新型コロナウイルスの感染拡大でエンタメ業界に予想外の逆風が吹いている。興行の中止が相次ぐ中、エンターテイメントを生業とする人々の間には、日々の生活への不安も生まれている。
そんな状況を打開しようと、関西の落語界から新しい動きが始まった。落語会の中止が増える中、自宅にいながらファンに落語を楽しんでもらおうと、若手落語家たちがYouTubeライブでの落語会に取り組んでいる。
若手落語家が企画する「テレワーク落語会」とは
上方で活躍する若手落語家の桂紋四郎さん(桂春団治一門、師匠は3代目桂春蝶:32歳)は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて「テレワーク落語会」と銘打ち、2月24日からYouTubeライブで落語会を開催している。
第3回の27日は、桂あおばさん(桂米朝一門、師匠は2代目桂ざこば:32歳)がゲスト出演。紋四郎さんが「宿替え(粗忽の釘)」「京の茶漬け」を、あおばさんが「たけのこ」「鉄砲勇助」の二席ずつを演じた。
ゲストごとに異なる企画も魅力だ。今回は視聴者からお題を募り、即興で三題噺※を披露した。
三題噺(さんだいばなし):客から適当な言葉やテーマを募り、その中の3つを組み込んで即興で演じる落語のこと
次回のゲスト案も視聴者からコメントで募集。「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングの要領で、その場でゲスト候補に電話をかける。ライブ配信ならではの双方向性も魅力だ。
この日はライブで60人ほどが視聴。二人とも「若手がお客さんを30人集めるのが大変な時代なのに、何十人も見てくださる人がいるのはありがたい」と語る。
Business Insider Japanでは「テレワーク落語会」を始めた経緯や新型ウイルスをめぐる落語界の現状、今後の展望などを紋四郎さんとあおばさんに聞いた。
大阪のワンルームから、パソコン1台でお届け。
Skypeで取材に応じる桂紋四郎さん(右)と桂あおばさん。
Business Insider Japan
——「テレワーク落語会」を思いついたきっかけは。
紋四郎:2月に入って、ちょうどテレワークをする企業さんの話題が報道で出始めたぐらいですかね。若手でつくる上方の伝統文化芸能ユニット「霜乃会(そうのかい)」の中心人物の一人で、講談の旭堂南龍さんとの楽屋での会話がきっかけでした。
南龍さんが「このイベントも飛ぶ(=中止になる)んかなぁ……。そないなったら、俺らもテレワークするしかあれへんのちゃう?(笑)」と。それを聞いて僕が「兄さん、それできますよ!」となって、ネットで落語会を開くことを思いつきました。
別の現場で一緒だった笑福亭呂好さんにもお声がけしてチャレンジしてみたのが24日の初回でした。
配信場所は大阪にある僕の自宅です。ワンルームにパソコン1台。お茶子さんはいないので、「めくり」(出演者名を書いた紙)の準備から膝隠し、見台、小拍子、座布団のセッティングまで出演者自らやっています。
——「テレワーク落語会」で収益化も目指されているそうですね。
紋四郎:YouTubeライブのスーパーチャット機能での「投げ銭」を使えれば良いのですが、まだチャンネル登録者数が少なくて…。まずはチャンネル登録1000人を目指して頑張ろうと思っています。
中には札幌や福岡から応援してくださった方もいらしゃるので、将来的には小さいハコ(会場)になるかもしれませんが各地で会を開きたいです。
興行のキャンセルで厳しい状況の若手落語家を支援しようと思ってくださる方もいらっしゃるので、もしご支援がいただけたら皆さまのご意見も聞きながら使い道を考えていきたいと思っています。
もちろん「投げ銭」をしていただく方が増えたら、出演料も少しは頂戴できるかもしれない。まだ始めたばかりで、頂きすぎるのも……と思いますので、お客様のご意思も伺いながらやっていきたいです。
「家賃や生活費に困る人も出てくる…」
——今回の取り組みのきっかけになった新型コロナウイルスの拡大で、落語界にはどのような影響が出ていますか。
あおば:最近はイベントや落語会のキャンセルが増えていますね。僕は3つ仕事が飛びました。
紋四郎:僕も落語会の仕事が4本なくなりましたね。
あおば:ひと月あたりの仕事は、みなさん大体10〜15本ぐらいだと思います。そのうちの3分の1〜半分ぐらいが飛び始めていますね。
紋四郎:変な言い方かもしれませんが「ギャラのいい仕事」がキャンセルになっていますね。「アテにしていた食い扶持が飛ぶ」という表現が正しいかもしれません。
——出演料が比較的高い単独の落語会やイベントのお仕事がなくなり始めている。
あおば:そうですね、給料の半分くらいか、それ以上がなくなっている方もいらっしゃると思います。
紋四郎:なので、今回の「テレワーク落語会」みたいな輪をどんどん広げていきたいんですね。厳しい時期だけど、全員で乗り切れたらと思っています。
——一般的な相場観で構わないのですが、落語家の1カ月の収入の相場感はどのくらいでしょうか。
あおば:東京と上方で階級制度が異なったり、また個々人のキャリアによっても異なってはくると思いますが、東京の「二つ目」(「真打」の下、「前座」の上の階級。キャリア3〜10数年ほど)ぐらいで、おおよそ20万〜30万円ぐらいだと思います。
紋四郎:「アテにしていた仕事が飛んだ」という方もいらっしゃるので、家賃や生活費だったりに困る方も出てくると思います。
「テレワーク若手落語家グランプリ」もやります
「テレワーク落語会」に取り組む上方落語家の桂紋四郎さん(右)。この日のゲストの桂あおばさんと一緒にポーズをとる。「厳しい情勢ですが、みんなで乗り越えることができたら」と語る。
Business Insider Japan
——「テレワーク落語会」をやってみて、ファンや業界内の反応は。
紋四郎:もともと応援していただけているファンの皆さんからご好評をいただいています。大阪や東京といった大きな都市だけでなく、それ以外の方にも自分たちの存在を知って頂ける機会にもなりました。
「テレワーク落語会」をきっかけに北海道の方にも知っていただけた。僕たちの方が「これって、こんなに皆さんに喜んでもらえるイベントなんだ」と逆に驚いたくらいでした。
師匠(桂春蝶)からもお電話いただいて「面白いことしているね」と言っていただけました。寄席の天満天神繁昌亭の楽屋でも「兄さん、あれどないなってますの! 僕も出ししてくださいよ!」みたいな会話も生まれています。
耐え忍ぶと言ったらおかしいかもしれませんが、みんなで面白いことしながら、お客さんにも喜んでいただき、落語家の芸の肥やしにもなればいいなというのが目下の目標です。
—— 実際にYouTubeライブで演じてみた感想は。
あおば:お客さんが目の前にはいないので、たしかにいつもの稽古みたいな感じはありますね(笑)。
紋四郎:僕は死ぬほど緊張しています(笑)。寄席とはまた違った別の違った緊張感がありますね。今日やった「京の茶漬け」も、変なところで噛んでしまいましたし……。
あおば:僕なんか上(かみ)下(しも)を間違っちゃいましたもの(笑)
紋四郎:それでもめっちゃ楽しいですね。いつもとは違った種類の開放感があります。なんかわからんですが、楽しいですわ(笑)。
—— ネットを通じた新しい取り組みで、ファンの裾野が広がることはいいですね。
紋四郎:上方は落語の協会が一つだけなので、新しいことに柔軟に対応できる土壌があるというのも大きいかもしれません。挑戦を楽しむ気風がある。
いまは上方落語界も勢いがあり、今回の「テレワーク落語会」のように、若手の仲間同士でアイデアを出し合って色々な挑戦をしようという環境がありますね。
今週末にはYouTube上で「テレワーク若手落語家グランプリ」を企画しています。朝から夜まで、落語家がいっぱい出演します。さらにSNSなどを通じて応援や人気投票を集ったりできたらいいなと。その日、ご支援いただいたお金を賞金にしたりとかも考えています。
厳しい状況ですが、それでも支えてくださるお客さまはいらっしゃる。情勢が落ち着いて、みなさんに生の落語をたっぷりお聞かせできるようになるまで、みんなで乗り越えていこうと思います。
相次ぐ興行中止、エンタメ業界に広がる「暮らし」の不安
政府のイベント自粛要請を受け、急きょ公演を中止したPerfume。東京ドームには多くのファンが集まっていた。
撮影:大塚敦史
新型コロナウイルスをめぐっては、政府は2月26日、今後2週間の大規模なスポーツ・文化イベントについて開催中止、延期、規模の縮小などを求める自粛要請を発表した。
大規模なイベントや大物アーティストのコンサートのみならず、数百人規模の落語会など伝統芸能の興行、クラシックのコンサートでも延期や中止も相次いでおり、当事者たちからは不安の声がでている。
主催者やアーティストなどの中には、クラウドファンディングでの支援を模索する動きもあるが、2月26日までに明確な方針を示さなかった行政に対して、不満を募らせたり、十分な補償がないことに戸惑う人もいる。場合によっては、生業を失いかねない状況になりつつある。
落語の世界も情勢は厳しそうだ。東京・豊島区などは人気落語家の春風亭一之輔、橘家文蔵、三遊亭白鳥、柳家喬太郎の4人が出演する「ハレザの落語」を28日に予定していたが、このほど中止を決めた。
国立演芸場も3月15日まで公演中止が決まり、同演芸場で3月11〜15日に予定されていた人気講談師・神田伯山の真打昇進披露興行も開催見送りとなった。こうした例は各地で相次いでいる。
自治体などが主催する落語会のみならず中・小規模の落語界の中止が相次ぐことで、個人事業主である落語家などは収入源が大幅に減る心配がある。主催者側も会場のキャンセル費用などを全額負担する場合があり、関係者からは「落語ブームの冷水になるのでは…」と不安の声も出ている。
(取材、構成、文・吉川慧)