クルーズ船で出る夕食。3種類から選ぶことができる。食事は変わらず、日々美味しい食事が提供されている。(※写真の一部を加工しています)
提供:香港人男性
新型コロナウイルスの集団感染が起きた大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」からの本格的な下船が始まっている。約3700人の乗客乗員は日本人だけでなく、アメリカ、イギリス、中国、香港、オーストラリア、カナダ、アルゼンチンなどさまざまな国・地域の人々が乗っていた。記者は知人を介し、まだダイヤモンド・プリンセス号に夫婦で乗船中である香港人男性のゲイリー・ウォンさん(50代、仮名)に接触した。
インタビューは、メッセージアプリを介して行った。部屋に隔離された状態で2週間過ごすことになったウォンさんは「船の中は、武漢以上に悪いのではないか。新型コロナウイルスに感染するリスクも高いのでは」と日本政府の対応に怒りを爆発させた。
1月25日に香港で乗船、約1週間後に状況が一変
2週間、部屋に“幽閉”されて、唯一の外の空気を吸える場所となった宿泊部屋のバルコニー。
提供:香港人男性
香港の病院で理学療法士として勤務するウォンさんは、停泊してから毎日体温をはかっていて、体調不良は感じていない。2週間の隔離期間の終わりが近づいた2月18日、感染を調べる検査を受けた。2月19日から下船が本格的に始まり、同日夜には香港人約50人が香港政府が用意していたチャーター便に乗って、香港に戻っていった。
しかし、ウォンさんはまだ検疫結果がわからないので、降りられない。
「もし新型ウイルスに感染していたら、どうしよう……。日本の病院に入院することになるでしょうし」
映像通話で話す表情は元気そうだが、やはり少しナーバスになっていた。
ウォンさん夫婦は、1月25日に香港でダイヤモンド・プリンセス号に乗船した。その後、ベトナム、台湾、沖縄と立ち寄った。2月1日、同船に乗船していた香港人の新型コロナウイルス感染が判明した。その後、ウォンさん夫婦の乗るダイヤモンド・プリンセス号は移動し、2月3日に横浜へ到着した。
本来の旅行日程であれば、ウォンさんたちは横浜で下船し、2月6日に東京から飛行機で香港に戻るはずだった。しかし、船内で感染者が出てしまったことで、乗客乗員約3700人を船上にとどめたまま、再検疫することになった。
ここからが、想像もしていない日々の始まりだった。
香港で乗船した時は、すでに武漢で新型コロナウイルスによる感染が拡大していたが、香港ではまだそこまで感染者数が多くはなく、「そんなに厳しい感じではなかった」と、特に不安はなかったという。
しかし乗船者の感染者が発覚したあたりから、事態が悪くなっていくのを感じた。
「船内で次々と感染者が出てきて、不安になりました……」
数少ない娯楽、部屋のテレビから見られる映画。無料だ。
提供:香港人男性
横浜港に停泊後は、再検疫もあり、ウォンさん夫婦は部屋の外に出ることができなくなった。
「14日間、(部屋の)外には出ていません」
ストレスのたまる生活が続いた。
部屋から自由に出られなくなり、ウォンさん夫婦は、
「2週間、特別な瞬間はなく、日々シンプルな生活をしているだけ」
となった。
食事の時以外は、筋トレ、友人と電話やインターネットを通じての会話、香港メディアやBBCからニュースを日々チェックしている。数少ない娯楽は映画。クルーズ船にあるオンデマンドサービスを利用して、部屋のテレビで映画を見ている。
「(2週間で)6本は見ましたね」
ウォンさんたちがまだ良かったのは、船には300人を超える香港人が乗っていて、部屋の両隣が同胞だったこと。とはいえ、会話はバルコニーの壁ごしでしかできない。
バルコニーの壁ごしに同胞の香港人乗客と会話をして気を紛らわした。
提供:香港人男性
厚生労働省のマネジメントに怒り
宿泊部屋のバルコニーから見える景色。近いけど遠い。
提供:香港人男性
2週間の“幽閉”生活で一番怒りを感じるのは日本政府の対応だ、とウォンさんは漏らした。
「日本の厚生労働省のマネジメントには不安を感じました。毎日、(船内で)感染者が増えていっているのに、彼らは乗客を船の中にずっと残し続けました。まるで、毎時間、感染者が増えているかのように感じます。
2月18日だけで70人以上の感染が発覚しました。厚生労働省はまず、乗客と乗組員全員を安全に送り出して、標準的な隔離設備に入れるべきだった。(私から見れば)予防策を講じずに3000人以上を船に乗せ続けるのはばかげている。船の状況は武漢より悪いと思ったし、武漢以上に危険ではないかと感じた。早く他の隔離施設に移すことができたのではないか」
ウォンさんが驚いたのが、下船した日本人乗客への対応だ。
「乗船していた日本人たちをいったん自宅に戻すなんて、そのコミュニティー(家庭だったり)にウイルスを拡散するリスクがあるのに……」
人道的にも問題があったとする。
「人々をこのような環境にとどめるなんて、恐ろしいことだ」
ハンドウオッシュを使って自分で洗濯
香港政府からの差し入れ。常に香港の入国管理局と連絡を取り合っている。
提供:香港人男性
まだ体調不良を感じていないウォンさんだが、宿泊部屋の衛生環境はどうだったのだろうか。
「宿泊部屋は悪くない。ただ、スタッフが部屋を掃除しにくるのではなく、私たち自身で掃除をしている。食事や必要な物資は乗組員が、部屋の外に置いてくれた。そうすることで、感染のリスクを減らし安全性を保った。部屋のゴミも自ら処理して、ドアの外に置くと乗組員が処理してくれた」
船から提供してもらったお菓子やアイマスクなど。
提供:香港人男性
一方で、服は自分の手で洗濯しているという。
「船から支給されたハンドウォッシュを使って、自分の手で洗っている」
マスクも支給されたが、消毒用のアルコールはなかった。
長引く船上生活。日本政府に不満はいっぱいだが、乗組員たちには感謝していると語る。
「彼らは我々が気持ちを保つように、ベストを尽くそうとしてくれている。今回の件のニュースについてなんでも知っていて、毎日共有してくれる。そして日用品も提供してくれる。私たちについても心配し続けてくれている」
検疫の結果待ちだが、下船したら家族に会いたいという。
「一番にしたいことは、子ども達など私の家族と香港で会うことです。ただ、戻っても、香港で14日間の隔離生活を送る必要がある」
せっかくの夫婦水入らずのクルーズ船旅行から、想像を絶する過酷な船上生活を強いられたウォンさん。
政府の船上隔離がどの程度適切だったのかは今後検証が進められるはずだが、少なくともウォンさんが、外国人として日本に感じた不信感は、簡単にはぬぐえないだろう。
停泊する横浜港で見えた2月20日の朝焼け。いつ降りられるのだろうか・・・と不安を感じて過ごす日々だ。
提供:香港人男性
(文・大塚淳史)