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「中国の政策は本当に素晴らしいのよ。子どもを見てくれる人がいない場合、両親のどちらかが必ず在宅勤務などで家にいられるようになっている。国が会社に指示しているからね。
日本はこんなに感染が広がっているのに、学校や託児所を開放するっていうのは、おかしいんじゃない?自分だったら責任を取りきれない」
新型コロナウイルスによる肺炎が拡大した1月下旬以降、中国の旧友から連絡が激増している。
当初は私が「大丈夫?」「何かできることある?」と聞いていたのが、2月下旬に入り、中国で感染抑え込みの効果が現れ始めると、数年連絡を取っていなかった友人たちが急にメッセージを送ってきて、「家から出るな」「中国ではこうしている」と助言してくれることが増えた。
悲しいが、中国人たちは、ウイルスとの戦いの主戦場が日本に移ったと見ているのだろう。
感染者4人でも1カ月以上閉鎖
中国は2月下旬に新学期を迎える予定だったが、まだ再開されていない(2月22日、武漢)。
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冒頭の言葉の発言主は、中国・大連市で民間学童保育を経営する張春苗さんだ。中国の学童は補習塾の機能も備えていて、子どもを中国の現地校に通わせていた私にとって、なくてはならない存在だった。そして新型肺炎の影響で、集合住宅の一角にある張さんの教室は、1カ月以上閉鎖されている。
人口約600万人の大連市では、新型感染者は4人にとどまっているが、対策はむしろ強化されている。2月26日には、日本を含む海外からの入国者は、空港や港で専用通路を通り、市などが手配した車で自宅やホテルに移動することが義務付けられた。
張さんは、中国に比較して、日本の対応の遅さと緩さが気になって仕方がない。というのも、長男の勇さん(仮名、24)が2019年9月から日本に留学しているからだ。
勇さんは、日本の大学院進学を目指し東京の日本語学校で学んでいる。2月末時点で平常授業が続いており、政府の「休校要請」の対象にもなっていない。
勇さんにも話を聞いた。
中国人学生たちは学校側に休講を求めているが、「学校だけの判断で休みにすることは難しい」と回答された。留学生は出席率や成績が悪ければ、「留学の目的を果たしていない」と見られ、ビザの更新ができない恐れもあるだけに、不安を押して登校しているという。
勇さんは、学校のルールと中国の親の心配の間で板挟みになっている。
冬休みに対応を考えられた
湖北省以外の1日の感染者は一桁まで減ったが、中国は非常時モードが続いている(2 月18日、上海の鉄道駅)。
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中国で新型肺炎の深刻さが共有されたのは、春節直前の1月20日前後だった。
日本では「帰省スルー」なる言葉も生まれているが、中国では若い人も含めて、故郷で春節を過ごす習慣が強い。加えて最近は、海外旅行をする家族も増えている。
中国政府はウイルス大移動を抑えるため、1月23日に武漢を封鎖したのに続いて、中国全土で人の集まる施設を公共、民間問わず閉鎖した。その中には子どもの習い事や塾も含まれていた。
政府が唐突に小中高校に対し一斉休校を要請し、共働き世帯を中心に、阿鼻叫喚の大混乱が起きている日本に比べると、中国の家庭は施設の閉鎖や外出制限を比較的冷静に受け止め、従った。それにはいくつかの要因がある。
一番大きいのは、学校が冬休みに入っており、さらに社会全体が春節という大型連休を迎える中での措置だったため、家庭も企業も「考え、対処する時間」が与えられたことだろう。
武漢のパンデミックが大きく報じられ、他の地域の人が「武漢のようにしてはいけない」と危機感を強く持ったことも、非常事態を受け入れやすい素地になった。
予定変更に慣れている中国
また、日本人の私の目には、中国が共働きが前提の社会で、さらに予定変更が日常茶飯事のため、社会全体が不測の事態に臨機応変できるよう訓練されているようにも映った。
私は中国で武術を習っていたが、近所の幼稚園に子どもを預けている男性師匠は、幼稚園の放課後のチャイムが聞こえると、レッスンを一方的に切り上げて小走りに去って行った(そもそもレッスン開始時間が毎回適当だった)。運動会はなぜか前日にしか日程の連絡が来ないのだが、ほとんどの家族が見に行っていた。
習い事も月謝ではなく、1回あたりで精算するところが多かった。経営側からすれば不安定そのものだが、親にとっては柔軟なシステムだった。
私の息子は大連で暮らしていたころ、張春苗さんの学童保育に2年通っていた。仕事が早く終わって自分で子どもを見られるときは、下校時間までに連絡すれば、その日の費用は払う必要がなく、月の終わりに通った日数分の学費を払う仕組みだった。
終業式前日になって、学校が「講堂が使えなくなった」と延期したり、担任の先生から「そういえば明日は教員研修だから休校」と夜に連絡が来ることもあった。学校が突然休みになると、張さんに慌てて電話をした。張さんは「他のお母さんからも電話来たよ。じゃあ朝から教室を開けるから、連れておいで」と応じてくれた。当初は1人で阿鼻叫喚だったが、周囲が平然としているので、だんだん慣れてしまった。
学校再開は延期、オンラインで授業
北京の清華大学でもオンライン授業が導入されている。
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今の日本を思えば、中国は冬休みと感染拡大が重なり、急な休校措置が必要なかったのは不幸中の幸いだったと言える。
とはいえ、子どもの習い事や託児所の閉鎖は既に1カ月を超え、なお先行きは見えない。学校は本来、2月末に新学期を迎えるが、再開は延期されている。貴州省が2月28日、全国で初めて、「3月16日から中学3年生と高校3年生の授業を学校で再開する」と発表したのを皮切りに、受験生から段階的に学校が再開していくと見られている。
日本ならば受験生は言うに及ばず、多くの子どもが行き場を失うような状況だが、張さんは「オンラインで代替しているから大丈夫」と言い切った。100人近い小学生を預かっている彼女の学童も、春節明けからアリババのリモートワークアプリ「DingTalk(釘釘)」を導入し、オンライン補習を展開している。
外出できない市民を助けたIT企業
春節で施設が閉鎖されたとき、休暇中にもかかわらず一気に動き出したのがIT企業だ。
映画館が営業停止となり、春節に封切り予定だった映画が公開延期になると、ショート動画アプリTikTokを運営するByteDance(字節跳動)は、自社が運営する複数の動画プラットフォームで、人気映画作品を無料で配信した。
バイドゥ(百度、Baidu)傘下の動画プラットフォームiQIYI(愛奇芸)も、武漢市に人気テレビドラマの配信ライセンスを寄付した。
オンライン英会話などを提供するエデュテック(edutech)企業は、自社のサービスを無料開放し、大学生のボランティアによるオンライン家庭教師のようなサービスも現れた。
2月に入り、企業活動が徐々に再開すると、アリババやテンセントが、リモートワークを支援するプラットフォームを開放。1000万社にサービスを無償提供すると発表したアリババのDingTalkは2月上旬、アップルのアプリストアのダウンロード数がWeChat(微信)を抜いて首位になった。ユーザーの急増で一時は接続が不安定になり、アリババはサーバーの増強にも追われた。
教育機関にも保護者にもメリット
元々ライブ配信が普及していたこともあり、さまざまなレッスンがオンラインで提供されるようになった。
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新型肺炎対策としてオンライン教育を推進する中国教育部(文部科学省に相当)も、遠隔会議システムや出勤管理機能を備えたDingTalkに着目し、推奨アプリに指定したことで、教育機関や保護者もアプリを使うようになった。
前出の張さんは今、自宅からオンラインで課題を配布し、提出されたものを採点して送り返している。授業やレクリエーションもスマホからライブで行う。
張さんは生徒離れや収入減を防ぐことができ、保護者にとっても、子どもの学習リズムを維持できることで、心の拠り所になっている。
大学や高校もIT企業と連携し、新学期は当面遠隔授業で対応する。アリババジャパンによると、東京の日本語学校でもDingTalkの導入が始まったという。
冬休み奪われた小学生は怒り
だが、ITの教育現場への普及を、皆が歓迎しているわけではない。
2月中旬、アップルストアでDingTalkのレビューが急落した。それまで5段階評価で4.5以上だったのが、「1」の低レビューが急増し、平均値も2を割ってしまったのだ。
低評価をつけたユーザーの正体は「小学生」だった。
それまでオンラインでアニメやゲームを楽しんでいた子どもたちは、オンライン授業システムの整備によって、再び大量の宿題に追われる生活に引き戻された。冬休みを取り上げられた子どもたちは、怒りをレビューにぶつけ、「1」の評価と恨み言を書き込んだ。
これに対して保護者たちは、レビューに「5」をつけ、「小学生よ、文句があるならここではなく先生や教育局に言いなさい。レビューを取り下げなさい」などと応戦し、大人と子どもの場外戦が繰り広げられている。
実は私も2月中旬、子ども用のパソコンを購入し、オンライン授業を提供している予備校に申し込んだ。子どもがそれを歓迎しようがしまいが、親とはそういうものなのだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。現在、Business Insider Japanなどに寄稿。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。