撮影:福田秀世
バイオベンチャーのユーグレナ社で副社長を務める永田暁彦(37)は1年半ほど前、現代アーティスト長坂真護(35)の作品を買った。
祖母と母が華道家だったこともあって、幼いころから身の回りには常に花があった。永田自身も経営者として超多忙な日々を送る中、華道の稽古を続けている。花に囲まれて育ったことが影響したのか、永田は現代アートが好きだ。
経営者仲間の紹介で、真護を含む数人で焼き肉を食べに出かけた。食事が終わるころになって、永田は作品をひとつ買うと真護に伝えた。
購入したのは、月をモチーフにしたシリーズの作品だった。
2015年11月、フランスのパリで起きた同時多発テロ事件で、100人以上が亡くなった。
ニュースに触れた真護は、フランスを訪れた。テロの傷跡が深く濃く残るパリの路上で、絵を描いた。この体験から生まれたのが、月のシリーズだ。
「同じ精神で社会を変えようとしている」
真護の都内にあるスタジオには、ガーナから送られた大量の廃棄物がある。それをキャンパスに打ち付け、絵を描いていく。
撮影:福田秀世
永田は、慶應義塾大学を卒業して新卒でプライベート・エクイティファンドに入社。投資先だったユーグレナ社に派遣された縁で、ごく初期から同社の成長を支えてきた。ユーグレナは、藻類の一種であるユーグレナ(和名ミドリムシ)を食品にして販売している。この数年は、ユーグレナをバイオジェット燃料とする取り組みに力を入れている。
永田は、ユーグレナの普及を通じて、世界の食料問題や環境問題と向き合うことが、会社の成長に直結すると考えている。
一方の真護は、アートを通じたガーナの貧困問題の解決に取り組んでいた。作品を売った利益をガーナのスラムに還元すると公言している。
永田は真護のことを、こんなふうに見ている。
「同じ精神で、同じように社会を変えようとしている仲間だ」
3年ほど前まで、真護の作品の多くは数万円だった。いまは小さな作品で50万円〜80万円、大きなもので1500万円の値がつく作品もある。
永田の念頭にあるのは、作品の力で世界中の人々を引きつけるアーティストの姿だ。
「そこにたどり着けるのはごく一握りのアーティストだけだ。真護くんは、そのステージに片足を乗せようとしている」
「社会に貢献している」という価値
ガーナの廃棄物を使った作品は、どこかユーモラスで温かみが感じられる。
撮影:福田秀世
美術品のオークションを手がけるシンワワイズホールディングス会長倉田陽一郎(54)も、真護の将来性を高く評価する一人だ。
「まだ、磨いている途中ではあるが、高いステージに行ける切符を持っている」
アートそのものの価値に加えて、アーティストが背負ってきたストーリーや時代との親和性、そして今はそのアートを購入することで自分が社会に対してどんな貢献ができるのか、という価値が「期待値」として上乗せされていく。
アフリカでの体験から真護は最近、自らの「相対性理論」を唱えている。
一般相対性理論を提唱した物理学者アルベルト・アインシュタインは、こんな言葉を残した。
「きれいな女性と座っていると、1時間は1分に感じられます。でも、熱いストーブの上に1分座ると、1時間のように長く感じるでしょう」
撮影:福田秀世
真護の「相対性理論」は、アフリカの貧困とアートの関係で説明される。
ガーナに捨てられるゴミは、中に残っている金属類を除けば無価値だ。ゴミ捨て場のあるスラムに生きる子どもたちは、過酷な現実に深い絶望を抱いている。
ガーナの電子廃棄物を日本に運び、真護が作品にすると、1000万円で売れる。負の力が大きい分、日本に持ち帰ったとき、人の心を動かす力も大きい。
「秋葉原で買ってきた電子廃棄物では、人の心は動かせない」
モノの価値とは何だろうか。真護という人物とその作品と接したとき、こんな問いが頭に浮かぶ。
それは、壮大な資本主義の実験であるようにも見える。真護はその活動を“Sustainable Capitalism”(持続可能な資本主義)と名付けている。
2019年12月、都内で開かれたチャリティーオークションで、真護はXとYの2軸があるグラフで自らの考えを説明した。
キャンバスにサインペンで手書きしたそのグラフも売りに出され、9万円の値がついた。
(敬称略・明日に続く)
(文・小島寛明、写真・福田秀世)
小島寛明:上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年退社。同年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事。2017年6月よりBusiness Insider Japanなどに執筆。取材テーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(Business Insider Japanとの共著)。