赤字続きだけれど調子がいいメルカリと、赤字続きでヤマダ電機の傘下に入った大塚家具。どちらも「赤字続き」という点は同じはずなのに、この差はどこから来るのか——。前々回は「自己資本比率」、前回は「流動比率」という指標で両社の財務の安全性の違いを探ってきましたが、まだ決定的にこれだと言える原因には行き当たっていません。
そこで今回は、財務の安全性を測る“第3の指標”を使って、メルカリと大塚家具の財務の実態をさらに探っていきましょう。
財務の健康状態を測る“第3の指標”
前回、貸借対照表(B/S)の「資産」は1年以内に換金できるかどうかで「流動資産」と「固定資産」に分けられる、とお話ししました。この流動資産のうち、より現金化しやすい資産のことを「当座資産」と呼びます。
- 当座資産:流動資産の中でも特に現金化しやすい資産。現金や預金、受取手形、売掛金など。
前回の「流動資産/固定資産」の説明で、換金性が高い資産ほど(つまり固定資産よりも流動資産の方が)、急にキャッシュ(現金)を用立てなければならなくなった時に役に立つ、とお話ししました。さらに言えば、流動資産の中でもより現金化しやすい「当座資産」を多く持っているほど、資金繰り面における安全性は高くなります。
このことを調べるのに役立つのが、財務の安全性を測る第3の指標、「当座比率」です。当座比率は「流動負債」に対して「当座資産」がどのくらいあるかを見るもので、短期間の資金繰りにどの程度耐えられるかを把握する際に使われます。
当座比率も業界によって水準は異なりますが(図表1)、目安としては「100%」を超えているのが望ましいとされています。
(出所)中小企業庁「平成30年中小企業実態基本調査(平成29年度決算実績)確報」より筆者算出。
メルカリはかなりの「キャッシュ」持ち
では、メルカリと大塚家具の当座比率を見ていきましょう。まずはメルカリからです。比較しやすくするため、前回検証した流動比率も合わせて記載したものが図表2です。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
このグラフから分かるとおり、メルカリの流動比率と当座比率はほぼ一致しています。ということは、メルカリの流動資産の大半は換金性の高い当座資産で構成されているということです。
念のため、同期間におけるメルカリの流動資産の内訳を確認しておきましょう(図表3)。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
このように、メルカリの流動資産はほとんど「現金及び預金」や「未収入金」といった当座資産を中心に構成されていることが分かります。それにしても、メルカリは赤字を計上し続けているにもかかわらず、「現金及び預金」は減るどころかむしろ年々増えているのが印象的です。
大塚家具の急所、ついに発見
では続いて、大塚家具の当座比率はどうでしょうか。こちらも流動比率と合わせて見てみると——。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
なんということでしょう。前回見てきた流動比率は200%超えと優良に見えた大塚家具の財務状態でしたが、当座比率では一転、2016年12月期を境に100%を切ってしまっています。これは明らかな危険サインです。
こうも如実に危険サインが出ていると、何が原因なのかが気になりますね。流動比率と当座比率は、分母はどちらも流動負債で同じ。ということは、鍵を握っているのは分子である「流動資産」と「当座資産」の違いということになります。
図表5は、大塚家具の流動資産の内訳の推移です。大塚家具の流動資産のうち「当座資産」に当てはまるものは、「現金及び預金」「売掛金」「受取手形」の3つです。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
先ほどのメルカリの例に比べ、現金及び預金や売掛金の比率は少ない代わりに、「商品」が半分以上を占めているのが一見して分かります。
もちろん大塚家具のような小売業者は、ビジネスをするうえで多くの商品を在庫として抱える必要があります。ですから商品を多く抱えていること自体が必ずしも悪いわけではありません。ですが——。
商品は受取手形や売掛金に比べると換金性(流動性)がそれほど高くありません。加えて、商品は価格が安定しないというデメリットもあります。
例えば、受取手形は銀行に持ち込むことで、数%の手数料を払えばキャッシュに換えてもらうことができます。売掛金も、ファクタリング業者のような売掛金を購入してくれる業者に持ち込めば手数料を支払うことでキャッシュに換金してもらえます。
では、商品はどうでしょうか。よく小売店が「在庫一掃セール!」などと謳って、数十%の値引きを行っている光景に出くわすことがありますね。ただし、値下げをしたからといってすぐに売れるとは限りません。
また、仮に「資金繰りが苦しくなったから同業他社のA社にうちの商品をまとめて買ってもらおう」と思っても、A社はすんなりとこちらの言い値で買ってくれると思いますか? まず間違いなく足元を見られるでしょう。
実際、経営状況や資金繰りが苦しくなって在庫等を売らざるを得ないような状況を、金融用語では「ファイヤーセール」と言います。経営に苦しくなった金融機関や国内からの撤退を余儀なくされた海外の金融機関が、窮余の一策で、流動性がそれほど高くない手持ちの有価証券や金融商品を他社に売るような状況がこれに当てはまります。
このように、当座資産以外の流動資産は、換金したくても簡単に売れなかったり、売れたとしても大幅の割引が必要だったりします。そのため、資金繰りを短期的に手当てするうえでは、当座資産以外の流動資産は当座資産よりも不利なのです。
“お家騒動”の裏でキャッシュが半分以下に
図表5では、2016年12月期にも注目してください。このタイミングで、大塚家具の「現金及び預金」は前年比で半分以下に目減りしています。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
まさにここにこそ、先の図表4で大塚家具の当座比率のグラフがガクンと下がり100%を切ってしまった原因があります。なぜこんなにもキャッシュが減ったかといえば、大塚家具は2016年12月期に46億円近くの赤字を計上しているからです(図表6)。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
2016年12月期といえば、大塚家具の社長交代劇があった期です。父・勝久氏が続けてきた超高級家具の路線を踏襲するか、ライバルであるイケアやニトリを意識した、娘・久美子氏が標榜する中価格帯路線へと変更するか。経営方針の違いをめぐって両陣営は激しく火花を散らしましたが、最終的には株主総会で久美子氏の路線が支持され、勝久氏は会社を去ることとなりました。
このような混乱期にあったがゆえとはいえ、大塚家具はなぜ46億円近くの赤字を計上せざるを得なかったのでしょうか? そして、事ここに至って、なぜヤマダ電機の傘下に入らざるを得なくなったのでしょうか?
実はこれらの疑問は、貸借対照表と損益計算書に並ぶ第3の財務諸表、「キャッシュフロー計算書」を読み解くことで謎解きができます。その点については次回、詳しく見ていくことにします。
財務の“病状悪化”の3段階
さて、本稿を終える前に、本連載で3回にわたりお話ししてきた「財務の安全性」の分析について、ポイントをおさらいしておきます。
一口に「財務状態が危ない」と言っても、企業の財務状態はその症状によりいくつかの段階に整理することができます。
- 自己資本の減少(要経過観察):P/Lで赤字が続いて自己資本が減り、借入を増やしすぎて自己資本比率が下がっている状態。借入金の満期が間近に迫っていなければまだ大丈夫だが、満期が近ければ一気に危篤状態になる恐れも。自己資本を回復させるという意味では、借入ではなく増資や利益の獲得が必要。
- 債務超過(重症):P/Lで赤字が続いた結果、資産よりも負債が多い状態(図表6参照)。全資産を売却しても負債を返済できないほどなので、症状はかなり重い。ただし、手元にキャッシュがそれなりにあれば延命は可能。増資をするか、利益を稼いで自己資本を充実させることで危機から脱せられる見込みあり。
- 資金繰りの危機(危篤):借入金が多く満期が近づき返済が難しい((1)が悪化したパターン)、日々の事業で必要な資金が手当できずに火の車になる、などの理由から資金繰りが苦しくなっている状態。本当に資金がショートすると倒産してしまうので、そうなる前になんとしてでも資金調達が必要。
そして、一見健康そうに見える企業が上のような症状に陥っていないかをチェックするためのツールが、自己資本比率(本連載第6回で詳述)、流動比率(同第7回)、当座比率(今回)の3つの指標というわけです。
ここまで分かれば、「財務の安全性」についての理解はだいぶ進んだと言えるでしょう。
以上のおさらいを踏まえたうえで、次回は2015年以降に大塚家具に起きた“波乱の経営ドラマ”を、同社のキャッシュの動きを見ながらたどっていくことにします。
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(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。