新型コロナウイルスの影響を受け、時差通勤や在宅でのテレワークを取り入れる企業が増えてきた。
一方、派遣やパートなどの非正規労働者からは「対象外」「生活費を考えると体調が悪くても休めない。咳をしながら働く人もいる」など不安の声が上がる。中には「政府が所得補償しない現状では、安心して休めるのは『上級国民』だけ」という人も。
「症状あれば休め」と言われても
新型コロナウイルスの影響が、雇用格差を浮き彫りにしている(写真はイメージです)。
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東京都内のイベント用品のレンタル会社に勤務するAさん(女性、30代)は、店舗での接客が主な仕事のため、在宅やリモートでの勤務ができない。
さらに不安なのは有給が取れないことだ。年次有給休暇が発生するまでには半年の雇用期間が必要だが、Aさんはつい1カ月前に転職したばかりなのだという。
Aさんの雇用形態はパートだ。東京都の最低時給1013円で週6日、朝9時から夕方6時まで働いている。家賃の支払い、キャッシュカードや車のローンの返済など、生活費が重くのしかかる。
その上、Aさんには喘息の持病もある。前職ではタバコの煙が避けられず喘息が悪化したことが、転職を考えた大きな理由だった。
「こんな事態は予測していませんでした。政府は『症状があれば仕事を休むように』と言うけれど、有給もなく、雇用も不安定な私のような立場では会社に言いにくい。休んだ間の所得補償がないのも不安です。国も企業も『上級国民』の方しか向いていないようで、格差を痛感しました」(Aさん)
せめてもの救いは、マスクでの勤務が許可されていることだ。アミューズメント施設で働く友人は今もマスクの着用が禁止されており、心配だと話す。
休めば収入が減る
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大阪府にあるコールセンターでアルバイトをするBさん(女性、50代)も、在宅やリモート勤務とは「無縁」だという。
「『手洗い・うがい・マスクで乗り切って。熱が出たら出社しないでね、その分の補償はしないけど』が会社の方針です。せめて満員電車での通勤から解放されたい。時差出勤ができないものかと思います」(Bさん)
仕事によってはインカムを使い回すこともあり、飛沫感染も心配だそう。
職場にはダブルワークで休みなく働く人も少なくないという。
「咳をしながら働く人もいます。生活費を稼がないと生きていけないですから。アルバイトは休んだ分だけ収入が減るので、体調を崩しても無理して仕事に来る人が多いんです。自身の健康を気遣う余裕すらないですよ。多くは望まないです。休みやすい環境が欲しいだけ」(Bさん)
AさんBさん共に、国が企業に対して、従業員が休んだ場合の補償をしてくれたらと考えている。
休業や生活費の補償をする国も
撮影:今村拓馬
厚生労働省は、国民に対しては風邪のような症状がある場合は仕事を休み外出を控えるよう、経団連などには従業員が休みやすい環境整備、テレワークや時差通勤などを呼びかけている。
しかし自己判断で休む場合には有給休暇の取得、または会社の就業規則に病気休暇があればそれを利用するしかないのが現状だ。感染が疑われる人への生活補償や、雇用する企業への支援なども十分とは言えない。
しかし隔離政策を取っている国によっては、公的な補償に乗り出している。
シンガポール在住のジャーナリスト・中野円佳さんによると、感染が疑われる人に隔離政策を取っているシンガポールでは、対象になる労働者は有給の病欠扱い。補助として政府が雇用者または個人事業主に1日約8000円を支援すると発表している。またタクシー運転手や配車サービス運転手の感染が確認され乗車率が下がったことを受け、運転手1人あたり1日最大約1600円を3カ月支給するなどの施策も取っているという(「新型肺炎で経済・生活への影響は?シンガポール政府は5000億円の対策を発表」2020年2月19日)。
同じように隔離政策を取っている韓国も、対象者には生活支援金を支給すると発表。会社員が会社の有給休暇を取得した場合は、政府が1日約1万2000円を上限に支援するという(「東亜日報」2020年2月20日)。
「在宅では時間持て余す」対象外の派遣社員
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Business Insider Japanでは「『リモートワークはただのアピール』『感染者が出たら在宅』新型ウイルスでも通常業務の日本社会」として、政府が不要不急の外出の自粛やテレワークの推進を求める一方、実行に移せない日本企業の実態を報じた。記事では時差出勤やテレワークを推奨しているNTTグループ企業に勤務する女性の「在宅勤務制度は派遣社員には適用されない」という声を紹介しているが、同じような悩みを抱える派遣社員の声はTwitterにも複数見られた。
「社員はリモートワーク可能ですが、派遣は契約上不可。どうしても不安な人は有給使ってくださいとのこと。派遣業務委託半数なんですけども…」
「昨日急遽ノートパソコンは貸与されましたが、本日派遣会社の営業に、リモートワークするにも規約があって追加で?契約を結んだり契約書発行に時間がかかると言われました。一年以上就業しているとリモートワークOKという決まりがあるそうです。それはクリアしているけど、営業は前向きじゃなかったです。
結論は、在宅ではなく時差出勤になりました。電話対応、配送業者対応、郵便物配布といった雑務とパソコン業務をしているので、在宅になると雑務をやらない分時間をもて余すということで在宅勤務却下になりました。暇でも派遣先は契約時間分お金払わないといけないから、嫌なんでしょう。でも社員の人も暇してると思うけど、そこが身分の差」
「社員にはテレワーク令が出ていてチームメンバーは出社していません。派遣会社曰く派遣社員のテレワークは契約上問題無い、派遣先企業が情報管理上の問題で踏み切れずにいるとの事。派遣だからPC持ち帰り時に紛失するとか思われてるんですかねぇ」
8割の企業はテレワークを導入していない
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主婦に特化した人材サービス・しゅふJOBの調査機関「しゅふJOB総研」所長の川上敬太郎さんは、時差出勤やテレワークを希望する派遣社員は、まずは雇用主である派遣会社に相談し、派遣先との間に入って交渉してもらうのが良いと言う。
「派遣の仕事は派遣先から指示を受けて動くことが大前提です。テレワークには安全管理と業務の指揮命令という2つの課題があります。今回、安全面でいえば在宅での勤務はこれ以上ないほど良い環境です。
一方で業務面では仕事のクオリティ担保や、情報セキュリティ管理とそれに不具合が起きた時にどう対応できるかなどの問題があり、踏み切れない企業が多いのだと思います。これまでテレワークを導入していない企業の場合は、なおさらです」(川上さん)
ロイターの2月の調査によると、在宅勤務を行うテレワークは現状で8割が導入していないという。
一方、しゅふJOB総研によると、働く主婦が望む勤務場所のトップは自宅だった。6割が在宅勤務を希望しており、ニーズは確かにあるのだ(2018年調査)。
自宅のネット環境整備も経費で
在宅勤務を取り入れても、自宅にネット環境がない人は外出せざるを得ない。そうならないよう、配慮が必要だ(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
「選択肢は人間の尊厳そのもので、それがないことは問題だと思います。感染症や災害などの非常時はもちろん、子育てや介護、副業など、多様な働き方ができる環境を求める労働者は多い。
これをきっかけに全ての雇用形態の従業員がテレワークできるよう制度を整えることは、企業にとってリスク管理のみならず、採用でのメリット、長期的な経済成長にもつながるはずです」(川上さん)
テレワークを進めるにあたっては、従業員の自宅環境にも気を配る必要がある。
2月17日から全面的に在宅勤務体制に移行したIT企業のCAMPFIRE(東京都)では、ポケットWiFiの購入やインターネット回線を引くこと、またこれらの利用料など、在宅勤務に必要な環境を整えるための費用は経費として認めると社員に伝えている。個人のスマホでテザリング機能を使用した際の料金も対象だ。自宅にインターネット環境がない社員などを想定してのことで、他にもネット会議用のマイクやヘッドフォンなど、今後も社員からの要望に柔軟に対応していくという。
(文・竹下郁子)