1984年、福井市生まれ。文化服装学院を卒業。路上で絵を描き始めたのを機にアーティストに。2017年ガーナのスラムを訪ねたことをきっかけに、スラムのゴミを生かしたアートの制作活動を始める。
撮影:福田秀世
見渡す限り、ゴミの大地がどこまでも続いていた。
ゴミの上に足を進めると、ウォーターベッドの上を歩くかのような、ふわふわしとた感覚がある。
かつて、そこは湖だったという。ヨーロッパを中心とした先進各国から、使えなくなったパソコンや冷蔵庫など、あらゆる廃棄物が運ばれてくる。
水の中に投げ入れられた廃棄物が次第に堆積し、いつしか湖はゴミの大地に変わった。
西アフリカ・ガーナの首都アクラにあるアグボグブロシーと呼ばれる地区だ。この地区には、約8万人が暮らしているという。
たまたま目にした1枚のスラムの写真
ガーナの首都にあるゴミ置き場。若者たちは廃棄物の中から少ない金属を取り出すことで生計を立てている。
撮影:福田秀世
現代アーティストの長坂真護(35)は2017年6月、初めてアグボグブロシーを訪れた。
その1年ほど前。知人との待ち合わせ場所で、たまたま雑誌を手に取った真護は、1枚の写真に目を奪われた。
ゴミの上に立つ少女が、こちらをじっと見つめている。真護は、肌が粟立つのを感じた。
「何かとてつもないことが起こっているんじゃないか。根拠もないのだけど、僕は、ここに行かなきゃいけないと思った」
雑誌で紹介されていたスラムは、フィリピンの首都マニラにあるスモーキー・マウンテンだった。しかし、調べるうちにガーナのゴミ置き場が深刻な状況だとわかった。
初めてのアフリカ行きに備え、何本も予防注射を打った。
当時の真護の銀行口座には、金はほとんど残っていなかった。中国とパリを経由する格安の航空券でアクラに降り立った。
空港に到着したのは真夜中だった。荷物を受け取って空港を出ると、一斉に男たちが近づいてきた。空港からタクシーに乗ると、暗い場所に連れて行かれ、現金をねだられた。払う金はない。車を降り、なんとか宿にたどり着いた。
翌朝、宿から30分ほど離れたアグボグブロシーに、徒歩で向かった。
だんだんと刺激臭が鼻をつく。金属を金づちで叩いているような、「カーン、カーン」という音が聞こえてくる。
さまざまな国や地域で見られるように、貧しい人たちが暮らす地区と、その他の地区を隔てる境界は橋だった。
国民の1割が1日2ドル以下の生活
集められた廃棄物は分解され、銅など換金できる金属類が取り出される。
撮影:福田秀世
ガーナでは、国民の13%が1日1.9ドル以下で生活する(2016年、世界銀行)。アグボグブロシーは、特に貧しい人たちが集まる。
真護が橋を渡るとすぐに、住民たちから次々に声がかかる。
「ヘイ、ホワイトマン、ウェイト!」「マネー、マネー!」
内心は恐ろしかったが、努めて道の真ん中を堂々と歩いた。
いかつい男たちをやり過ごす中で、1人の男と出会った。
「ミスター、どこに行くの」
男の名はマックス。年の頃は20代半ばくらいだ。まじめそうに見えたことと、他の男たちと比べて落ち着いた英語を話すこともあって、彼を信じることにした。
「電気製品を焼いている場所を探している」と相談すると、案内役を買って出てくれた。
1日12時間働いて5ドル
若者や子どもたちは家電製品の表面のプラスチックを焼いて、中の金属を取り出す。劣悪な環境の中で働いている。
撮影:福田秀世
電気製品の焼き場は、住民たちの間で「セカンド」と呼ばれている。
ここでも、人々の間でピラミッド構造のシステムが構築されている。真護が観察した、セカンドの仕組みは次のようなものだ。
中古車などが捨てられると、エンジンやパーツ、ケーブル類など換金しやすい部品は、まず、地区の「エライ人たち」が押さえる。
立場の弱い若者や子どもたちは、プラスチック製の家電製品を、ゴミの山から集めてきて、焼き場でカバーを溶かし、銅などの金属を取り出す。
集めた金属類は、スケーラー(量る人)と呼ばれる男のところに持ち込み、買い取ってもらう。
夜明けから、日が暮れるまで1日12時間ほど働いて、平均的な収入は1日5米ドルほど。うまく金属類を集められれば、月収は100ドルを超える。環境は劣悪だが、就労の場が限られるスラムでは、実入りの良い仕事だ。
撮影:福田秀世
日本では幼稚園の年長から小学校低学年にあたる子どもたちも、水を運んで作業員たちに売る仕事をしている。
幼いころから、有害物質を含む煙を吸い続けた作業員の多くは、がんや呼吸器の疾患で死亡する。多くが、20代のうちにがんになるという報道もある。電子廃棄物のリサイクルに携わる作業員を対象に尿検査を実施したところ、鉄や鉛がかなり高い数値を示したとする研究論文もある。
日本を含む先進諸国では、PCやモニターなど電気製品の廃棄は厳しく規制されている。
アグボグブロシーには毎日のように、欧州などで廃棄された電気製品が満載されたコンテナが届く。先進国の面倒な手続きを経て適法に廃棄するより、不法であってもガーナに運んだ方が、手っ取り早く安上がりだからだ。
10日ほどの渡航を終えた真護は迷った。あまりに過酷な現実を目にして、もうガーナには行きたくない、見なかったことにしようとも思った。
「正直、現実と向き合う覚悟ができるまで、少し時間がかかった」
日本に帰国すると、化学メーカーがスポンサーをするイベントで、絵を描くことになった。メーカーの担当者にガーナの現状を伝えると、防じんマスクを寄付してくれることが決まった。
その5カ月後、250個のマスクを携えて、真護は再びガーナに向かった。
(敬称略・明日に続く)
(文・小島寛明、写真・福田秀世)
小島寛明:上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年退社。同年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事。2017年6月よりBusiness Insider Japanなどに執筆。取材テーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(Business Insider Japanとの共著)。