撮影:竹井俊晴
2018年から開催されてきた、人型ロボットが動き回って客をもてなす公開実験「分身ロボットカフェ」。かつてない取り組みだけに大勢の人が訪れ、席の予約チケットは常に完売。国内外のメディアも殺到する。仕掛け人は、「元ひきこもり」だというロボット開発者だ。
茨城の自宅からロボットを遠隔操作
どっと人の波が押し寄せる、渋谷のスクランブル交差点。2020年1月、その目の前にそびえる商業ビル上層階で、9日間の公開実験「分身ロボットカフェ」が開かれた。一般客が入る実店舗での、初の試みだ。
「お待たせしました。ご注文のコーヒーです」
ゆっくりとした動きでトレイを運んできたのは、身長120センチの人型ロボット「OriHime(オリヒメ)-D」。内臓スピーカーから聞こえる声の主は、「ふみちゃん」こと中村文美さん(26)だ。イベント開催時はオリヒメを遠隔操作する「パイロット」として働いている。
実はふみちゃんは茨城県にある自宅からオリヒメを遠隔操作しているのだ。
オリヒメは注文を取ったり配膳をする間に、客と会話もする。その間オリヒメの視線は右に左に、話す相手の方に向けられる。ふみちゃんがパソコン上でオリヒメの頭を操作して動かしているのだという。
彼女は生まれつき全身の筋力が衰える脊髄性筋萎縮症(SMA)であることもオープンにしている。
2人連れの客も、近隣の会社に勤めていてランチタイムに同僚と訪れたのだと自己紹介。ものの数分で笑い声が漏れ聞こえてくる。客との記念写真では、「めっちゃ笑ってまーす! 私、可愛く撮れてますか?」とロボット越しに語りかけるふみちゃん。その声は明るく弾んでいた。
大事なのはロボットの先にいる「人」
2020年1月に開催された「分身ロボットカフェDAWN ver.β」。会場となった渋谷のブックカフェでは、オリヒメが注文された商品を運んでいた。
撮影:古川雅子
何も知らず会場を訪れれば、ロボットショーのようにも見えるかもしれない。
だが、ここは最先端のロボットのテクノロジーを披露する場所ではない。人々をあっと言わせたのは、エモーショナルに人がつながり、会話する、“コミュニケーションの仕組み”だ。「パイロット」たちはそれぞれに重度の障害を抱えており、住む所は全国各地に散らばる。
「カフェを訪れるとロボットが働いているから面白いと。それでよく、『人工知能のロボットですよね?』と間違われるんだけど(笑)。カフェはAIには支配されない。僕らがずっと大事にしてきたのは、ロボットというツールの先にいる『人』なんです」
こう語るのは、“ロボットコミュニケーター”であり、オリヒメの産みの親でもあるオリィ研究所代表の吉藤オリィこと吉藤健太朗(32)。「テクノロジー自体は、どちらかと言えばローテク」なのだと、さらりと言う。
吉藤は、日々会社を不夜城にしてゴリゴリ開発するエンジニア魂を持ちながら、技術自慢は一切しない。
「寝たきりの障がい者にコーヒーをサーブされたという経験も新しいかもしれないけれど、単純に、『俺さ、今日は渋谷にいるのに島根にいる人からコーヒー運んでもらえたよ』という面白さもあって。まだ実験段階だけど、続けていけばきっと、実験自体がエンタメ化していく」
「のっぺり顔」が想像力を引き出す
オリィ研究所の「OriHime mini」。テレビ電話と違い、自宅などから遠隔で操作する人がロボットを通じて受け答えをし、ロボットのジェスチャーで相槌を打つこともできる。
撮影:竹井俊晴
ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の高野元(54)は、吉藤を身近に知る応援者の一人。チーム・吉藤が生むテクノロジーのユーザーであると同時に、エンジニアの先輩としても、彼を応援している。高野自身、発症前はスタンフォード大学客員研究員や中国でのベンチャー経営者としても活躍していた。オリヒメ開発にユーザーの視点を入れる研究仲間でもある。私は昨年末に高野の自宅を訪れ、吉藤の横顔を聞かせてもらった。
高野は寝たきりで口からは言葉を発することもできないが、吉藤らが開発した視線入力によりパソコン操作をするソフト「オリヒメ・アイ」を駆使し、こうコメントした。
「エンジニアは元来、機能を増やすことに執着があるけれど、彼はそれをしない。必要のない機能は絶対に載せませんから。彼は、世の中を変える人なんです」
実際、2011年に完成した初代の「OriHime」から始まり、オリヒメシリーズのロボットができる動作はシンプルだ。顔を左右に振る、両手を上げ下げする、といった具合に。「引き算の美」で趣向が凝らされた造形デザインは、実に潔い。
それでいて、オリヒメの片手が上がれば相手から挨拶されたと感じられるし、両手が上がれば喜んでいると映る。言ってみれば、そのロボットを操作する人が本体に宿っているかのような「生身感」があるのだ。「分身」のロボットと言われるゆえんである。
おまけに顔も、能面のようにすっきりしたデザインで統一されている。吉藤によれば、「あえて『のっぺり』とさせている」のだという。
「むしろ顔のつくりだったり、色だったり、余計でリアルな情報を与えない方が、周りが思い思いに想像して、その場にその人がいるような感じが出てくる。だんだん愛着が湧いてくるから面白い」
「ほどよく無茶な提案」を投げかける
撮影:竹井俊晴
分身ロボットカフェは、2018年秋に第1弾、2019年秋と2020年1月に第2弾を期間限定で出店。最初は日本財団のビルの一角に設けた特設会場での開催だったが、第2弾はリアルに一般客が行き交う実店舗へ会場を移した。
その際、援助を募ったクラウドファンディングでは、あっという間に目標額の210%を達成。パイロットの人数も初回の3倍に増やした。吉藤は「2020年には常設店を開く!」と宣言している。企業の協賛金を得ながらも、何とか自前で持続的に運営できる道を模索中だ。
前出の高野は、初回の分身ロボットカフェでパイロットを経験している。指でPCを操作することも発話もできず、他のパイロットよりも“店員”としての条件は厳しかったが、PCの視線入力によってロボットの移動、給仕、接客、チャットによる会話を実現。家にいながらしてできる「肉体労働」を堪能したのだ。
「 “でかオリヒメ(OriHime-Dの通称)”は、世の中に『ほどよく無茶な提案』を投げかける面白いツール」だと、高野さんはウィットの効いた表現で語った。
「変えたい」のでなく「変える必要がある」
このカフェの成果は、「近未来の働き方」を現出させたことである。
パイロットとして働くのは、ALSで寝たきりの人や、心筋症で長期入院している人、交通事故で頸髄を損傷して首から下が麻痺している人など、背景はさまざま。いずれの人も重度であり、通勤を伴う仕事は難しい。幼年から障害を持ち、24時間介助を入れている女性はこう話した。
「これまでの経験は家での内職ぐらいで、外の職場で働いたことがない。だからこそ、人の交わる場で、一度でいいから働いてみたかった」
裏を返せば、障がい者たちが普段、どれだけの孤独を抱えているか、ということでもある。
吉藤が率いる「オリィ研究所」が目指すのは、「人類の孤独の解消」。たとえベッドで寝たきりでも、会いたい人に会い、行きたいところへ行けて、誰もが社会に参加できる未来を見据えている。
「この世の中には課題が山ほどあり、人類は何一つ完成していない。僕が未来を変えたいのじゃなく、『変える必要がある』と思っている。必要っていうのは、困っている人たちが現にたくさんいるってこと。具体的にある問題を解消するための行動は、『今』僕らがすべきことじゃないかと」
実はそう語る吉藤自身が、かつては孤独の地獄を心底味わった、当事者でもあるのだ。
(敬称略・明日に続く)
(文・古川雅子、写真・竹井俊晴、デザイン・星野美緒)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。