前回は、会社の人間関係から解放されるためのキーワード、「派閥」の重要性を教えてもらったシマオ。仕事に友情を持ち込まない一見ドライな佐藤優さんだが、私生活での人間関係はどのように築いてきたのだろうか。シマオは、佐藤さんが「友情」というものをどう捉えているのか、興味津々に尋ねるのだった——。
窮地を救ってくれた本当の親友
シマオ:「仕事の目的、目標、好きなことが明確なら、人間関係の問題で何をすべきか答えが出る」という佐藤さんのお話を聞いて、なんとなく心が軽くなりました。僕は心のどこかで会社を学校の延長で考えていたのかもしれません。友達とちょっとケンカしてしまった時とかの気まずさを、そのまま会社でも引きずっていたのかも。
佐藤さん:会社は会社です。周りの人たちはあなたを成長させてくれるけれど、家族でも友達でもありません。あなたはあなたのすべきことに集中する方がいいと思います。
シマオ:そうですよね。ありがとうございます。それはそうと、佐藤さんって友達とかいるんですか?
佐藤さん:数は少ないけれどいます。どうしたんですか、唐突に。
シマオ:すみません(笑)。もちろんいるとは思ったのですが、仕事に関してかなりドライな人間関係だったので、私生活ではどうなのかな、と。
佐藤さん:特に学生時代の友達は、頻繁には会わなくても、会えば昔と変わらない関係に戻れますよね。
シマオ:それは僕にも分かります。地元に帰るとくだらないことで盛り上がったり。
佐藤さん:それは損得なしの学生時代を共有した、という記憶の蓄積があるからです。そんな友達は、どこかアバウトで、いい加減な付き合いであっても、その後の関係性は長く続きます。
シマオ:たしかに昔からの友達にはあまり気を使わないし、「よく思われたい」ってこともないから楽ですよね。もう自分の本性がバレちゃっている感じというか。
佐藤さん:人間として未熟だった時間を共有するということは、その人の心の奥底までさらけ出しながら関係を築いているということです。未熟だからこそ傷つけたり傷ついたりするんですが、迷いながらもお互いに成長していくうちに、その傷は硬いかさぶたとなるんですよ。
シマオ:硬い、かさぶた……。
佐藤さん:これからあなたたちは人生のいろいろな場面で選択を迫られます。時には選択を誤ることもあるでしょう。そんな時に「友人」というものの存在の大きさを感じると思います。
シマオ:先生にもそんな経験が?
佐藤さん:もちろん。42歳の頃、背任と偽計業務妨害の疑いで勾留、逮捕されていた時は、私は人間として間違った選択をする可能性が何度もありました。でもそれをしなかったのは利害を超えた友人がいてくれたおかげだと思っています。
利害関係のない友達は唯一無二の存在と佐藤さんは言う。
シマオ:自分ひとりでは精神的にきちんと判断ができない状況だったんですね。
佐藤さん:そうですね。 同志社大学神学部で一緒だった滝田敏幸君は、私が捕まった時、すぐさま支援会を立ち上げてくれました。「佐藤は何も悪いことはしていないと僕は信じている。僕たちが支援する」ってね。その時、私に関わっても利益はなかった。
シマオ:はい。
佐藤さん:当時、滝田君は自民党所属の印西市議会議員(現千葉県議会議員)だったので、私を支援することにはリスクがありました。でも滝田くんは瞬時に行動してくれたんです。
シマオ:すごい方ですね。僕だったら、自分から動くのは躊躇してしまうかも。
佐藤さん:普通はそうだと思いますよ。その時彼は同志社大学神学部出身者を中心に数百人のネットワークを作りお金を集めてくれました。また、毎日のように弁護士と連携をとり、私にメッセージを送ってくれました。
シマオ:毎日……。
佐藤さん:私は弁護士以外との面会が禁止されていたので、逮捕後に初めて滝田君と顔を合わせたのは、512 日間の勾留を終えて、保釈された日の夜でした。
シマオ:……。
佐藤さん:私が付き合った情報の世界のエリートたちはみな「最後に信用できるのは自分自身と親友だ」と言っていましたよ。それを早い時に、といっても42歳ですが、経験できたのはよかったと思います。
シマオ:親友……か。
佐藤さん:イスラエルの諜報機関で活躍したウォルフガング・ロッツという伝説的なスパイがいるんですがね。彼は「友情というのは、相手の体重と同じ重さの黄金を払うだけの用意がなくてはならない」と言っていました。
つまり親友というのは、その人の体重と同じ重さの黄金と同等の価値があるということ。 1グラムの金が5000円だとして、相手の体重が70キロなら3億5000万円相当。
シマオ:お金に換算すると一気に親友の価値の高さを実感します(笑)。
佐藤さん:そのくらいはすると思いますよ。だから「友達を作る力をつける」というのは学生時代にとても重要なことなんです。5人でいい。本当の友達は片手で十分ですよ。
シマオ:それ、僕がキャットシッターやっていた時に教えてほしかった~!
佐藤さん:ははは。まあ、でも、猫でもいいですよ。
シマオ:猫!?
佐藤さん:はい。猫は人間よりもずっと信用できますから。 私がね、勾留されていた時に誰を一番思っていたかというと、モスクワから連れてきて死んでしまったオスのシベリア猫。チビという名前です。
シマオ:モスクワから?
佐藤さん:長毛のかわいい猫でしたね。
取り調べがきつくなって、もうこのへんで呑み込もうかという気になると、その猫がしょっちゅう夢枕に立ってね。何だか弱気になっている私を見て目をギラギラさせてるんです。「おっと、チビが怒っているから、ここは頑張らないと」と思ったりしましたよ(笑)。
シマオ:佐藤さん、本当に猫好きなんですね。
同僚でも友人でもない「盟友」
シマオ:話は戻りますが、社会人になってからできた友人っていうのもいますよね?
佐藤さん:もちろん。同僚は友人ではないけれど、盟友とは言えると思います。
シマオ:盟友か。僕はあまり使わない言葉です。外務省時代に、この人は盟友だったなと思える人っていました?
佐藤さん:例えば、鈴木宗男(参議院議員)さんや東郷和彦さん(元外務省欧州局長)。 彼らはいわゆる友人とは違うかもしれないけれど、ロシアとの関係を現実的に構築するにあたって、ともにリスクを負って交渉や組み立てを行ってきました。それこそ死にもの狂いで。 そこには強固な信頼関係がありました。その信頼関係は今も続いていますよ。
シマオ:リスクを負って、ともに仕事をしている。それが盟友なんですね。
佐藤さん:そうですね。鈴木宗男さんとはお互い環境が変わり、利害がなくなってからの方が関係が深まったと思います。
シマオ:鈴木宗男さん……すみません、選挙のニュースで見たことはありますが、あまり知らなくて。
佐藤さん:鈴木さんがすごいのは、逮捕されても、刑務所に服役しても、癌になっても、落選しても、絶対に諦めないことです。あの粘り強さから私は多くのことを学びましたよ。
佐藤さんは外務省時代、鈴木宗男氏とともに、北方領土問題解決に向けて奔走した。
バーチャルはツールの1つ。リアルな人間関係の充実を
シマオ:佐藤さんって、見た目はすごく貫禄がありますが、実はすごくソーシャルな人なんですね。
佐藤さん:ソーシャル?
シマオ:あ、コミュニケーション能力の高い人のことです。
佐藤さん:コミュニケーションというより、人間に対する関心が強いからだと思います。 神学をやっている人たちは、神様ばかりではなくて人間の心理に対する関心も強いんです。それが人に対する関心となって表れているのではないでしょうか。
シマオ:人間に関心を持つ……。ドライな佐藤さんが言うと、ちょっと意外です。
佐藤さん:ふふ、そうでしょうか。
シマオ:佐藤さんは人間に興味がある、と。
佐藤さん:ある意味そうですね。進化生物学者の長谷川眞理子さんが言っていることですが、動物としての人間が相手をバックグラウンドまで含めて認知できるのは150人くらいが限界だそうです。それ以上増えると関係が浅くなってしまう。
シマオ:最近はSNSなどもありますし、どれだけ友達やつながりを増やすか……。みんな、そればかりのように思いますが。
佐藤さん:デジタル上での友達を増やすのもいいけれど、それだけでは駄目だと思います。ハーヴィ・コックスというアメリカの神学者が『世俗都市』という本を書いていましてね。 その中でアメリカの都市について分析しているんです。
シマオ:はい。
佐藤さん:神学的に見れば、従来、都市というのは「悪の象徴」だったわけです。悪徳は都市から生まれてくるもので、それは匿名性によるものだと言うのです。
シマオ:匿名性……?
佐藤さん:要は、田舎であれば、牛乳屋はトムさんで、鍛冶屋はスミスさん、パン屋はミュラーさんといったように職業と人とが結びついている。だから、彼らと喧嘩をすれば物が買いづらくなるわけです。それが都市化することで、それぞれのお店は匿名化していった。
つまり、物が買いやすくなった代わりに、人との関係が希薄になっていった。
シマオ:便利さと引き換えに匿名性が広がった……。
佐藤さん:従来のキリスト教では、それが悪と考えられていました。しかし、人間関係にとらわれることなく物を買えるようになったことこそが、都市の良さであり、文化の発展の源であると、コックスは逆に主張したのです。
シマオ:今じゃパン屋ひとつとってもたくさんいますからね。でもそれがインターネットとどんな関係が……?
佐藤さん:このコックスの言う世俗都市の考え方の延長線上にあるのが、インターネット上のさまざまなコミュニティだと思うのです。
シマオ:インターネットの発展とともに、匿名性はより拡大された、と。
佐藤さん:そうなんです。インターネットにより、生活はどんどん便利になる。その一方、人間の匿名性は広がり、人々はそのバーチャルとリアルの境界線が分からなくなる。
シマオ:境界はどんどん曖昧になってきますよね。VR、ARなどが日常的に使われると境界自体なくなっていきそうですし。
佐藤さん:そうなると、他人との距離感が分からないという人が増えてくる、というわけです。人との適切な距離感というのは、リアルな生活の中で、さまざまな失敗を繰り返し、訓練を積み重ねた上で経験として身につけるものだから。
シマオ:たしかにデジタルの上では距離感はつかみにくいですよね。
佐藤さん:はい。SNSなどを見ていて、何となく知っている人でも、自分の友人と錯覚してしまっている人も多いんじゃないですかね。
シマオ:多いと思う……。
佐藤さん:インターネットの中の世界はあくまでツールのひとつとして、あなたには何年経っても記憶に残るような友達を見つけてほしいです。
※この記事は2020年2月19日初出の記事の再掲です。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
編集部より:初出時、東郷和彦氏のお名前に誤りがありました。訂正いたします。 2022年8月7日 22:45