日本の「デザイン思考」の誤解を解きたい。2020年代のイノベーションを作る思考法とは

インタビューに答えた井登友一氏と木継則幸氏

インフォバーンのデザインチーム「IDL(INFOBAHN DESIGN LAB.)」の井登友一氏(左)と木継則幸氏(右)。

スマホが広く普及してから10年以上が経つ。その間人々の消費行動は少しずつ変わり、物事は漸進的なアップデートを続けているが、近年は閉塞感が否めない。この閉塞感を打破するイノベーションはどうしたら生まれるのだろう。ヒントは「デザイン」にある。

デザイン的アプローチで新しいサービスや製品を作り出すサポートをしているインフォバーンのデザインチーム「IDL(INFOBAHN DESIGN LAB.)」部門長の井登友一氏と、クリエイティブフェローの木継則幸氏に話を聞いた。

デザイン思考とは、問題解決のフレームワークのことではない

付箋のイメージ画像

Berezko/Getty Images

「近年日本で流行した『デザイン思考』は、既存の物事から問題点を抽出し、解決策を発想していく一連のフローのことを指しています。実はこれは本来のデザイン思考(Design Thinking)という概念から、問題解決のためのフレームワーク的な側面のみを取り出し、手法論的に体系化したものに過ぎません」(井登氏)

本来デザイン思考が扱おうとしてきた領域は、特定の問題解決のみならず物事を深く探索し意味を問い直しながらより良い目標、つまり「新しい価値」を創造しようとする態度そのもの、と井登氏は言う。

「かつてモノやソフトウェアのようなプロダクトが未成熟だった時代は、常に解決すべき課題が数多くあり、それを克服すれば大きなインパクトを与えられました。けれども、企業の努力もあって社会が豊かになり、製品やサービスの品質や利用体験が向上した今、簡単に解決できる問題を抱えた製品やサービスはそうそう見当たりません」

確かに小さな問題を抱えた製品はあるかもしれないが、「『これさえ解決できるなら少々高くても絶対に買い換える!』といえるケースはなかなかないだろう。そんな状況の中で新しい価値を提案できる製品やサービスを発想するために用いられる思考法のひとつがデザインシンキングだという。

「従来の(問題解決)思考は『いかに高い山に登れるか』に焦点が当てられていました。しかしこれからは新しい課題を創出して、別の山を創り出すアプローチが必要です。単にフレームワークを組み合わせただけの単線的な課題解決では、イノベーションは生まれないのです」(木継氏)

正解はないから、イノベーションが生まれる

デザインシンキングについて語る井登友一氏

2人はキッチンの開発を例にデザインシンキングの思考法を示した。10年、15年先の新しいキッチンを考えるという行為は、従来のキッチンを使いやすく、便利にブラッシュアップすることではないと言う。

「今のキッチンは住居の中にあり、家族が使うものとして設計されています。しかし現在の日本の住居のあり方は、戦後70年程度の間に生み出されたもの。成人して相応の年齢を迎えると結婚し、子どもをもうけ、家族という単位で住居に住まう……。こういったライフスタイルは果たして20年後も維持されているでしょうか?」(井登氏)

社会環境における価値観のもとに家族観が存在し、住居という概念があり、そこに家事や調理という行為を含んだものがライフスタイルという概念である。根幹にある社会的な価値観や家族観、ライフスタイルが時代の流れの中で多様化し、変化していくとしたら、調理という行為自体が持つ意味や役割も当然変化する。

「今のキッチンを定義しているのは過去の枠組みです。この枠組みをリフレームしようとするときは、日々の生活における丹念な観察や解釈が土台になる。時に目に見えるものよりも目に見えないもの、例えばかつてのキッチンの合理性が奪ってきた『人の創造性』といったようなものにも目を向けていく必要があります」(木継氏)

これから先、単純に解決しうる課題が少なくなっていけば、それを解決するためのフレームワークは用をなさない。しかし真の意味のデザインシンキングは新しい価値を創出し、それまで想像もしなかったような創造性を生みだす可能性を増加させる。

イノベーションを起こす思考とは

デザインシンキングについて語る木継則幸氏

企業の会議でよく見る、ホワイトボードいっぱいに付箋を貼り付けてアイディアを募る光景。果たしてこの方法で、新しいアイディアが生まれるのだろうか。井登氏は異論を唱える。

「普段から考える訓練を積んでいない人が集まって頭を捻っても、めったに革新的なアイディアなんて降りてこないですよね。アイディアを発想するためには、日常的に物事について疑問を持ち、考え抜く訓練が必要です」

変化していく世の中でこれから何が必要なのかを考えるために有効なのは、あらゆる物事に疑問を持つ「クリティカルシンキング」だと井登氏は言う。

「製品開発をしている人であれば、そもそもその商品が果たす役割と意味は何なのか。そうやって批判的な視点を持ち続けることが、創造的な発想につながります」(井登氏)

今の常識や通念を起点にするのではなく、批判的に考え、新たな視座を持つことが新しいアイディアを生むという見方だ。

利害が合わない人たちがコラボレーションするには

ミーティングのイメージ

Rawpixe/Getty Images

新しいアイディアやクリエイティブなものを生み出すには、どうしたらいいのか。

二人は、これまではデザイナーが担っていた新しい価値を創出する活動に、デザイナーではないあらゆる人々が向き合っていくと良い、と話す。一見クリエイティブと関係のなさそうな部署で働く人であっても、デザイン的な思考・態度を学び、組織全体の取り組みとすることで共創的に新しい価値を生み出すことが可能になるからだ。

例えば、IDLではさまざまな課題に社会的視座でアプローチするチーム「Societal Lab.」を立ち上げ、企業と社会のサスティナビリティをテーマに多様なプロジェクトを生み出している。この組織の目的は、多様化するオーディエンスの主体的な参加やクリエイティビティを引き出すことだ。

「企業活動に社会性がより強く求められている現在、課題はひとつの専門領域では太刀打ちできない複雑なものに変わりつつあります。プロジェクトを進めるときに、これまでよりも多様な組織や人の参加を促す必要が出てきています」(木継氏)

このときに役立つ考え方が、「コレクティブインパクト」という考え方だと木継氏は言う。さまざまな目的を持つ人や組織、共同体が、共通アジェンダをもって物事に取り組むアプローチの方法がコレクティブインパクトだと言うが、コラボレーションとは何が違うのだろうか。

利害が合わないもの同士が個々の自律性を保ちながら成果にコミットするという点で、協働やコラボレーションとは異なります。大きな問題を小さな問題に分解して課題のモジュール性を高め、相互に繋げあいながら複雑な課題に対応していく。ビジネス機会と社会課題の両者を統合的に取り扱うとき、このアプローチが役に立ちます」(木継氏)

「デザイン」は民主化していく

Societal_oshima

Societal Lab.は事業共創プログラム「Active Working」を各地で開催している。写真は伊豆大島で行った、海洋ゴミ問題をテーマにビジネス機会を探索するフィールドリサーチの様子。

提供:IDL

このようにあらゆる人が“デザイナー的”になっていく社会において、専門家としてのデザイナーには、どのような役割が期待されるのだろうか。

デザインという行為そのものはますます民主化していくでしょう。そのような社会や産業界においてデザイナーは、モノやコトそのもののデザインでなく、それらのモノやコトによって何を起こすべきか? というゴールのデザインや、ゴールに向けて多くの人たちが共創的かつ創造的に参画するための道のりなど、より大きなプロジェクトをデザインする役割を担っていくのではないでしょうか」(木継氏)

そのためには、ビジネス、テクノロジー、クリエイティビティといった複眼的な視点から大局観を捉え、多くの関与者の参加を活性化するために必要なファシリテーターとしての能力を磨き、新しい価値を問い続ける姿勢が求められる、と木継氏は言う。

未来は過去の連続ではない

座ってインタビューに応じる井登友一氏と木継則幸氏

IDLでは、デザイン的アプローチを用いた製品やサービス、ビジネスの開発のみならず、新しい視点の持ち方や物事の考え方をクライアント企業にインストールし組織文化として定着させるための支援も行っている。

「単なる手法論の提供ではなく、クライアント自身が脳の普段使わない部分をフル稼働させて自社が世の中に提案すべき新しい価値と意味を考え抜くための仕組みをともにつくることで、企業としての創造性を高め、自律的に変革を生み出すことができる組織をデザインするお手伝いをしたいと考えています」(井登氏)

未来は過去の連続ではなく「自分たちが何をしたいのか」を考えることでのみ生み出すことができる。閉塞感を打破したいと考えている企業は、これを機会に真の意味でのデザインシンキングに挑戦してみるといいかもしれない。


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