2019年秋にネット上で出回ったこの動画を覚えているだろうか。
衝撃の動画が2019年秋に注目を集めた。しかし、ふたを開けてみると、犬のように歩かされていたのは、ベトナム人技能実習生ではなく、日本人だった。
YouTube
YouTubeを確かめると、現在は公開されていないが、今も別タイトルで同じ動画をアップロードしている人はいる。
建設現場のような場所で、作業着を着た男性がリードを引き、その傍らで同じく作業着を着た男性が四つん這いになり、犬のように歩かされている動画だ。
YouTube上にアップロードされた動画には当時、『【人種差別】ベトナム人技能実習生が日本人に犬の真似をさせられる』というタイトルがつけられ、「国際問題になる」とSNS上で大きく拡散された。「とくダネ」(フジテレビ)や「モーニングショー」(テレビ朝日)などのワイドショーまでもが番組で取り上げるほどだった。
だが、ふたを開けてみると、犬のように歩かされていたのは、ベトナム人技能実習生ではなく、日本人。急速に注目を失ったニュースだったが、あの動画を撮影したのは間違いなくベトナム人技能実習生だった。
なぜ、あのような動画を撮影したのか。筆者は支援団体を通じ、この動画を撮影した技能実習生と接触した。実習生は、その理由をこう話した。
「異常な現場の状況を監理団体や送り出し機関に見てもらうために、撮影しました」
社長から「下僕と呼べ」と指示されました
撮影者を含む3人のベトナム人技能実習生は、とび職の実習生として来日した(写真はイメージです)。
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撮影者を含む3人のベトナム人技能実習生は、2018年7月19日にとび職の実習生として来日。入国後に監理団体で1カ月間の講習を受け、東京都内の建設会社で技能実習を始めた。技能実習の開始に合わせて建設会社の寮に入った。4人一部屋で、3人のベトナム人技能実習生と日本人が1人。その1人が、動画に出てくる日本人男性(20代)だったという。
監理団体:企業での技能実習が予定通り行われているかを監督する団体。監理団体の活動には法務省の許可が必要で、商工会議所や中小企業団体などの非営利団体に限られる。一部の大企業を除き、中小企業は監理団体を通じてしか、技能実習生の受け入れはできない。
その男性を、仮に本稿では日本人男性をAさん 、3人のベトナム人技能実習生をBさん、Cさん、Dさんとしよう。後述するがBさんとCさんは現在、日本国内で「失踪」している。Dさんはすでにベトナムに帰国した。
実習生のBさんがこう話す。
「やくざのような社長からは(男性のことを)下僕と呼べと言われ、最初はそれがAさんの本当の名前だと思っていました。社長がインターネットで調べ、ベトナム語で下僕と書いたシールをAさんのヘルメットに貼っていました」
ベトナム人実習生Bさんによれば、その後、日本人Aさんには別の名前があることを知り、かわいそうだからという理由で、下僕と書かれたシールを実習生がはずしたという。
実習開始からわずか数週間。事件は起こった。
「髪は切れるか」
社長にそう指示され、実習生らがAさんの髪を散髪した。社長から「(残った髪が)男性器の形になるように散髪しろ」という注文も入り、言われた通りにした。散髪を終えて報告すると、社長は満足気だったという。
ところが、同日、監理団体の職員が訪れ、実習生3人が集められた。ベトナム人通訳を通し、厳しい注意を受けたという。
「社長に言われてやっただけなのに、なぜそんなことをするのかと怒られました。意味がよく分かりませんでした」
ベトナム人実習生のCさんはそう振り返った。
7500ドル払って日本に来ました
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異常な現場の状況に、ベトナム人実習生のDさんは早々に帰国を決意する。Facebookメッセンジャーでベトナムから取材に応じた彼は、こう話した。
「社長からAさんへの日常的な暴力もあり、怖さを感じました。監理団体に会社を変わりたいと伝えましたが、まったく応じてくれず、もう帰国したいと考えるようになりました」
彼が帰国する意思を見せると、失踪を恐れてか、母国で在籍していたベトナムの送り出し機関の日本駐在員が、 ベトナム人実習生Dさんだけを建設会社の寮の別部屋に移し、外から鍵をかけて待つなど、彼の生活を帰国まで監視したという。
実習生として日本で働いたのはわずか3週間程度。帰国後に最初の1カ月間の講習手当てと3週間働いた分の賃金を合わせて約22万円が監理団体に振り込まれたが、人生設計は大きく狂った。
「親に土地の権利書を担保に出してもらい、約7500ドル(約83万円)を送り出し機関に支払って日本にきました」。実習生の一人はそう話す。
撮影:澤田晃宏
「親に土地の権利書を担保に出してもらい、約7500ドル(約83万円)を送り出し機関に支払って日本に来ました。送り出し機関は帰国後に7割返金すると話していましたが、実際は3割しか返ってきていません。もう、海外で働くチャンスはないでしょう。今は毎日(自分の国の)建設現場で働きながら、借金を返済する毎日です」
筆者が「日本が嫌いになったか」と尋ねると、彼はこう答えた。
「日本でもベトナムでも悪い人がいる。自分は運が悪かった」
失踪するしかなかった
問題となった動画は、どのように撮影されたのか。 ベトナム人実習生のBさんはこう話す。
「休み時間に(勤務先の建設会社)社長がAさんに首輪をつけて、犬みたいに歩かせ始めました。最初は見ていて、意味がわかりませんでした。こんな会社は普通じゃないと思いました。それを監理団体や送り出し機関に見て判断してもらおうと思い、スマートフォンで撮影したんです」
実は、動画はあれだけではない。日本人Aさんに屈辱的な行為をするなど常軌を逸した現場の様子を示す動画や写真は複数ある。それでも、監理団体の職員は「社長と話をする」と答えるだけで、何かが変わることはなかったという。
今は(日本人の)Aさんに社長の矛先が向かっているが、いつ自分たちに向けられるかわからない —— そんな恐怖から、早々に帰国したベトナム人実習生Dさんに続き、人目のつかない正月を狙い、残ったBさん、Cさんは2019年の1月に失踪したという。(筆者は支援団体を通じて『失踪中』の彼らと接触した)。
現在も日本で失踪者として仕事をしている彼らだが、撮影者の1人はこう話した。
「100万円くらい借金をして、25万円くらいは返しましたが、家族にお金を送れません。合法的な立場に戻って、ちゃんとした会社で技能実習をやりたいです。日本は文明的な国だと思っていましたけど、そうじゃなかった。日本に来なければ良かったと後悔しています」
こんなことが続くなら技能実習は中止します
実習生たちは、受け入れ先によっては、過酷な目に遭っている実態が明らかになった(写真はイメージです)。
Getty Images
実習生の受け入れを担当した監理団体に話を聞いた。 監理団体側の言い分はどうなのか。筆者が取材を依頼すると、件の建設会社の担当者が取材に応じた。
なぜ、社長の指示通りに髪を切った実習生が注意されたのか。 監理団体の担当者はこう話した。
「社長から『髪を切れと頼んだが、実習生がふざけて従業員の頭を変な形にした。注意してほしい』とクレームが入り、ベトナム人通訳を連れてすぐに現場に行きました。その時は社長に言われたように、彼らを注意していました」
担当者は一呼吸おき、こう続けた。
「すでに、実習生からAさんを周囲が侮辱するような動画を見せられていたのですが、動画では実習生の笑い声も聞こえてきたので、一緒にふざけているのかと思っていました。ただ、変な会社だなとその後は注意してみるようにしました」
しかし、実習生から送られた犬歩きの動画を見て、異常を確信したと担当者は話す。
「すぐさま警告に行きました。こんなことが現場で続くようなら、技能実習を中止しますと伝えました。それ以降は、実習生から何も言ってこなかったので、問題なく技能実習が進んでいるものと思っていました」
一方で、失踪した実習生は監理団体が対応してくれなかったと話している。
なぜ、両者の言い分が食い違うのか。
ベトナムの実習生の大半は地方の農村部からやってくる
ベトナムの山村(写真はイメージです)。
shutterstock
ベトナム人実習生らが建設会社で技能自習を始めたのは8月の中旬頃だ。そして、犬の動画が撮影され、監理団体が警告に行ったのが9月初旬。監理団体側は、それ以降は技能実習に問題はなかったと認識している。
そしてどうやら、実習生が失踪する直前、1月初旬に彼らにとっての“不都合な真実”があったようだ。
担当者はこう話す。
「失踪した2人が1月2日の夜に友人を彼らの建設会社の寮に招いて、お酒を飲みながら大騒ぎをしています。周辺の住民からクレームが入り、翌3日に社長から注意をしてほしいと連絡を受けました」
担当者はベトナム人通訳を連れ、1月3日にベトナム人実習生2人に注意をしている。正月休み明けの1月6日に一緒に近所に謝りに行こうと実習生と約束をした。
ところが、正月休みで帰省していた日本人Aさんが寮に戻ると、4日には彼らの姿がなかったという。すでに失踪していたのだ。ベトナム人実習生のBさん、Cさんは失踪した理由に「暴力が横行する職場の実態」をあげたが、監理団体の担当者は犬歩き動画騒ぎのあった9月以降は職場のトラブルを確認していない。
周辺に謝罪に行くのが嫌で失踪したのだろうか。
技能実習の実習実施機関の約6割は零細企業
技能実習法には、実習生は「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」と明記されているが、実態は労働力の確保であることは多くの知るところだ。
撮影:澤田晃宏
いずれにしても、こうした技能実習生の現場を取材するたびに感じるのは、なぜ、こうした悪質な企業での技能実習が認められてしまうのかということだ。
そもそも技能実習制度とは、「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力を推進する」(技能実習法第1条)を目的とした制度だ。
教科書通りに説明をすると、開発途上国に日本で学んだ技能や知識を持ち帰り、それを生かしてもらおうという国際貢献事業。技能実習法には「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」(第3条第2項)と明確に記されているが、実態は労働力の確保であることは多くの知るところだ。
技能実習の実習実施機関の約6割は従業員19人以下の零細企業。国際協力の推進といった大きな取り組みに寄与する余力があるとは思えない。従業員に対し社長自身が子どもじみたいじめを行う会社から、どのような技能や知識を移転し、国際貢献できるというのだろうか。
帰国したDさんや失踪したBさん、Cさんにもいくつか事情があるにせよ、 本音と建前が交錯する 技能実習制度のしわ寄せを受けている面があることは間違いないだろう。
転職はできないが転籍はできる
撮影:澤田晃宏
Bさんは支援者を通じ、こう訴えている。
「失踪者としてではなく、きちんとした会社で技能実習生を続けたいです」
技能実習生に転職は認められていないが、「転籍」は認められている。受け入れ企業の問題で実習の継続が困難となり、なおかつ実習生が技能実習の継続を希望する場合は、実習生はほかの企業に「転籍」して実習を継続することができるのだ。
監理団体や元の受け入れ企業には転籍を支援する義務があり、外国人技能実習機構も専用ページを設けている。
この転籍がどの程度行われているのか。出入国管理庁に問い合わせるとこう回答があった。
「集計はしていません」
2017年11月に現在の技能実習法が始まって以降、外国人技能実習機構には実習生が企業での実習が困難になった場合などに身を移すシェルターなどの確保を求められている。しかし、現在の技能実習法の施行から約3年たつが、2019年12月末時点でシェルターによる宿泊支援は60人程度。
現在、1万人近い失踪技能実習生がいることを考えると、転籍がうまくいっているとは決して言えない。劣悪な現場に入ったら最後、実質、失踪するという選択肢しかないのだ。
(文・澤田晃宏)
澤田晃宏(さわだ・あきひろ):ジャーナリスト。1981年、神戸市生まれ。関西学院高等部中退。建設現場作業員、出版社勤務、フィリピン・マニラの英語学校勤務(マーケティングマネージャー)などを経てフリー。進路多様校に関する問題、外国人労働者に関する問題を精力的に取材している。sawadaa078@gmail.com