をもらい続けて定年まで働き、気力・体力に余裕があれば再雇用で働いて、十分な資産形成をして、安心した老後生活を送る」——。そんな働き方がこの先もできると思っている人は、もはや少数派でしょう。
勤め先の人事の方針転換や業績悪化・倒産で、想定通りにいかないことも考えておかなければなりません。あるいは、自分と勤め先との価値観の違いなど、さまざまな要因で会社を辞めることもあるでしょう。
何年も前から計画を立てて周到に会社を辞める人もいれば、ろくに準備もせずに辞める人もいるかもしれません。かくいう私も、黒田東彦総裁の2期目が見えてきたところで上司に退職の意向を伝え、20日もせずに日本銀行を辞めました。
ろくな準備期間もないままに開業した私ですが、個人事業主として初年度の確定申告をした際に、明らかに「税金で損をした!」と思ったことがあります。そんな私の体験で得た教訓を、独立・開業を考えている方に共有させていただきたいと思います。
独立後に私が「失敗したな」と思ったのは、開業費用として計上できたであろう領収書やレシートを保管していなかったことです。
私は前職の延長のような仕事をするつもりでいたので、それまでに使っていたパソコンやプリンター、書籍などをそのまま引き継ぐ形で開業しました。それ以外に、開業に向けて、あちこち挨拶まわりをした際の交通費や、後に取引先になる方に懇親会(飲み会)などで開業する旨を報告した際の諸経費など、合計するとひと月分の生活費になるような額は開業費用にできたなと、今さらながら思います。
趣味が高じて開業するに至った方は、趣味に使った分の費用も開業費用になり得ます。例えば「写真を撮るのが好きで、周りから撮影を頼まれて応じているうちに、結婚式などのイベント撮影を生業に開業することになった」という場合なら、開業に向けて新調したカメラなどの撮影機器は開業費用になります。
開業前の購入でも経費として認められる場合がある。
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また、購入当時は開業を意識していなくても、事後的にその撮影機器を使った売上があり、売上(収入)と撮影機器(経費)のバランスを欠いていなければ、開業費用になり得ます。開業費用に算定できる期間に明確な定めはありませんが、概ね半年から1年といったところでしょう。
断定的な表現ができないのは、どこまで経費として認められるかは、機械的に決まるものではないからです。すべては、合理的に説明することができて、それを税務署側が納得してくれるかどうかにかかっています。
これと同様のことは「開業してからどこまでが経費として認められるか」についても、副業の経費についても当てはまります。経費として認めてもらうためには、(1)経費であることを認めてもらうストーリーと、(2)その証拠となる売上の記録や支払いを証明する領収書・レシートという物証、の両方が必要になります。
副業を始めたら税に対する意識も変えよう
働き方の選択肢が増えつつある昨今。副業を始めたら、確定申告が必要かどうかにも気を配ろう。
撮影:今村拓馬
働き方が多様化してきた近年、副業や複業でキャリアの幅を広げているという方も増えてきました。私のように独立せずとも、「収入は会社からの給料・ボーナスのみ」という単純なレールから脱する人はこの先ますます増えるでしょう。……となると、ここでも確定申告が必要になってくる可能性があります。
副業をしているサラリーマンの場合、副業の所得が20万円以下であれば確定申告をする必要はありません。所得とは「売上−経費」のこと。20万円を超える売上があっても、経費がかかって所得が20万円を下回れば申告の対象外になります。
しかしそうは言っても、副業に関連する領収書・レシートは保存しておくことをお勧めします。どれだけ経費がかかったかを証明するのは自分自身。そして、税務署は忘れた頃にやってきます。
また、本稿で挙げてきたような理由で確定申告をする方は、金額にかかわらず、副業の所得を申告する必要があります。“いいとこ取り”はできませんので、本来支払う必要のない税金まで払わずに済むよう、経費を証明する領収書・レシートは保管しておきましょう。
以上、確定申告に関して注意したいポイントを見てきました。少しでも疑問に思ったら、まずは検索しましょう。国税庁などの公的機関がしっかりと情報開示をしていますし、会計サービスの会社による解説や税理士によるブログ・動画など、分かりやすい情報発信も増えています。
確定申告の受付期間中は税務署が相談窓口を設けていることも多いですから、この機会を利用して不明な点を解消しておくことをお勧めします。
※本連載の第5回は、3月13日(金)の更新を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
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