1987年、奈良県生まれ。小学校5年生から3年半、不登校を経験。国立詫間電波高専で人工知能を学んだのち、早稲田大学創造理工学部へ。2011年、分身ロボットOriHime完成。翌年オリィ研究所設立。
撮影:竹井俊晴
ロボットコミュニケーターとして活動する吉藤オリィこと吉藤健太朗(32)が分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」のプロトタイプをつくり、事業化を構想し始めたのは約10年前。それからロボットを通じて人と人とのコミュニケーションを支援し、人類の孤独を解消することを目指してきた。当時の自身を振り返りつつ、未来展望を語ってもらった。
10年前の私は、「ロボットの試作品はできたけれど、それを世の中に広めなければ社会は変えられない、さあどうしよう」という時期でした。ロボットの開発・制作には、膨大な資金力が必要なんですが、事業構想があっても、試作段階のものだけだと、寄付も募れません。
幸い私は、現在のビジネスパートナーである、結城明姫(29)ら、たくさんの仲間に出会うことができました。結城からは、ビジネスコンテストに応募して開発資金を調達して、同時にビジネスモデルへと落とし込むのはどうか?と提案されました。それは面白いと。
仮に10年前に未来の僕から、「広がっていくスピードはこんなもんだよ」と先取りして現実的な数字を知らされていたら、僕は事業にコミットしてくれている他のメンバーたちに、この事業に人生を賭けて欲しいというようなことは、言えなかった可能性はある。
会社をつくったのが2012年で、オリヒメのレンタル事業を始めたのが2015年。レンタル台数は今、だいたい600台です。
正直僕はもう少し早くオリヒメが世の中に広がると思っていたんです。2018年くらいの段階で1000台くらいが数百社の企業の中でテレワークとして使われているということを思い描いていたので、だいぶ見積りは甘かったなと(笑)。
実はものを作るまでは、想定よりも苦労はしていなかったんです。でも、いざ世に出してみたら、広がっていくのが予想以上に遅い国だと気付きました。
「未来はこうなる」という思い込みを捨てる
NTTで始まった、分身ロボットによる受付業務(2月20日〜3月31日)のデモの様子。「OriHime-D」を活用して障がいを持つ人がオフィスで勤務するのは、初の試みだ。撮影:古川雅子
ありがたいことに、オリヒメは今、社会のあちこちで活躍してくれています。
長期入院中の子が、学校の教室に置いてあるオリヒメを通じて授業を受けている、なんていう事例も増えてきました。それからちょうど今、在宅で働く障がい者が、オリヒメを使ってNTTの受付業務を担当するというトライアルが始まったところです。
その他にも、分身ロボットカフェで活躍したパイロットが、お菓子屋さんの営業に引き抜かれまして。店頭のオリヒメを通じて、チーズケーキの売り子さんをやっています。本人は島根に住んでいて、大阪と東京のお店に「瞬間移動」しながら働くという(笑)。もう、ミライの働き方は始まっているんです。
逆に言えば、こうした新しいスタイルの働き方を始めることで、自分たちの手でミライを創れる。自分たちは未来を創るプレーヤーだと。そういう考え方の方が、ワクワクしますよね。
未来を見ることって、ビジネス市場の未来予測なんかは大事ですけど、個人個人が自分の未来を考えすぎると、それが縛りにもなって、自由に泳げなくなるという側面もある気がします。
事業を興すにも、個人が新しい挑戦に踏み出すにも、ワクワク感という原動力は大事。ワクワクの正体は、「未来に対する期待」というのが僕の持論です。「未来はこうなる」という思い込みは捨てて、ワクワク感を駆動させて思いっきり突っ走ってみるというのは、とても大事なことだと思っています。
「遠隔の着ぐるみ」で変わる働き方
2020年1月に渋谷に開いた「分身ロボットカフェ」。オリヒメたちがパイロットたちによって自在に“働いて”いた。
撮影:古川雅子
2018年から開催してきた「分身ロボットカフェ」は、まだ実験段階のイベントですが、回を重ねて見えてきたところがあります。たとえ重い障がいがあって寝たきりの人でも、ちゃんと接客も受付業務もできるよね、と分かりました。今回、2020年に実施した2回目には、店頭での受付業務もオリヒメのパイロット(店員)のシフトに入れました。
そんな風にやれることをどんどん取り入れていくと、ロボットを操作しているのが、障がい者なのか、健常者なのかというのは、もはや関係なくなっていく。接客が初めての挑戦だったパイロットも、日に日にスキルアップして自信をつけていきましたし。リアルな職場で接客がうまい人と遜色のないレベルにだって、十分になれる。
だから「分身」であるロボットは、言ってみれば「遠隔の着ぐるみ」だと思ってもらえればいいわけです。本物の着ぐるみよりいいですよ。実際の着ぐるみだと夏は暑くてしょうがないでしょう? 分身ロボットなら、一番快適な空間で働けるんですから、快適な着ぐるみです。
お客さんの側からすると、いいサービスさえしてもらえれば、それが遠隔での操作か、目の前でのサービスかは大差のないこと。むしろ会話をしていて、「え、島根の遠方から出勤しているの?」って意外なキャラがオンされて、遠隔で働いている人の方が会話が弾む可能性だってあると思うんですよ。
そうすると、既存の働き方改革なんて、あっという間に古くなる。
撮影:竹井俊晴
2020年はオリパラで外国人観光客が大勢来日しますから、「おもてなし」の観光案内にも使える。「東京に来たの? 私は実は、三重県に住んでいるんですよ。こっちもいいから、是非おいでよ」とか、言えると思うんですね。実証実験に目処がついたので、僕らは2020年、カフェの常設店を目指しています。
今後、テクノロジーが身体的な機能をある程度拡張していく中、世の中は「体が資本」から「心が資本」の時代へシフトしていく。目が悪いない人にメガネというデバイスが、足が弱い人には車椅いすが発明されたように、眼球だけしか動かなくなった人でも、視線一つでパソコンが駆使できて、車いすも動かせて、ロボットも動かせるようになる。
ちょっと先の未来には、重度で寝たきりの方が、ロボットで玄関まで出て宅急便の受け取りをして、運んでくれてありがとうとお礼の挨拶をベッド上ですることだってできるでしょう。
だから、高齢者の方、障がいがある方、あるいは介護や育児などで外出に制限がある方でも、自分らしく生きることを諦めないで欲しいんです。
「20年先から来た未来人」だと設定する
一昨年、オリヒメの映画が東京国際映画祭に招待され、吉藤はレッドカーペットを歩いた。同時に呼ばれていた国会主催の働き方改革勉強会には、オリヒメで遠隔参加した。
撮影:竹井俊晴
僕はワクワク感を駆動するのに、「イタズラ」って結構重要かなと思っていて。僕は元来、イタズラ好きなんです。いい意味で人を驚かせたいじゃないですか?
自分を「20年後から来た未来人」だと思い込むっていうのも、物事を高いところへ飛躍させるにはいい思考法だと思っています。
だって、20年先から来た未来人っていう設定で物事を思考していけば、怖いもの知らずで、何でも挑戦できそうじゃないですか。
例えば僕は、顔に着用して、片目でスマホ画面を確認しながら移動できる、眼鏡型のモニターツールを開発したんですが、わざとサイボーグっぽい鉄仮面風のデザインにしてみたり。これも、ちょっとした「イタズラ」なんです。
それは「視線入力」といって、目の動きだけでWindowsを操れる技術の延長線上で作ったもの。僕にはALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめ、難病で体の動きに制限がある仲間がたくさんいるんですが、仲間たちにその鉄仮面風のデバイスを装着してもらい、次々に仲間を「サイボーグ化」しているところです(笑)。
今から20年前を振り返ったら、不便で仕方ないはずなんです。タイムスリップしたらえらい目に遭いますよね。スマホもないし、Amazonもグーグルマップないんですよ。逆に20年後の未来の人が、この現代に帰ってくると、世の中って、いっぱいツッコミどころがあるはず。
だから、未来人の視点に立って「こんなんじゃあ、嫌だよ」と、ある意味“我慢弱さ”を発揮して、臆することなく時代を進めていってほしいですね。我慢の放棄は発明を生む!っていうマインドで。
「普通」を追わず、「未来を創る側」に回る
米Forbesが選ぶアジアを代表する30人「30 under 30 2016」にも選ばれている。
撮影:竹井俊晴
僕は「人を支えてあげる」といった、福祉的な発想に昔から違和感があったんです。福祉は「普通」とか「当たり前」を取り戻そうとする活動だと捉えていて。
でも、20年前は携帯もないわけで、当時の当たり前を取り戻しても、本人が感じている「障がい」は残ってしまうんです。「普通」を目指している限り、「普通」には絶対追いつけない。
私は普通を目指すよりもむしろ、「未来を創る側」に回った方が、ずっと早く課題の解決につながると思っているんですね。
初回のカフェの内装やコンセプトは、SF映画アニメ「イヴの時間」とコラボレーションして創り上げた。2回目(写真)は壁一面、天井まである本棚に囲まれたブックカフェで実施。実店舗での初のトライアルになった。
オリィ研究所提供
だから初回の「分身ロボットカフェ」のコンセプトは福祉カフェではなくて、「SFカフェ」にした。未来を描いたアニメとのコラボレーションをして、その世界観を作り込んで。「こんなカッコいい世界があるんだ」と皆が体感すると、もはや福祉という枠を飛び越えて、他の人も羨ましくなる働き方に変わるんです。
逆に健常者が、この働き方いいね!と自分の働き方に取り入れていくような。
クラウドファンディングを募った時も、寝たきりの人でも働けるというところを前面には打ち出さなかった。そうじゃなくて、「今までできなかったことが、できるようになっていく」と。時代のステージが更新されていくところに価値があるんだよと伝えたくて。
そのためにも、今の時代に、SFの世界がパッと現れるような場にしよう、そこを見据えよう、ということで、アニメーションを持ち込んだ。「これは未来を見せる場所ではなくてはいけない」と、内装費用は惜しみませんでした。
クラウドファンディングのお金がたくさん集まりましたけど、それの2、3倍くらいはそこに充てましたから。たった10日間のために(笑)。それでも、その作り込みは、やる価値はあったと思っているんです。
だから今、何か世の中を変えたいと思っている人も、「20年後」を目指して動いたほうがいい。20年後を目指して動いていれば、たぶん、他の人よりもちょっと先行した世界を実現できますから。
(敬称略、完)
(文・古川雅子、写真・竹井俊晴)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。