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共働き家庭が増え、男性育休や働き方の見直しが叫ばれる一方、依然として夫が仕事でほとんど不在、妻が相当の時間、ワンオペ家事育児をしている家庭は少なくない。しかしワンオペで日々を回す妻からは「夫がいない方がむしろラク」との声が少なからず聞こえてくる。
育児も家事も仕事もとなれば、人手があるに越したことはないのに、一体なぜ?「夫がいない方がラク、ワンオペの方がマシ」といった現象が起きる根底にあるものとは。
夫は飲み会も行きたい放題なのに……
時に心を病むほど、孤独に追い詰められるワンオペ育児。しかし年数が経つと、別のフェーズに入るようです。それが「夫いない方がラク」現象(写真はイメージです)。
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「あれ、なんで夫にそんなこと聞かれなくちゃいけないんだろう」
都内のIT企業に務めるミサさん(仮名、35)の、5歳年下の夫(30)は、海外で単身赴任中。ミサさん自身も働きながら、6歳、5歳、2歳の子どもたちを一人で育てる生活が、すでに1年半あまりになっている。
ミサさんは仕事が大好きで、どうしても仕事を辞めて夫の海外赴任について行く気になれず、今の生活を選んだ。夫の赴任に伴うビザでは現地で働くことが難しかったのだ。
保育園、ママ友ネットワークもフル活用しながら、なんとか日々を回しているが、冒頭の違和感は、夫の一時帰国の時。夫の帰国中ならば、ミサさんはようやく1人の時間が持てる。夫に3人の子どもたちを任せて、さあ出かけようという時に夫はこう言った。
「どこ行くの?誰と?」
正直、ミサさんは「そんなことをいちいち報告しなくてはいけないんだ……」と感じてしまったと言う。
「夫は単身赴任先では誰に何を断るでもなく自由に出かけている。飲み会だって行きたい放題なわけです。一方、私は一人でプライベートで出かけることもできなかったのに。夫に悪気はないと分かっているのですが ——」
「家の中に大人は自分1人」の生活に、すっかり慣れきっていることに気づいた。
夫はまるでスカイプの向こうの芸能人
普段離れて暮らしていると、子どもたちにとっても夫は「非日常」になっていく(写真はイメージです)。
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違和感はまだある。帰国してきた日に夫がまずやったことが「掃除」だったのも実はイラっとした。
「30歳の夫はイクメンネイティブで、家事も育児も率先してやるタイプ。もちろん、良かれと思ったのでしょうが、私の掃除が足りていないってこと?と感じました。家具も動かされて動線も変わったりして、日常が変えられる。つまり夫という存在が、非日常になっていたんです」
ミサさんが娘たちを叱ると、夫は「そんなに怒らなくても」と水を差す。普段、いないのに口出さないでと、喉元まで出かかった。
「夫に会えるのは年に2回程度。娘たちにとっても夫は、いつもはスカイプの向こうで話す芸能人みたいな存在です。夫の帰国中は、興奮してしまって夜の10時を回っても寝ない。普段のペースが完全に崩されました」
夫不在だと無駄な罪悪感がないけれど
ワンオペ育児で大変なことの一つが、料理。それにまつわる献立、買い物、お膳立て、冷蔵庫の管理、食器洗い、片付け、落ち着いて食べない子どもの世話。全てを一人で担う人の大変さははかり知れない(写真はイメージです)。
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とはいえ、夫のいない普段の生活が大変じゃないといえば嘘になる。末の子はまだ2歳、外出先で「抱っこして」となる年齢だ。子ども3人連れて電車で移動はかなりの重労働。
家の中で子どもたちは散らかし放題。ワンオペ生活が始まった当初は「ウーバーイーツとお弁当、焼きそばの繰り返しで。ウーバーイーツの請求額が大変なことになりました」。
「もともと家が片付いていないと我慢できないタイプでしたが、もう、あきらめました。1日1回でもきれいな時間があればいい、と」
夫が不在なので、正直、気を使う相手もいない。無駄な罪悪感がないのがワンオペ生活のラクなところだ。
実は夫の父親も海外駐在が長く、義理の母は駐妻としての同行も、単身赴任生活も両方経験している。ワンオペ生活に適応しつつあるミサさんだが、義理の母からはこんなことを言われた。
「1年離れたら一緒に暮らすことに慣れるのに1年。4年離れて暮らしたら慣れるのに4年かかるわよ、と。ワンオペ生活が長引くほど、確かに夫に対して、パートナーとしての違和感が生まれているのは事実です」
家事育児の90%は自分がやっている
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「夫がいるとペースが崩れる問題?それまさにうちです」
都内の通信系の会社でフルタイムで働くアヤさん(30代)も小学3年生の男の子を筆頭に9歳、4歳、2歳の3人の子育てをしながら、ほとんど1人で日々を回している。自営業の夫は不在がちで、丸1日の休みは年間でもほとんどないからだ。
「家事育児は、できるときにできる人がやるスタイルなのですが、夫は家にいるときでも仕事をしていることが多く、結局(家事育児の)90%は私がしています」
同じ保育園に子どもが入れなかった時期は2カ所をハシゴして、雨の日も風の日もママチャリの前後に子どもを乗せて送迎した。しかも3人目を抱っこひもに入れながら、だ。
寝かしつけで寝落ちしてしまい、家事や自分の時間を取ろうと思っていたのが、朝まで起きれないこともしばしば。
さらに大変なのが、学校や保育園のない土日だ。普段、働いている大人がどんなに休みたくても、子どもたちは遊びに行きたい。エネルギーがあり余っている。
「どこかに連れて行くイベントを調べたり移動したりも大変なので。土日とも習いごとを入れています」
ピアノにバレエ、スイミングに絵画。その送迎も、もちろんアヤさんだ。
会話は子どもで満たされる、夫いない方が気楽
それなのに、なぜ夫がむしろ不在の方がラクなのか。働く母の毎日は時間勝負の綱渡りだ。保育園、小学校から帰ってきた子どもたちにご飯を食べさせ、お風呂に入れ、寝かしつけるまでには、分刻みのペースがある。
「それが、夫がいると自分の都合のいいタイミングで入ってきて遊んだりするのでペースが崩れます。料理の仕方にも何かと注文があるので、いない方が気楽なのです」
普段、子どもたちと築いてきたリズムがとにかく崩れるのが、やりづらい。また、寝かしつけを終えてやっと一人の時間になった時に話しかけられるのも正直、億劫だ。
「子どもが小さい時は話せないので孤独感があって、夫と話せるだけでもよかったけれど……。子どもたちが話せるようになってくると会話欲も満たされるので、その意味で必要なくなってきてますね(笑)」
夫の分のご飯も作ることに正直うんざり
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小学3年生と3歳の兄弟を育てるシオリさん(40)も、マスコミ勤務の夫は土日のほとんどが出張で、平日は昼頃に家を出て夜が遅い。夫は、自分や子どもたちと生活リズムが全く合わない。
「朝起きて支度をする時間に夫は寝ているので。ほとんど顔を合わせません」
子どもたちが小さい時はさすがに大変だったが、今では週末に家事代行を手配し、自分の仕事は決して入れすぎないようにして日々を回すリズムを作ってきた。上の子も手伝ってくれるようになると「夫がいる方がはっきり言って大変」とシオリさんは感じている。
「夫の分もご飯を作らなくてはならないと思うとうんざりします。夫も掃除などしてくれますが、水回りには目が行っていなかったり、アラが目立つのでやり直しが必要」
シオリさんはふと思う。
「常にワンオペがデフォルトで、いつ子どもが体調崩すか分からないという緊張感も抱えながら、仕事も家庭も臨戦態勢でやってきました。それでもう10年近く生活が回ると、夫のいる意味ってなんなんだろう、と」
妻は夫の7倍家事、6倍育児に時間を使う
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大臣の育児休業も報じられ、働き方の見直しと共に、男性育児休業を推進する声も高まっている。男女共に家事育児を担う社会は、徐々に訪れつつあるかのように見える。とはいえ現状、家事育児負担の相当な量が女性にのしかかっていることはデータからも明らかだ。
国立社会保障・人口問題研究所が5年ごとに実施している「全国家庭動向調査」(2019年)で、料理や掃除などの家事に充てる時間は、平日で夫37分に対して、妻は7倍の4時間38分。育児時間(平日)では、夫はおよそ1時間半に対し、妻は8時間50分だった。
共働き世帯が6割超となった今も、家事や育児は女性が中心になってやるものという意識が根強く、妻がワンオペで家事育児を担っている家庭が相当数あることは間違いない。
しかし、ワンオペ家事育児の問題は、家事や育児の手数が足りなくて大変 ——。という単純な話ではない。
「避難所まで子ども3人を1人で抱えていけるのか」
2019年10月の台風19号に伴う大雨で、都内では多摩川が反乱し、冠水するエリアもあった。災害時のワンオペ育児は深刻な厳しさ、心細さがある。
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夫が海外に単身赴任中で、3人の子育てをしている冒頭のミサさんは、実はある大きな決断をしている。今年4月に日本を離れ、夫の赴任国で家族5人の暮らしを始めることにしたのだ。
きっかけは2019年10月、関東地方を襲った台風19号だ。自宅近くの河川が氾濫した時に、ミサさんは事態が悪化した場合、2歳から6歳までの3人の子どもたちを抱えて、どうやって避難所に向かうかを本気で考えることになった。
「暴風雨の中、もしも子どもたちが歩けなくなったら、3人を1人で抱えられるか。リアルに想像した時に、大人が自分1人では無理だと感じました。そこからです。夫の赴任地に行くことを考えたのは」
自分のキャリアを考えると、もちろん迷いはあったが、ワンオペで子どもたちの命を預かることの重さが、つくづく身に沁みた。ビザの関係で現地での就業は難しい。それでも帰国後のキャリアを考え、夫の赴任先でも勉強をしたり、リモートでできる働き方を模索したりするつもりだ。
ワンオペ育児の大変さの根底にあるもの
あなたの会社や、あなたの働き方は、誰かのワンオペの犠牲の上に成り立っていないだろうか。
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ワンオペ育児の苦しさの根底にあるのは、自分以外の命を、たった1人で一手に引き受ける重みだ。ミサさん家族の選択は、その事実を示唆している。
たとえ夫がいなくても日々を回せる仕組みを、妻たちが物理的にも心理的にも作り出していく「夫がいない方がラク現象」が、「だからいなくてオッケー」という話で終わらない理由がそこにある。そもそも「夫がいない方がラク現象」は、命を1人で預かる責任の重さに押しつぶされないための、心の防御策という面もあるのではないか。
夫が仕事、妻が家庭に専念する社会は、とうの昔に終わっている。誰かをワンオペにしなければ、家庭や日常が回らない生活や働き方を強いること、そうした現状を「仕方ない」と諦めることに、社会は限界を迎えつつあるはずだ。
(文・滝川麻衣子)