Shutterstock
誰かから指示された「やらされ仕事」より、「裁量ある仕事」のほうがやる気は出るもの。しかもそれで結果を出せれば成長につながり、なにより楽しい。では、裁量ある仕事を任されるためには何が必要でしょうか? 答えは「自分で考え、生産性高く成果を出すスキル」です。
このスキルを「自律思考」と呼ぶのは、リクルートグループに29年間勤務し、独立後はさまざまな企業に対してマネジメント研修を行っている中尾隆一郎さん。連載「『自律思考』を鍛える」では、生産性高く成果を出すスキルを身につけるためのエッセンスを中尾さんに解説していただきます。
前回までで、初心者”から“一人前”へ、そして“一人前”から“一流”へと成長するために必要な「正しい努力」の仕方について考えてきました。
努力の仕方の巧拙というのは侮れないものです。努力の仕方が間違っているというのは、たとえて言うならタイヤがパンクした状態で自転車を漕ぐようなもの。いくら足に力を込めても、消費エネルギーのわりにはなかなか前に進むことができません。
そんな徒労感を仕事でも味わうことのないように、「正しい努力の仕方」はできるだけ早いうちから身につけておきたいものです。
さて、正しい努力の仕方が分かったところで、今回は日々の仕事でぜひ意識していただきたい「逆算思考」について詳しくお話ししていくことにします。
100人の幹部すら「ゴール」を意識していない
私は仕事柄、さまざまな企業で講演させていただく機会があるのですが、つい先日、ある幹部向けの講演でこんなことがありました。
講演の冒頭、会場に集まった100人ほどの幹部の方々を前に、こう質問してみました。
「貴社のゴールと、その目標数値を教えてください」。
決して難しい質問ではありません。例えば「ゴールは営業利益で、目標数値は30億円」というように、シンプルに答えればいいだけのはず。ところが——。
社の戦略を熟知しているはずの幹部クラスですら足並みはバラバラ。こういう例は決して珍しくない(写真はイメージです)。
Shutterstock
同じ「利益」でも、ある人は営業利益だと言い、別の人は経常利益や税引前利益だと言う。「全社利益」なのか「自部門の利益」なのかも認識はバラバラ。なかには「いや、売り上げだ」と回答する人までいました。
目標数値以前に、そもそも目指すべき「ゴール」のところですらこの有様。しかも私が質問したのは幹部社員ですから、もしも中間管理職や一般社員に同じ質問をしてみたら、相当なズレが露呈することでしょう。
決して笑いごとではありません。「ゴールを意識しないで仕事することなんてあるのか?」と疑問に思う方がいるかもしれませんが、私の経験上、この企業のように足並みがバラバラというケースは珍しくないのです。
たとえプレゼン資料がイケていても…
時間をかけるべきは「そこ」なのか?
Shutterstock
ゴールがずれていることの、何が問題なのでしょうか。旅行に例えると分かりやすいでしょう。
ゴールがずれているということは、目的地が異なるということ。同じ企業という船に乗っているにもかかわらず目的地が異なれば、船は進むべき航路を見失い、本来目指さなければならないゴールには永遠にたどり着けません。
しかもこれは、「全社目標」などというシリアスなテーマに限った話ではありません。同様の「ずれ」は、ビジネスパーソンの普段の仕事の仕方においても散見されます。
例えば先日、ある若手の営業担当が顧客への提案資料を作成しているシーンに出くわしました。PowerPointのアニメーション機能を駆使して、それはそれは懸命に資料を作り込んでいるのを見て、私はなんともいたたまれない気持ちになりました。
イケてる資料を作成すること自体が仕事のゴールなのではありません。ではこの場合の「本来のゴール」とは? 言うまでもなく、「顧客に決裁してもらうこと」です。
そういう目でこの若手営業担当氏の資料を見てみると、見た目はイケてても中身がまったくイケてないことに気づきます。
例えば「顧客の課題を自社の商品がどう解決できるのか」はもっと説得力あるデータを示したほうがいいし、そもそも相手が最終決裁者ではないのなら、上申しやすくするために他社製品と比較して自社製品を選ぶ根拠を加えたほうがいい。
アニメーション機能で「図形をスライドインさせるかディゾルブインさせるか」で悩んでいる場合ではありません。いかに自社の商品が優れていても、いかに資料の見栄えが良くても、それだけで顧客は決裁してはくれないのです。
では、どうすればよいのでしょうか? ここで意識してほしいのが「逆算思考」です。
「逆算思考」の4フェーズ
「逆算思考」とはその名の通り、ゴールから逆算して仕事をしようという考え方です。逆算思考で仕事を遂行する際に重要なポイントは4つあり、それぞれの頭文字をとって私は「G-POP(ジーポップ)」と呼んでいます。
- G(Goal):ゴール
- P(Pre):事前準備
- O(On):実行
- P(Post):振り返り
次の図をご覧ください。G-POPは、ゴールから逆算して、事前準備を設計し、当日に実行、事後の振り返りを設計・実行する、という考え方です。応用範囲はかなり広く、さまざまなプロジェクトや業務で活用できます。
では試しに、先ほどの若手営業担当氏のケースを「G-POP」の順に逆算思考で考えてみましょう。
Goal(ゴール)
今回のゴールは顧客に発注してもらうこと。ただしこれだけではまだ曖昧なので、「〇〇万円を〇月〇日までに契約いただく」という具合に、具体的な数字や日付を入れるのがポイントです。
Pre(事前準備)
事前準備とは、ゴールの達成に必要な情報をインプットし、シナリオを作る作業と言い換えることもできます。例えば営業活動で重要なのは、1)適切な提案内容を、2)適切な人に提案すること。この2つのそれぞれに必要な「Pre」とは、次のようなものです。
・適切な提案内容(顧客の課題を発見し、解決する提案内容を作る業務)
1. 顧客の課題を発見する→2. 解決策を検討する→3. 解決策を決定する
・適切な人への提案(提案すべき人を発見し、その人に提案する場を作る業務)
1. 提案すべき決裁者を見つける→2. その人に会う方法を見つける→3. 提案の場を設定する
On(実行)
「Pre」で何パターンかのシナリオをきちんと作っておくと、「On(実行)」のフェーズでその効力が発揮されます。まず自信を持ってプレゼンテーションに臨むことができます。そして何より、シナリオがあるので顧客からの質問にも臨機応変に対応できます。
仮に、ここで受注できなかった場合はどうでしょうか。
契約が取れれば言うことはありませんが、契約してもらえそうだったのに「一度社に持ち帰ります」と言われてしまった場合や、まったく手応えがなかった場合も当然ありうるでしょう。
結果がどうあれ、ここで終わっては仕事の生産性は高まりません。そこで大切なのが次の「Post(振り返り)」です。
Post(振り返り)
プロジェクトが終わると反省会もせず次の新規プロジェクトへ…。振り返りの習慣がある人は驚くほど少ない。
Shutterstock
「関わっていたプロジェクトが終わったけれど、メンバーはみんな忙しいから結局振り返りもしないまま、すぐに次のプロジェクトにとりかかってしまった」——あなたにも思い当たる節があるかもしれません。
組織でも個人のケースでも、「Post(振り返り)」をしないケースが多々見受けられます。でもこれは実にもったいないことです。
一般的に、成功には偶然があっても、失敗は必然であることが多いもの。失敗からは学べることがたくさんあります。振り返りの習慣をつけるだけで他と大きく差をつけることができます。ぜひ若いうちに身につけておいていただきたい習慣のひとつです。
では、「Post(振り返り)」の際に気をつけていただきたいポイントを見ていきましょう。
「On(実行)」がどのような結果であっても、なぜそうなったのかを振り返ります。その際、振り返りの最大のポイントは「次回以降、どうすれば『Pre(事前)』にその失敗を想定できるか」です。
例えば、決裁者からの想定外の質問に回答できなかったとしましょう。この場合、振り返りでは、「その想定外の質問はどうすれば想定できただろう」、あるいは「それに似た質問を考えておく必要はないだろうか」といったことをできるかぎり具体的に考えるのです。
どれだけ周到に用意をしても、失敗を完全に避けることはできません。成長する人とそうでない人の大きな違いのひとつは、「失敗から学べるかどうか」。一度やった失敗を再発させないよう学習すれば、生産性はどんどん向上していきます。
ゴールを意識するだけで生産性が上がる
この1週間、自分が何にどれだけ時間を使ったかを振り返ってみよう。
Shutterstock
「逆算思考」の概要が理解できたところで、あなたもぜひ、自分の仕事の仕方が「逆算思考」で設計できているかを確認してみてください。
例えば、過去1週間のスケジューラーを見返してみましょう。そこにあるそれぞれのスケジュールの「ゴール」は? 客先訪問というような「On(実行)」だけでなく、「Pre(事前準備)」と「Post(振り返り)」にもしっかりスケジュールを割いているでしょうか?
1つひとつの仕事を始める前にゴールを確認するだけで、仕事の生産性は格段に上がります。
特に上司や同僚と協働する仕事であればなおさらです。上司から仕事の依頼を受けた時や同僚に仕事を依頼する時には、まずゴールをすり合わせてください。この習慣をつけるだけで、無駄な仕事をして時間を空費する可能性を大幅に減らすことができます。結果、生産性が向上するのです。
逆算思考を習慣化する「振り返りフォーマット」
本稿の最後に、逆算思考を習慣化するための方法を2つご紹介しましょう。
1つ目は、振り返りのフォーマットの工夫です。
「振り返り」というと、1つひとつの仕事に対して行う方法もありますが、私は「1週間に1回」というように期間で区切って振り返る方法を勧めています。期間で区切って振り返りをするほうが、習慣化しやすいと考えているからです。
このフォーマットは、5つの要素から成り立っています。それぞれ簡単に説明しましょう。
まず、上部の四角の部分には「1. ゴール」を書きます。次に時期を「人生をかけて」「今年」「今月」というように3つに分けます。
「人生をかけて」は大げさに聞こえるかもしれませんが、これがある人は強いものです。何か重要な判断をする際に、これをすべての判断軸にできるからです。
もちろん、「人生をかけて」取り組むべきゴールがない人は、無理やり書く必要はありません。
けれど、いずれ人生をかけて取り組みたいゴールが自然と出てきたら、ぜひ書いてみてください。毎週の振り返り時に必ずこのゴールが目に入りますから、ゴールを意識するにはとても有効な方法です。
図には、上下に2つずつ矢羽の形があります。左上は「2. 今週やったこと」、右上はその「3. 結果」を記します。左下にはそこからの「4. 学び」を、右は「5. 来週やること」を書きます。これを「G-POP」に当てはめると、次のとおりです。
- Goal(ゴール):ゴール
- Pre(事前準備):来週やること
- On(実行):今週やったこと
- Post(振り返り):学び
「1on1」より生産性の高い手法
最近流行りの「1on1」だが、上長にとってはかなりの負担だ(写真はイメージです)。
Shutterstock
このフォーマットを使って、複数人数で振り返りをするのが2つ目の工夫です。私が「グループコーチング」と読んでいる方法です。
グループコーチングに似た方法に、最近流行りの「1on1(ワン・オン・ワン)」があります。1on1とは、「月に1回」など定期的に上司とメンバーがミーティングをすることですが、この方法には「時間がかかる」「2人の相性が合わないと効果が半減する」「上司側にスキルが必要」といった課題があります。
これに対して、グループコーチングはコーチ1人に対してメンバー3~4人で実施します。各メンバーは、事前に上記のフォーマットに記入したうえでグループコーチングに参加します。
まず、各自が5分ほどでポイントを説明します。説明が終わったら、他の参加者とコーチは感想(必ずしもアドバイスである必要はありません)を伝えます。それを受けて、説明した参加者は感謝と感想を伝えます。これを人数分繰り返すわけです。
たったこれだけのことなのですが、参加者同士の間で化学反応が起こり、互いにアドバイスをし合う場に様変わりする光景を、私は何度も経験してきました。
上長の立場にしてみると、1対複数で実施するので時間を短縮できるうえ、参加者同士の相互作用が起きるのでコーチの力量問題や相性問題も解消できる。まさに画期的な方法です。
ここでご紹介したフォーマットやグループコーチングの手法を参考にしていただきながら、ぜひ逆算思考を習慣化させ、仕事の生産性を高める工夫をしてみてください。
次回は、研修や情報のインプットをより生産性高く活用する方法をご紹介します。
※本連載の第5回は、3月20日(金)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)