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新型コロナウイルスによる肺炎が拡大し、中国人の友人たちに「大丈夫?」と連絡を入れていたのが、2月中旬以降は逆に中国人から「日本は大丈夫ですか?」「マスクは足りてますか」「本当に東京マラソンやる気なの? 命知らずだね」と心配される立場になってしまった。
日本の大手通信企業で働く中国籍の陳さん(仮名、26)は「会社の危機管理が矛盾だらけ」と訴える。
「在宅勤務推奨」実際は全員出社
陳さんの勤務先は中国人社員も多く働いており、1月下旬の春節期間に中国に一時帰国した社員は、日本に戻ってから2週間在宅勤務になった。
「それは理解できます。1月末、中国はどこも大変な状況でした。でも、2月に職場に戻ると、オフィスでは日本人社員がマスクをつけずに咳をしているんです。“神の国”だから自分たちは大丈夫と思っているんですか。マスクをしてほしいけど、私は新人なので言いづらいです」
日本でも市中感染の懸念が高まり、2月中旬になって日本政府は不要不急の外出を控えることや、時差出社、在宅勤務を呼びかけた。陳さんの会社も「在宅勤務推奨」の通知を出した。だが、そこにはある但し書きもあったという。
「在宅勤務を推奨する会社の文書に、『在宅勤務が認められるのは月に8日まで』と書いていました。これって推奨しています?」
陳さんは、さらに驚くべき事態に遭遇した。在宅勤務推奨の指示が出た翌日も、部署の全員が出社したのだ。マスクせず咳をしている社員も、いつも通り定時に現れた。
陳さんも「月に8日まで」の文面を見て、仕方なく出社している。
「社畜ウイルスの感染力はコロナ以上ですよ」と苦笑いする陳さん。同期数人にそれぞれの状況を聞いたところ、全員が在宅勤務に入った部署もあると知り、「『推奨』にするから、結局上司の判断次第になってしまう。私は外れを引いてしまった」と感じている。
関西の地方銀行で働く楊さん(仮名、20代)も、「私は車で通勤し、職場ではマスクをつけているけど、同僚の中には電車通勤でマスクをしていない人もいる。会社に行きたくない」と表情を曇らせた。
楊さんの出身地である中国の地元では日用品だけでなく野菜もオンラインで注文し、自宅まで届けてもらう体制が整っているため、家族や親せきはほとんど外出していないという。
「退屈は退屈ですけど、生活に支障はないようです。日本はECもこれほど発達していないため、感染者が増えたら相当混乱すると思います」
各国の「風土」も感染力に影響
繰り返される感染症を教訓に、食文化を見直すべきとの声は、中国人からも出ている。
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武漢市で新型肺炎患者が爆発的に増え、中国の他地域にも広がっていた1月下旬、中国人や中国滞在歴が長い日本人と、「重症急性呼吸器症候群(SARS)の時といい、なぜ中国では感染症が蔓延するのか」を何度か議論した。
厚生労働省は新型コロナウイルスの感染力はSARSより弱く、日本で流行する可能性は低いと強調していたころだが、私たちは感染力の強さ以外に、感染を広げる「風土」も勘案すべきだと感じていた。
ある中国人は「野生動物を食べるのを禁止すべきですよ」と話した。
SARSも新型コロナウイルスも、コウモリが感染源になった可能性があり、新型コロナウイルスでは、漢方薬にも使われる哺乳類のセンザンコウがウイルスを媒介したと指摘されている。
野生動物は日常的に食卓に出されているわけでなく、いわば「珍味」だ。
「おいしいというより、珍しいから高級食材として扱われている」と中国人は説明する。
新型肺炎の感染抑止策として、中国政府は当面、野生動物を取引したり食べたりすることを禁じた。
衛生面の問題も大きい。北京五輪でかなり改善されたとは言え、所かまわずたんを吐く人はまだいるし、人口500万の都市に住んでいた私は4年前、孫にカフェのテーブルの上に放尿させてそのまま立ち去った高齢女性や、スーパーのごみ箱に放尿する成人男性を実際に見たことがある。
庶民に人気の市場や露店では、衛生対策はあってないようなものだ。
さらに、病院に行きたがらない人々の存在も、感染症の蔓延と関係しているかもしれない。中国人は医療体制への不信感が強い。待ち時間が非常に長いというシステム的な問題に加え、患者の命運を握っている医師のモラルの問題も存在し、日本のように均質的な医療は望みにくい。もちろん、費用の問題もある。
「体調が悪い」というと、日本では「病院に行った?」「病院に行った方がいいよ」と勧められるが、中国ではまず「お白湯を飲みなさい」「薬を飲みなさい」となる。
「清潔な日本は対処できるはず」が…
ダイヤモンド・プリンセス号を巡る日本の対応は、混乱に混乱を重ねた。
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「日本人は清潔だし、用心深いので、中国のようなことにはならないと思います」
ルールもきちんと守り、秩序ある行動がとれる。だから新型肺炎にも中国よりうまく対処できるだろう——。新型肺炎の感染者が日本でもぽつぽつ確認されたころ、旅行や留学で日本を知っている中国人はそう見ていた。
しかし、日本にも中国と同じように、感染を広げる日本特有の「風土」が存在することを、両国を行き来する人々は強く意識し始めた。
まず、多少の無理をしても出社してしまう社畜カルチャー。
新型肺炎感染が確認された複数の会社員男性が、発熱して病院を受診した後も電車通勤したり、新幹線で移動したことが明らかになり、政府は時差出勤や在宅勤務を推奨、さらには「体調が悪いときには会社を休んで」と呼びかけた。
東京の出版社で働く男性(38)は、
「うちの会社は2月20日時点で在宅勤務禁止です。100人が働くフロアに、マスクせず咳している人が数人いるんです。でも、『マスクが売ってないからできない』と言われて、在宅勤務も禁止なので、誰も何も言えない状況です」
と話した。男性の会社では、2月下旬の部門長会議の前夜、参加者の1人から「こんな時期だし、会議はオンラインでやりませんか」と提案があった。だが、別の参加者から「提案する前に所定の手続きを踏むべき」と反対され、結局提案は却下された。
在宅勤務を認めない代わりに時差出勤が導入されたというが、帰宅時間は結局ラッシュにかかってしまう。中途半端な運用に、男性は「目的が忘れられている」とげんなりしている。
「コロナは飲み会欠席の理由にならない」
クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」から下船した香港人乗客を乗せたバス。
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九州の会社員女性は、会社の飲み会を「新型肺炎が心配だから」と欠席すると伝えたところ、上司に、「コロナは理由にならない」と言われ愕然とした。
関西の商業施設で働く派遣スタッフは、2月10日までマスク着用を認められなかった。彼女の仕事はインフォメーションでの受付。
「お客様をお迎えする場所だから、というのがマスク禁止の理由です。でも、インフォメーションには中国人のお客さんもたくさんいらっしゃいます。最初はうつされたら嫌だなあと思っていましたが、1月末以降、中国のお客さんは皆マスク着用で来店するようになり、『中国人よりもノーマスクの私の方が脅威なのでは』と考えるようになりました」
施設の社員や派遣会社に申し入れを続け、3週間経ってようやくマスク着用が認められたという。
危機管理対策でも指示があいまいなために、具体的な運用が各個人、組織に委ねられ、委ねられた側が「現状維持」を選択してしまう例もあちこちで起こっている。政府が在宅勤務を呼びかけ、それを受けた企業が「在宅勤務推奨」と指示し、現場が「推奨だからしなくてもいい」と解釈するのは典型例だろう。
コロナが突いた国や組織の脆弱さ
中国のSNSでは、感染力を甘くとらえる日本の報道への疑問が提起されている(拡散している実際の画像はモザイクがかかっていません)。
新型コロナウイルスは、どの国や組織にも存在する脆弱さを突いて増殖をしているように見える。
今回の感染拡大を教訓に、野生動物を食べる文化を変えたいと望み、手洗いや消毒が徹底される今の中国社会を「持続してほしい」と考える中国人は少なくないが、長年受け入れられてきた文化だけに、根本から見直すのは簡単ではないだろう。
日本では、会社優先のカルチャーと、あいまいな指示伝達、そして非常事態でも非常時モードに行動を切り替えられない慣性の強さによって、傷口が広がりつつある。
発熱しても通勤し、イベントの中止に対して「自粛しすぎ、経済に悪影響」と批判する日本の雰囲気は、中国のSNSでも話題になっており、中国人の知人は、「命が惜しくないんですかね」とメッセージを送ってきた。
経済活動の停止という犠牲を払い、新型肺炎と戦っている中国人は今、不思議な目で日本人を見ている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。現在、Business Insider Japanなどに寄稿。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。