2020年2月4日、メルカリがドコモとキャッシュレス決済サービスで提携することを発表しました。これに先立つ1月23日にはメルカリの子会社、メルペイによるスマホ決済のOrigamiの買収もあり、メルカリはこの数カ月でさまざまな施策を矢継ぎ早に打っています。
メルカリは日本を代表するスタートアップのひとつ。時価総額は3700億円規模と、他の上場スタートアップとは文字通り桁違いです。直近に公開された2020年6月期2Q(2019年10〜12月)の四半期決算でも、売上高は前年比39%の伸びを見せており、着実な成長がうかがえます(図表1)。
「攻めの赤字」と「業績悪化の赤字」
しかしひとたび「利益」に目を向けると、メルカリの別の姿が見えてきます。それは「4期連続の赤字」という事実(図表2)。さらに直近のリリースでは、赤字幅は縮まるどころか拡大しています。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
もちろん一口に赤字と言っても、その意味合いはさまざまですから、そこの見極めは大切です。
大きく分けて、赤字には「攻めの赤字」と「業績悪化の赤字」の2種類があります。
「攻めの赤字」とは売上高以上にガンガン先行投資をして成長スピードを加速させている結果の赤字であり、業績悪化の赤字とは文字通り、儲けが足りない結果の赤字です(本連載第3回を参照)。メルカリの場合、ユーザー数や売上高は着実に伸びていることから、「攻めの赤字」を実践していると言えます。
そうは言っても、メルカリはいつまでも赤字を出し続けていていいのでしょうか?
「赤字」といって思い出すのは、例えば大塚家具のようなケースです。
創業者である大塚勝久氏とその娘である久美子氏の経営方針の違いから、同社に“お家騒動”が勃発したのは2016年のこと。最終的には勝久氏が会社を去ったものの、その後も業績は回復せず3期連続赤字と低迷し、2019年12月にはヤマダ電機から出資を受けて傘下に入ることとなりました。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
同じ「連続赤字」でも、かたや「フリマアプリの雄」として注目されるメルカリと、かたやヤマダ電機の救済を受けた大塚家具。両社の違いはどこにあるのでしょうか?
そもそも、財務状態に黄色信号がともっていることをどうやって判断すればよいのでしょうか?
そこで今回は、メルカリと大塚家具のケースから、企業の「財務の安全性」の見抜き方について考えていくことにしましょう。
企業の健康状態を測る3つのものさし
大塚家具の財務情報からどんなことが読み解けるだろう(写真は有明本社ショールーム)。
Rodrigo Reyes Marin / Shutterstock.com
企業の財務を考える前に、まずは身近な例として家計で考えてみましょう。
「家計が立ち行かなくなる」と聞いて、どんな状況を思い浮かべますか? すぐに思いつく情景のひとつが「借金で首が回らなくなった」というものでしょう。
企業もこれと同じです。多額の借金を抱えたまま返済が難しくなると、経営が立ち行かなくなり、やがて倒産してしまいます。
企業が潰れれば、そこに集うステークホルダーにとっては大ごとです。そうなっては困るので、財務の安全性をしっかりとチェックする必要があるわけです。
「企業の安全性」を見る指標は主に3つあり、どれくらいの期間における安全性を測るのかによって使い分けられます。以降ではまず、その“第1の指標”をご紹介します。
「人に返さなくていいお金」の割合は?
まずは「長期の安全性」から見ていきます。
企業が経営活動を行ううえで必要になる資金は、「いずれ他人に返さなければいけないお金(負債)」と「他人に返さなくてもいいお金(純資産)」の2つから成り立っています(図表5参照)。
- 負債:代表例は借入金。借入金には満期が存在し、満期になると借りているお金を返さなくてはいけない。負債が多いということは将来支払う義務を多く抱えているということ。
- 純資産:株主に払い込んでもらった資金と、過去の利益の積み上げ等を合計したもの。将来に対する支払いの義務はない(株主への配当はこの純資産の中から支払われるが、借入金のように「いつまでにいくら支払わなければならない」といった決まりはない)。
総資産のうち、「他人に返さなくてもいいお金(純資産)」がどのくらいの割合を占めるかを見ることで、財務の安全性を見ることができます。この指標は「自己資本比率」と呼ばれ、次の式で求められます。
ちなみに、本連載第4回をお読みいただいた方は、この自己資本比率の計算式を見て何かを思い出しませんか? そう、実は、自己資本比率は「財務レバレッジ」の逆数なのです。
連載第4回で述べたとおり、財務レバレッジを上げれば、売上も利益も増やさずにROEを上げることができます。しかしそうすると、財務レバレッジの逆数である自己資本比率は下がってしまいます。財務レバレッジとはつまり、財務の安全性を犠牲にしてROEを上げる“諸刃の刃”でもあるのです。
話を元に戻しましょう。
将来の支払い義務が少ないほど自己資本比率は高くなり、財務の安全性が高いと言えます。いわば「借金がほぼない家計」のようなものですね。逆に、負債が多ければ自己資本比率は低くなり、安全性は低いと見なされます。
財務の安全性を見るうえで、自己資本比率はまず注目される大切な指標であり、有価証券報告書にも記載されています。特に信用が必要になる銀行業界では、一定水準以上の自己資本比率を保つことが求められます(これを「バーゼル規制」と言います)。
ビジネスの内容は業界によって変わってくるので、自己資本比率の平均値も業界ごとに異なります。例えば、メルカリが属する情報通信業と、大塚家具が属する小売業の自己資本比率は図表6のとおりです。
(出所)経済産業省「平成30年企業活動基本調査速報-平成29年度実績-」より筆者作成。
では、メルカリと大塚家具の自己資本比率の推移を見てみることにしましょう。
メルカリは平均以下。さらなる赤字に要注意
まずはメルカリです。直近4期分の自己資本比率を見てみると概ね30〜40%前後と、メルカリが属する情報通信業の平均よりも低い水準です(図表7)。
(出所)メルカリ有価証券報告書(「第一部企業情報 第1企業の概況 1主要な経営指標等の推移」)より転載。
気になるのは、2017年6月期が8.1%とかなり低い点です。理由は主に2つあります。1つ目は、この期は40億円強の当期純損失を計上したため、そもそも純資産が前年の85億円強から約43億円へと半減したこと。もう1つは、メルカリは「未払金」を多く計上していることから(メルカリの未払金については第10回で詳述します)、負債がとても多くなっているためです。
負債が増える分、自己資本比率は低くなります。その結果、分母(総資産)は増えて分子(純資産)は減るというダブルパンチで、2017年6月期は自己資本比率が大きく毀損してしまったのです。
ただし、メルカリは翌期に上場を果たし、500億円以上の調達をしています。この結果、2018年6月期の自己資本比率は一気に46.2%へと回復することに成功したというわけです。
なお、同社の2019年6月期の自己資本比率をB/Sから図解すると、図表8のとおりです。
メルカリは4期連続赤字ですが、赤字を計上すると貸借対照表(B/S)で純資産が減り、結果的に自己資本比率が下がって(=純資産が減って)しまいます。このことを分かりやすく概念図にしたものが、図表9です。画像の動きに注目してください。
編集部作成
ちなみに、P/L上で黒字となれば、純資産はその分増えることになります(図表10)。
編集部作成
赤字が続いて純資産が毀損し続け、財務の安全性が下がると「ゴーイングコンサーン(事業の継続性)」に黄色信号が点灯します。上場企業なら株価が下がる可能性がありますし、非上場企業でも銀行から資金を借りられなくなるおそれが出てきます。
上場企業には「上場廃止基準」というものが適用されます。債務超過に陥った場合、概ね1年以内にその状態を解消(原則的には連結貸借対照表による)しないと上場廃止を余儀なくされます(赤字幅にもよりますが、目安としては3期ぐらい連続で赤字になると、構造的な赤字体質の可能性があり、債務超過がちらつきます)。
メルカリも今後何期か赤字を続けたとして、売上やユーザー獲得が伸び悩むようなことにでもなれば……株価にいっそうの悪影響が出てくる恐れがあることには注意が必要です。
大塚家具の自己資本比率の“意外”
では今度は、大塚家具の自己資本比率を見てみましょう。赤字続きで事業が立ち行かなくなってしまった同社の自己資本比率はというと——。
(出所)大塚家具有価証券報告書(「第一部企業情報 第1企業の概況 1主要な経営指標等の推移」)から転載。
赤字を多く計上しているため自己資本比率は年々下がってきているとはいえ、大塚家具の自己資本比率は、驚いたことにメルカリの倍近い水準です。先の図表6で見たとおり、小売業(家具・建具)の自己資本比率の平均値は43.3%ですから、自己資本比率だけを見れば、大塚家具の財務は決して悪くはありません。
では、なぜ大塚家具の自己資本比率はこれほど高いのでしょうか?
最大の理由は、負債のうちの借入金が少ないからです(図表12)。例えば2018年12月期では、総資産209億円のうち借入金はわずか13億円で、負債の多くは「運転資金等(事業を回すうえで必要となる資金)」。おまけに、利益剰余金(過去の利益の蓄積)は約84億円もあります。
(出所)大塚家具の有価証券報告書(2018年12月期)をもとに筆者作成。
今現在はどうあれ、これだけ大塚家具の自己資本比率が高い背景には、これまで堅実な経営をしてきたこと、そのおかげで過去に利益を着実に積み上げてきたという事実があります。
また、借入金が13億円あるとはいえ、これは2018年12月期になって借り入れたものであって、それまでは実質無借金経営でした。借入金を使わずに事業を回し、そのうえで利益も積み上げてきた実績。大塚家具のB/Sを見ていると、これまでの同社のビジネスモデルがいかに素晴らしかったかが分かります。
と同時に、イケアやニトリ、さらにはオンラインショッピングの台頭といったビジネス環境の変化に対応し損ねると、これほどの老舗企業であっても一気に赤字に転落し、救済が必要になることが分かる、怖い事例とも言えます。
ここまでで、自己資本比率というものさしを使ってメルカリと大塚家具の財務状態を見てきました。「攻めの赤字」のメルカリと「業績悪化」の大塚家具と、両社の赤字の意味合いは異なりますが、自己資本比率を見るかぎりでは今のところどちらも致命的な急所はありません。
そこで次回は、財務の安全性を測る“第2の指標”を使って、引き続きメルカリと大塚家具の実態に迫っていくことにしましょう。
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(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。