前回は、企業の財務状態の安全性を測る「自己資本比率」という指標を使って、「攻めの赤字」を出しているメルカリと「業績悪化の赤字」を出している大塚家具を調べてきました。
結果分かったことは、業績が悪い大塚家具の方がメルカリよりも自己資本比率が高いという、意外な事実。このことからも察しがつくとおり、財務の安全性を見極めるうえでは、自己資本比率を確認するだけでは十分とは言えません。
そこで今回は、自己資本比率に続く第2の指標を使って、引き続きメルカリと大塚家具の財務状態を探っていくことにします。
会社が立ち行かなくなる2パターン
経営の行き詰まりにより、2018年12月にヤマダ電機の傘下に入ることになった大塚家具。ですが前回見てきたとおり、経営状態が思わしくないわりに、同社の自己資本比率は約60%(大塚家具が属する業界の自己資本比率の平均値は43.3%)と、悪いどころかかなり良い水準でした。
「業績が悪いのに自己資本比率が高い」最大の理由は、借入金が少ないこと。2018年12月期では、総資産209億円のうち借入金はわずか13億円、おまけに約84億円もの利益剰余金(過去の利益の蓄積)もあります。
(出所)大塚家具の有価証券報告書(2018年12月期)をもとに筆者作成。
このカラクリは、家計に置き換えてみれば分かります。たとえ借金がなかったとしても、月々の収入を上回る出費があれば、いずれ家計は立ち行かなくなってしまいますよね。
企業も同じ。借金があまりなくても(=自己資本比率が高くても)、日々の業務に必要な資金を手当てできなければ企業はいずれ潰れてしまいます。
よく「会社が潰れる」というと、多額の負債を返しきれなくなったのかと想像する人が少なくありませんが、たとえ借金を抱えていなくても、日々の資金繰りに失敗すれば会社は倒産してしまうのです。
ここで簡単に整理しておきましょう。企業が立ち行かなくなるパターンは、大きく分けて次の2つです(図表2)。
- 借金を多く抱えすぎて返済が滞るパターン
- 日々の事業に必要な資金が工面できなくなるパターン
前回お話しした自己資本比率は、「(1)借金を多く抱えすぎて返済が滞るパターン」に関して調べる指標でした。そこで今度は、「(2)日々の事業に必要な資金が工面できなくなるパターン」を見抜く方法について考えていきましょう。
現金化しやすいものほど重宝される
ここで簡単な質問です。
仮にあなたが、銀行口座に預金20万円と、10万円の値打ちがある腕時計を持っていたとします。そこへ30万円のクレジットカードの引き落としを予告するメールが届きました。さて、あなたならどうしますか? 銀行口座の残高だけでは足りません。この場合、おそらく多くの人が腕時計を売って不足分を用立てることを考えるでしょう。
このように急にお金が必要になった時、「10万円の預金」を持っているのと「10万円の価値がある腕時計」を持っているのとでは、役立ち度がまるで違います。預金ならばすぐに支払いの算段がつきますが、腕時計は換金するまでに時間がかかってしまいます。そうこうしている間に支払いの期日が来て……これがもし企業なら、資金ショートであえなく倒産です。
ここで話を企業の財務に戻しましょう。
貸借対照表(B/S)の「資産」と「負債」の内訳を見てみると、換金性の高いものとそうでないものとで区別することができます。現金化しやすい資産のことを「流動性が高い資産」と表現します。
ざっくりですが、1年以内に換金できる資産は「流動資産」、換金に1年以上かかる資産は「固定資産」。負債も同様に、1年以内に支払い期日が到来するものを「流動負債」、1年以上先に支払い期日が到来するものを「固定負債」と呼びます(図表3参照※1)。
- 流動資産:1年以内に換金できる資産(※2)。現預金や売掛金、商品など。
- 固定資産:1年超保有する資産。長期保有目的の有価証券や不動産(※3)など。
- 流動負債:1年以内に支払い期日が到来するもの。買掛金、未払金、未払費用、短期借入金など。
- 固定負債:1年以上先に支払い期日が到来するもの。長期借入金など。
※1 正式には、資産の部は「流動資産」、「固定資産」の他に「繰延資産」を加えた3分類で表示されますが、本稿では説明を簡略化するため繰延資産に関する記載は省略しています。
※2 厳密に言うと、流動資産(負債)か固定資産(負債)かの区分は、正常な営業サイクルにあるものかどうか、という判断基準も合わせて決まります(正常な営業サイクルにあるものは流動に区分)。
※3 なお、マンションデベロッパーは不動産そのものを販売するため、正常な営業サイクルにある在庫として、不動産が流動資産に計上されます。
財務の健康状態を測る“第2の指標”
銀行預金(流動資産)が20万円あり、クレジットカードの支払い(流動負債)が10万円なら、預金の範囲内で支払いを済ませることができるので安心ですね。しかしカードの支払いが25万円だったら、預金残高で賄うことができないので困ったことになります。
このように、「流動負債」に対して「流動資産」がどのくらいあるかを見る指標を「流動比率」と言います。流動比率は1年以内の資金繰りの状況を把握するためのもので、流動比率が高いほど財務の安全性が高いと言えます。計算式は次のとおりです。
先ほどの例は個人のクレジットカード払いでしたが、企業の場合も、もし流動資産を上回る流動負債を抱えていたら(=流動比率が100%を切っていたら)大問題です。短期的な支払いが立ち行かなくなるため、運転資金を借り入れるなどして資金繰りに走らなければいけなくなります。それが失敗すれば倒産の憂き目に……。
だからこそ、流動比率は常に余裕を持っておく必要があるのです。
流動比率も業界によって異なりますが(図表4)、一般的には「150%以上」の水準が望ましいと言われています。
(出所)中小企業庁「平成30年中小企業実態基本調査(平成29年度決算実績)確報」より筆者作成。
流動比率で分かる、大塚家具の意外な一面
では、メルカリの流動比率を見てみましょう(図表5)。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
2017年6月期までは目安である150%を切っていた流動比率が、2018年6月期には大きく改善しています。2019年6月期では250%近くあり、かなり余裕があることが分かります。
ちなみに、2018年6月期に流動比率が大幅に改善しているのはなぜだか分かりますか? 実はメルカリはこのタイミングで上場し、株式を発行しました。そのため約570億円ものキャッシュ(現金)が入ったのです。
では次に、大塚家具の流動比率を見てみましょう(図表6)。流動比率は下落傾向にあるものの、安全性のひとつの水準である150%を超えています。ヤマダ電機に助けを求めるほどの窮状のわりには、実は大塚家具の流動比率はそれほど悪くはありません。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
赤字続きだけれど調子がいいメルカリと、赤字続きでヤマダ電機の傘下に入った大塚家具。その違いは何なのか——。前回から「自己資本比率」と「流動比率」という指標で両社の安全性を見てきましたが、これまでのところ、まだ致命的といえるような差異は見つかっていません。大塚家具が抱える“病巣”は、どうやったらあぶり出せるのでしょうか?
次回は、財務の安全性を測る“第3の指標”について詳しく見ていくことにしましょう。
応募フォームが表示されない場合はこちら
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。