再浮上したGSOMIA破棄論。総選挙に向けた文政権の突然の反日カードに批判

「GSOMIA破棄論、青瓦台で再浮上」

2月12日、韓国の青瓦台(大統領府)と外交部の記者室、そして与野党の政界全体が早朝から大騒ぎになった。有力紙・中央日報が同日付の1面トップで、青瓦台の内部で「日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」の破棄を再検討していると報じたからである。

中央日報は政府消息筋の話として、「2019年11月、韓日産業当局間の交渉再開を条件に、終了を猶予したGSOMIAを破棄させるべきだという主張が青瓦台内部で再浮上している」とし、「この問題で韓日間だけでなく、韓米間でも外交問題が再燃する可能性がある」と伝えた。

この報道が出て、記事の事実関係を確認するために青瓦台や外交部の記者室は、朝から大混乱に陥った。GSOMIA問題はわずか3カ月ほど前に一段落し、記者たちの間には、少なくとも当分の間はこの問題を取材することはないと安堵が広がっていたのに、突然の「破棄」報道に不意打ちを食らった形だ。

「文政権のポピュリズム政策にうんざり」

安倍総理、文在寅

元徴用工判決から緊張関係が続く日本と韓国。文在寅大統領は、政権の求心力維持のために、「反日カード」に頼ると指摘されている。

REUTERS / Kim Kyung-Hoon

しかし、中央日報の報道に最も敏感に反応したのは政界だった。この日だけは、新型コロナウイルスを忘れさせるほど政治家らを興奮と緊張状態に陥れた。

韓国では、4月15日に国会議員選挙を控えている。

野党は一斉に「選挙用ポピュリズム」と強く批判をしながら、「総選挙を控えて文在寅政権が再び反日カードを取り出した」と反発した。特に最大野党である自由韓国党は、「無条件で総選挙で勝つための焦りから、文在寅政権がGSOMIAカードを振りかざしている」と強く批判した。

GSOMIA問題はこの日、インターネット上でも大話題になった。

「GSOMIA」という単語が検索語の上位を占め、ネット上では激しい議論が交わされたが、ほとんどの書き込みは突然の文政権のポピュリズム政策を批判する内容だった。

ある書き込みは、「青瓦台の反日扇動が文在寅政権と(与党の)『共に民主党(以下、民主党)』には有利に働くかもしれないが、国益の観点から見れば、決して望ましい方向ではない。文在寅政権のポピュリズム政策は、もううんざり」と批判していた。

総選挙で与党惨敗という報告書

北朝鮮ミサイル実験

北朝鮮に対して日米韓の連携を保つためにも、アメリカがGSOMIA破棄には強く反対したと言われる。

REUTERS

韓国政府は2019年8月、日本政府が韓国に対して取った輸出規制措置の対抗策として、同年11月に終了するGSOMIAをこれ以上延長しないと日本政府に通知した。しかし韓国政府は、協定の期限満了直前の11月22日、日本が輸出規制問題を解決するための対話に応じることを条件に、「終了通知の効力停止」という前例のない用語を持ち出して、GSOMIA終了の猶予を決定した。

文在寅政権がそれからわずか3カ月で、日韓、米韓の外国問題にまで発展する可能性のあるGSOMIA破棄を再検討しているのはなぜか。

2月10日、韓国金融界の中心地である汝矣島(ヨイド)証券街では、正体不明の世論調査報告書が出回った。

4月15日の総選挙の253の地域区(議員定数は300、うち地域議席数は253、比例議席数は47)を対象にした世論調査で、与党の民主党が惨敗し、最大野党の自由韓国党が圧勝するという内容だった。報告書の出所は不明だとはいえ、最近、急速に悪化した文政権への支持率から見るとかなり説得力がある、というのがこの報告書を読んだ人々の反応だった。

実際に、4月の総選挙を2カ月前にした最近の韓国の世論は急速に変化している。

2月14日、韓国ギャラップ社は総選挙に関する世論調査の結果を発表した。調査によると、「現政権牽制のために野党候補が多く当選するべき」との回答が45%で、「現政権を支援するために与党候補が多く当選するべき」(43%)より2ポイント高かった。わずか1カ月前の調査で「文在寅政権の安定への期待」(49%)が「牽制」(37%)よりも12ポイント高かったことを考えると、世論に大きな変化があったと言える。

コロナ騒動で見せた中国への配慮

チョグク前法相

文大統領が任命を強行したチョ・グク前法相。自らと家族の疑惑に対する捜査で辞任。政権支持率の悪化につながっている。

REUTERS / Kim Hong-Ji

このように現政権への世論が急速に悪化した背景にはいくつかの理由がある。

最大の理由は、文政権の失政。曺國(チョ・グク)前法相一家の不正疑惑に対して検察が捜査に乗り出そうとすると、政権は検察を「積弊勢力」と規定、逆に検察を改革の対象にする、二重規範の態度を取り、世論は冷え込んだ。

他にも青瓦台関係者など政府関係者13人が起訴された、2018年に大統領の友人が当選した蔚山(ウルサン)市長選挙介入事件については、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の弾劾の時よりも深刻な弾劾の要素を抱えているとされる。同事件は今後の韓国政治の「台風の目」になる可能性がある。

野党の自由韓国党はすでに「今回の総選挙で圧勝し、国政を乱した文在寅大統領を必ず弾劾しなければならない」と意気込んでいる。

また、最近の新型コロナウイルスによる感染拡大を受け、「中国人全面入国禁止」を求める国民の声に対して、青瓦台自ら記者団に、「『武漢肺炎』という用語は特定国家に対する嫌悪を引き起こすので『新型コロナ』を使ってほしい」と中国に配慮する態度を取った。

これに対し、ネット掲示板などには「アフリカ豚熱や日本脳炎の時には何も言ってないのに中国にはあまりにも低姿勢」「国民の安全より中国の顔色だけ気にしている文在寅政権」と政府を非難する意見が相次いだ。

消えた金氏と習氏の訪韓カード

韓国でのコロナ騒動

感染者が急増する韓国では、2月25日までに約900人の感染者が確認された。

REUTERS / Heo Ran

政界のある消息筋は、こう話す。

「昨年までは青瓦台と(与党)民主党は、野党の分裂、大統領の高い支持率などで総選挙での圧勝を確信していた。当時は、選挙直前に北朝鮮の金正恩委員長の初のソウル訪問実現という最高のビッグカードを準備していた。

しかし、今の南北関係では金委員長の訪韓は期待できない。THAAD(終末高高度防衛ミサイル)配置を巡って、中国政府が禁止している韓国への団体旅行も、習近平主席が3月に訪韓して解除するという構想を用意していたが、新型コロナで習主席の訪韓は延期される見通しだ」

悪化する状況を逆転するカードは全て消えた。このままでは総選挙で惨敗し、任期後半には弾劾など、野党から猛攻を受けざるを得ない。

焦りと不安感から文政権が最後のビッグカードであるGSOMIA破棄を頼った可能性は否定できない。支持層結集に最高のカードであるGSOMIA破棄を通じて、総選挙で有権者を親日vs反日に二分して勝利するという狙いだ。

「反日感情は選挙のビッグカード」と分析

韓国での反日運動

2019年、韓国では反日運動が盛り上がりを見せたが、度重なる文大統領の「反日カード」に国民からは批判が上がる。

REUTERS / Kim Hong-Ji

文政権は2019年夏、反日感情カードで多くの政治的利益を享受した。

元徴用工判決と関連し、日本の輸出規制報復がなされ、韓国では反日感情が沸騰した。当時、文大統領の週間支持率は一気に4.0ポイント、民主党は3.6ポイントも上昇した。一方、野党の支持率は3.2ポイント落ちた。

文大統領の最側近が率いている、民主党のシンクタンク「民主研究院」は、2019年7月30日、「韓日葛藤局面は次期総選挙で与党に肯定的な影響を与える」と予想した報告書を所属議員全員に回覧させたことがある。ある政治コンサルティング専門家は、「反日感情は選挙の過程で、民主党のビッグカードであることが確認された」と分析した。

米韓軍事演習

再び浮上したGSOMIA破棄カード。アメリカは「維持」の立場を譲っていない。

REUTERS

しかし、このような文政権の思惑には多くの障害がある。

ある野党議員は、「新型コロナウイルスの感染が全国に打撃を与えている中で、大統領が再びGSOMIA破棄カードを取り出したら、すごい逆風を浴びる可能性がある。不況の中で国民の生活が厳しいのに、『また反日カードか』という反発が起きる」と指摘した。

一番の障害はアメリカだ。アメリカは2019年11月、韓国のGSOMIA破棄の動きを強力に阻止した経緯がある。最近は在韓米軍防衛費分担金の問題、THAAD配置問題などを巡り、米韓間は緊張関係にある。ここでまたGSOMIA破棄問題が再浮上したら、米韓関係はそれこそ「おしまい」という懸念の声が大きい。

青瓦台の金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室次長は、2月6日から3日間、極秘裏に米ワシントンを訪問し、カウンターパートであるホワイトハウスのマット・ポティンガ国家安保副補佐官と会って、米韓の懸案問題とGSOMIA問題を協議した。

米韓関係に詳しい韓国の外交消息筋は、こう断言する。

「ポティンガ副補佐官は改めて『GSOMIA維持がアメリカの確固たる立場』という点を明らかにした。アメリカの立場を無視し、GSOMIAを破棄した場合、韓米関係は再生不能状態に陥るだろう」

多くのリスクが予想される中でもGSOMIAカードをちらつかせている文政権は、果たしてどんな選択をするだろうか。そしてそれで総選挙で本当に勝てるのだろうか。

明らかなのは、今のアメリカは韓国に対してこれまでのように好意的ではないということだ。そして何よりも、韓国の政治状況と世論が2019年とは大きく変わっている。

匿名を条件に取材に応じてくれた野党議員は、次のように意味深い言葉を残した。

「文政権の相次ぐ失政で世論は極度に悪化、経済も最悪だ。特に最近は、新型コロナウイルスで世論はまさに爆発寸前だ。こういう状況の中でも、文政権が国益を考えずに、再びGSOMIAカードを取り出したら、これは政権交代を早めるオウンゴールになるだろう」


李敦煕:1988年、ソウル五輪大会組織委員会の記者に。その後、読売新聞ソウル支局、朝日新聞ソウル支局の記者を経て、現在、時事インサイド編集局長。

編集部より:初出時の写真の選定に誤解を招くものがあったため、修正しています。2020年2月26日 12:20

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