前回までで、企業の安全性を測るものさしとして「自己資本比率」「流動比率」「当座比率」という3つの指標を見てきました。その結果分かったことは、大きく次の2つでした。
- メルカリも大塚家具も、自己資本比率と流動比率はどちらも悪くない
- 大塚家具は流動資産の換金性が低く、当座比率は100%を下回っている
大塚家具は事業が立ち行かなくなり、2019年12月にヤマダ電機の傘下に入ることが発表されました。「赤字続き」という点ではメルカリも同様なのに、いったいどこに違いがあるのでしょうか?
その謎は、「キャッシュ(現金)の流れ」を見れば解くことができます。そこで今回は、大塚家具のキャッシュの流れを時系列で追いかけながら、同社の経営がどのようにして苦境に陥っていったのかを見ていくことにしましょう。
「利益」と「キャッシュ」は別物
大塚家具の財務状況がいかにして低迷していったのか、その謎を解くための“切り札”となるのが「キャッシュフロー計算書(C/S:Cash flow Statement)」と呼ばれるものです。
C/Sは文字通り、現金(キャッシュ)の流れ(フロー)を示したもの。本連載でこれまでに登場してきた貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)にこのC/Sを加えて、「財務三表」と呼ばれます。
C/Sを理解するうえで決定的に重要なことは、P/LとC/Sでは計上するタイミングに違いがある、ということです。
P/Lは、費用の支払いをまだ行っていなくても、取引が発生した時点で費用を認識します(これを「発生主義」と言います)。収益については、実現したタイミングで計上します(これを「実現主義」と言います)。これに対してC/Sは、あくまでキャッシュの入出金のタイミングで計上します。
このことを、簡単な例を使って考えてみましょう。
例えば、ある企業が期初に1000万円かけて設備投資をしたとします。設備の使用年数は5年、この設備投資によって毎年500万円の売上が見込めると仮定します。この場合の利益とキャッシュの動きを示したものが図表1です。
この事例では、初年度の売上により500万円のキャッシュイン(キャッシュの入り)がある一方で、期初に行った投資により1000万円のキャッシュアウト(キャッシュの出)もあります。C/Sベースでは初年度はマイナスの500万円でスタートし、2年目以降は毎年500万円のキャッシュが入ることになります。
一方P/L上では、1000万円は全額一気に費用を計上するのではなく、5年に分けて分割して費用化していきます(このような調整を「減価償却」と言います)。P/Lベースでは毎期300万円が利益として計上されます。
単年度で見ると利益とキャッシュの動きは確かに異なりますが、5年分を通して見ると最終的には獲得する利益とキャッシュの額は一致します。
このように、P/Lとキャッシュの動きは根本的に異なります。C/Sを学ぶ際、慣れないうちはよく「利益」と「キャッシュ」の違いが分からず混同してしまうことがありますが、このような簡単な例でも、両者の動きはまったく違うということがお分かりいただけるでしょう。
C/Sを構成する3要素
C/Sは一見複雑そうですが、ここで覚えておいていただきたいことはごくシンプル。C/Sは「営業活動によるキャッシュ・フロー(営業CF)」「投資活動によるキャッシュ・フロー(投資CF)」「財務活動によるキャッシュ・フロー(財務CF)」という3つの要素から成り立っているということです。それぞれの要素について、簡単に説明します。
(1)営業活動によるキャッシュ・フロー(営業CF)
営業CFとはその名の通り、本業の営業活動から得られたCFです。売上を通じてキャッシュを獲得した場合は、営業CFはプラスになります。一方で、仕入れや給料等の支払いをすることでキャッシュが出ていくと、営業CFはマイナスになります。
筆者作成
(2)投資活動によるキャッシュ・フロー(投資CF)
投資CFとは、設備投資や資産の売却によるCFのことです。工場を売却したり有価証券を売ったりするとキャッシュが入ってくるので、投資CFはプラスになります。反対に、工場を建てたり出資をしたりすることでキャッシュが出ていくと、マイナスになります。投資をしたらキャッシュが減るので、直感的にイメージしやすいでしょう。
筆者作成
(3)財務活動によるキャッシュ・フロー(財務CF)
財務CFとは、資金の調達や返済によるCFのことです。銀行借入をしたり株式で資金調達をしたりするとキャッシュが増えるため、財務CFはプラスになります。他方、借入を返済したり、自己株買いをしたりするとキャッシュが減ることから、財務CFはマイナスになります。
筆者作成
以上がC/Sを構成する3つのCFの特徴です。ここでは、キャッシュの増減が営業活動によるものなのか、投資活動を通じてなのか、はたまた財務活動によるものなのかをざっくりイメージできれば大丈夫です。
キャッシュの動きで見る8パターン
ここまで見てきた営業CF、投資CF、財務CFはそれぞれプラスになる場合とマイナスになる場合がありますから、パターン分けをすると合計8通りが考えられます。この8つのパターンのどれに当てはまるのかによって、企業が今どのような財務状態にあるのかを大まかに把握することができます(図表5)。
いよいよ本題、大塚家具のC/Sをチェック
C/Sの見方が分かったところで、今度は実際に、大塚家具のC/Sを見ていきましょう(図表6)。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
このC/Sのグラフの形を見るだけで、大塚家具の財務状態が年々悪化していく様子が手にとるように分かります。どういうことかというと——。
2015年12月期:堅調な経営状況「安定型」
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
この期は、先の8つのパターンでいうところの「(1)安定型」です。営業CFはプラスで本業でも稼げており、その稼ぎの範囲内で投資CFのマイナスを補っています。このケースでは、営業CFの余剰分のほか手持ちの現預金も加えて返済(財務CFのマイナス)を行っています。
筆者作成
しかし、懸念材料も垣間見えます。図表6には描かれていませんが、営業CFは前年の2014年12月期よりも少なくなっています。これはつまり、本業でキャッシュを稼ぐ力が弱まってきているということ。2015年当時は競合であるニトリやイケアが伸びてきていたこともあり、経営の見直しのタイミングだったとも言えます。
2016年12月期:これまでの蓄積で再起図る「過去取り崩し型」
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
前期から一転して、この期は営業CF、投資CF、財務CFすべてがマイナスになっています。これは8つのパターンでいうところの「(8)過去取り崩し型」に当たります。
筆者作成
営業CFも投資CFもマイナスと、ただでさえキャッシュの流出が多いにもかかわらず、さらに財務CFをマイナスにして返済に努めています。これは、過去に蓄えてきた現預金の余裕があるからこそ使える打ち手と言えます。
ここで、前回をお読みいただいた方なら、大塚家具のキャッシュが2016年12月期に大きく減ってしまっていたことを記憶しているかもしれません。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
2016年12月期といえば、大塚家具の社長が交代したタイミングです。この時期に営業体制を変え、既存事業の直しを図ることで、本業の営業CFはマイナスに。一方で投資を積極的に行い、返済も行ったことで、この期は71億円ものキャッシュが減ったことがC/Sから分かります。
2017年12月期:資産の切り売りで打開目指す「リストラ型」
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
前期に経営の刷新と体制の立て直しを図ったものの、この期になるとさらに状況に変化が見られます。営業CFと財務CFは引き続きマイナスであるものの、投資CFは大きくプラスに。これは「(7)リストラ型」です。
筆者作成
本業で収益を上げる道筋が見出せないなか、資産を切り売りしてキャッシュを捻出することで本業の不振を補おうとしている状況です。一方で返済も進めていることから、まだ外部から資金調達をするほど苦しくはなっていないことが読み取れます。
ここで、本連載第6回で見てきた大塚家具の当期純損益の推移に、同社の現金期末残高(C/Sに記載されている「現金及び現金同等物の期末残高」)を重ね合わせてみましょう(図表8)。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
2017年12月期の決算で大塚家具は72.6億円もの当期純損失を計上しました。にもかかわらず、この期間にキャッシュは20億円程度(38.5億円−18.1億円)しか減っていません。
赤字額に比べて現金及び預金の減少額が少ないのはなぜか—— B/SとP/Lを見ただけではその疑問は解けませんが、C/Sを見れば一目瞭然。投資CFが約30億円のプラスであることから、資産を切り売りして30億円分のキャッシュを得ていたのだと分かります(※1)。
ちなみに、投資CFの内訳を見れば、大塚家具がどんな資産を売って30億円ものキャッシュを捻出したかが分かります。なんと、投資CFのほとんどを占めるのが投資有価証券です(図表9)。まさにこの期は、これまで蓄積してきた資産を取り崩すことでなんとかキャッシュを捻り出したという状況です。
(出所)大塚家具有価証券報告書(2017年12月期)より。
※1 なお、当期純損失72.6億円のうち、実際にキャッシュが減ったのは約20億円、資産の切り売りで約30億円の補填したとしても、まだ20億円強の差がP/Lとキャッシュにはあります(72.6億円−約20億円−約30億円)。この差分は、事業構造改善引当金や減損損失など、P/L上に計上されている現金支出のない費用です。
2018年12月期:“穴の空いたバケツ”状態「注意型」
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
2017年12月期に巨額の損失を計上した後で、状況はさらに悪化します。これは8つのパターンでいうところの「注意型」です。
筆者作成
本業は回復の兆しが見えず、そのマイナスを補填するために資産(主に土地や投資有価証券)を売却しています。2015年12月期以降ずっと返済を続けていましたが、この期からはついに銀行からの借入にも頼るようになりました。
まさに“穴が開いたバケツに水を入れるような状態”とはこのことです。本業の不振を埋め合わせるために、もはやなりふり構わない姿勢が見てとれます。
最後に、大塚家具の現金期末残高の動きをもう一度見ておきましょう(図表8)。
(出所)大塚家具有価証券報告書より筆者作成。
こうして改めて見てみると、わずか4年でキャッシュが約85億円も減ったことが分かります。資産の売却を中心とする投資CFで約60億円を捻出してもこれだけのキャッシュが減っている……本業でいかに急激なキャッシュアウトがあったかがお分かりいただけるでしょう。
大塚家具はなぜヤマダ電機の傘下に入ることになったのか
2019年12月、大塚家具はヤマダ電機から第三者割当増資を受けて傘下に入ることで、再生を目指すことになりました。
なぜこんな状況に追い込まれてしまったのか、詳細な数字が明らかになるのは大塚家具の次の決算発表を待つ必要がありますが、ここでは、これまで見てきたC/Sにはまだ描かれていない、大塚家具の“その後”のストーリーを推測してみることにします。
大塚家具の2018年12月期の営業CFはマイナス26億円で、同年度末のキャッシュの残高はわずか25億円にまで落ち込みました。仮にこの状況が翌期も続いたとすると、どうなるでしょうか?
めぼしい資産はすでに売却してしまったので、追加で資産を切り売りしてキャッシュを捻出するのはもはや難しい。おまけに、この財務状況では銀行から融資を受けることも難しい……。つまり、投資CFや財務CFで窮地を切り抜けることも、もはや難しい状況です。
1年を通じての営業CFがマイナス26億円で、期初に現預金が25億円しかないとすると、簡単な算数からも分かるとおり、2019年12月期に大塚家具は資金がショートしてしまいます。
資金がショートするとどうなるのか。倒産です。企業が倒産するのは、自己資本比率の悪化や債務超過が直接的な原因なのではありません。キャッシュが尽きてしまうことが原因なのです。
第6回で見てきたとおり、大塚家具は2018年12月期でも自己資本比率は60%と高い水準でした。流動比率も230%前後と健全。問題は、当座比率が100%を切っていることでした。
2017年12月期以降は資産を切り売りしてなんとかキャッシュを捻出してきたものの、売れる資産も少なくなり、万策尽きた末にヤマダ電機の子会社化という道を選択したのでしょう。
大塚家具の財務状況は、B/Sを見ただけではあと1年で倒産しそうな状況にはあまり見えないのですが、C/Sを見ればいかに危険な状態だったかが分かるという、格好の事例です。
今回は、「経営悪化の赤字」を出してしまった大塚家具の事例から、C/Sの読み解き方を見てきました。次回は、同じ「赤字続き」でも、「攻めの赤字」で成長を続けるメルカリのC/Sを検証しながら、同社の強さの秘訣を見ていきたいと思います。
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(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。