嫁ブロックに夫ブロック、なぜ夫婦は互いのキャリアの足を引っ張り合うか?

夫婦

自らのキャリア設計でも、家族の事情を考慮する必要がある。

shutterstock/chaponta

「私が正社員に登用されたとたん、夫が会社を退職して、独立したんです」

ある地方都市で、専業主婦を経てパートで再就職し、今は正社員として働く女性(50代)は言う。

「あれ?」と思った。妻が働くことは、夫のキャリアにそれ程大きく影響するのだろうか。

そこで毎日仕事で帰宅が遅く、家事や育児の大部分を妻に任せている男性(40代)にも、転職についての考えを聞いてみた。

「いつかは転職したい気持ちは確かにある。でも、収入が大きく下がるような転職先は正直選びにくい」

転職は自分の気持ちだけでできる問題ではなく、特に家族の意向は無視できないという。

キャリアの自律を求められる時代

長寿化による職業人生の長期化、テクノロジーの発展は、働く人のキャリアの選択を大きく変えようとしている。

1つの企業や仕事で生涯を全うすることは難しくなり、個人は会社任せのキャリアではなく、自分のキャリアの主人公として行動し、次のステップを模索することが求められている。

国の政策も、雇用を守ることを優先するものから、キャリアチェンジを支えるものへと軸足を移しつつある。

人生100年時代を見据えた副業・兼業の推進や学び直しへの支援の拡充に続き、政府は2021年4月より、従業員301人以上の大企業に対し、中途採用比率の公表を義務付ける方針だ。個人の転職の際に参考にできる情報を増やし、人材の流動化を後押しする狙いがある。

夫のキャリアを制約する「嫁ブロック」問題

家族

正社員の男性であっても、キャリア選択は配偶者の有無に大きく左右される。

shutterstock/T.TATSU

しかし現実には、個人のキャリアの選択にはさまざまな制約がかかり続けている。その一つが、夫婦がお互いのキャリアを縛りあう問題だ。

実際、同じ正社員の男性でも、配偶者の有無によって転職の状況には差がある。

リクルートワークス研究所は、全国の約5万人を追跡調査する「全国就業実態パネル調査」を実施している。

このデータを用いて、前年に正社員だった男性のうち1年後までに自発的理由で転職した人の割合を、配偶者がいる人といない人で比べてみた。すると、30代以降、配偶者がいる男性はいない男性と比べて、自己都合で転職している割合が一貫して低かった (下図を参照)。

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(注)20~60歳代の既卒男性(2017年12月時点で正社員かつ2018年12月時点で就業していた人)。ウェイトバック済の数値。

出典:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

もっと極端なケースでは、妻が夫の転職に反対し、夫がキャリアチェンジを断念する場合もある。妻の反対によって、男性が転職内定先を辞退する行動は、俗に「嫁ブロック」と呼ばれ、日本最大の人事サイトである「日本の人事部」のサイトでも、採用をめぐるキーワードの一つに位置付けられている。

夫の転職は家計を不安定化させやすい

サラリーマン

転職後に給料が下がることの多い日本では、転職はリスクである。

撮影:今村拓馬

夫のキャリアチェンジを阻むのは、転職が家族の生活を不安定化させやすい構造だ。共働き世帯は急速に増えてきたものの、働く世代の家計は「男性が主に家族を養う」状況を脱せていない。

総務省「家計調査報告」(2019年)によれば、2人以上の勤労者世帯のうち、夫のみ有業の世帯は約4割を占める。共働き世帯でも、世帯主男性の勤め先収入(月平均45万円)と、世帯主の配偶者女性の勤め先収入(月平均16万円)の間には、大きなギャップがある。

加えて、転職で賃金が下がりやすい状況がある

リクルートワークス研究所が8カ国のビジネスパーソンを対象に行った調査によれば、日本でのみ「転職後に賃金が下がる人が多い」という特徴がみられた。他の国では、転職で賃金アップが重視されているのに対し、日本人は人間関係など賃金以外の要因も重視して転職しており、これが一つの要因となっているようだ

さらに、転職するとこれまでの勤め先で積み上げた勤続年数やその企業固有の能力がリセットされるため、勤務先を変更すると賃金が低下しやすい問題もある。

男性が主に家族を養っている場合、その男性の賃金低下は家計を大きく圧迫してしまう。子どもの養育費・教育費が家計にのしかかっている場合は、なおさらだ。家計の不安定化を避けようと思えば、男性やその家族にとっての短期的な正解は、「現職に留まる」となる。

妻の再就職をさまたげる「夫ブロック」

一方、あまり知られていないが、夫が妻のキャリアの足を引っ張る「夫ブロック」も存在する。筆者は女性の再就職後のキャリアについて研究をしており、女性を雇用する企業や支援者へのインタビューを行っている。その際に、しばしば指摘されるのが「夫要因」だ。

夫が妻の再就職を内心こころよく思っていなかったり、家事や育児に協力的でなかったりがあり、それが一因となって女性が再び仕事を離れるケースが散見されるという。

もちろん妻の再就職を心から応援し、家事・育児を分担する夫もたくさんいる。しかし、仮に家族の応援が得られない場合、女性は仕事と家庭の両立ストレスを高めやすく、働く意欲を低下させかねない。

家族だけへのキャリア相談は離職につながる

このことは、再就職した女性のデータからも読み取ることができる。3年以上のブランクを経て再就職した経験を持つ女性3000人に調査を行ったところ、調査時点で約3割が再び仕事を離れていた。

再就職した経験のある女性のうち、夫が家事・育児に「協力的だった」と明言できた人は約3割。残りの約7割のデータを分析したところ、再就職後に人生やキャリアについて家族だけに相談していた場合に、女性が再び仕事を離れやすくなっていた

夫が協力的でない場合、家族だけに相談していると再び仕事を辞めるという選択がテーブルに乗りやすいのだろう。

夫の家事・育児が妻のキャリアを支える

男性育児

夫の家事、女性の正社員勤務は双方にいい影響をもたらす。

getty/Yoshiyoshi Hirokawa

今後はテクノロジーの発展が、人が担う仕事を大きく変化させていくとみられている。そのような時代には、より多くの人が将来の可能性を柔軟に展望し、軽やかに次のチャンスに踏み出せることが重要だ。

そのためにも、夫と妻がお互いのキャリアを縛り合う関係は、今のうちにほどいておく必要がある。

そのための最初の一歩が、夫が家事・育児をより積極的に分担し、妻のキャリアをより積極的にサポートすることだ。これまでの研究では夫の家事・育児は女性の正社員勤務など、よりチャレンジングな仕事に就く可能性を高めていることが明らかにされている。

また、前述した再就職した女性のデータを分析した結果からも、仕事を再開した時点で夫が家事・育児に協力的であったことは、再就職時の選択肢を増やし、女性が大切な仕事をしている実感や自分の持ち味を生かせている感覚、自分なりの働く見通しを持つ確率を高めていた。

妻が今働いていてもいなくても、関係ない。夫の家事や育児は妻のキャリアを支えることができるのだ

妻のキャリアは夫を自由にする

働く女性

家族を養わなければいけない責任が分散すると、キャリア設計は自由になる。

撮影:今村拓馬

妻がキャリアを築き、安定した収入を手にすることが、夫のキャリア選択の自由度を高めることも分かっている。全国の約5万人を追跡調査するリクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」のデータを用いて行った分析によれば、妻が正社員の場合、子どもがいる男性が転職意向を持ちやすいほか、自発的な理由で転職しやすくなっていた。

家族を養う責任が分散されることで、男性が次のキャリアをより柔軟に思い描いたり、また、キャリアチェンジに踏み出しやすくなっていると考えられる

両輪キャリアがこれからの家族と社会を強くする

これからは夫婦が稼ぐ役割、家事・育児の役割を分担しながら、お互いのキャリアをサポートする「両輪のキャリア」を目指すことが、長い目で家族の生活の安定度を高め、個人が自分に合った仕事でいきいき働くことを支えていくだろう。

性別に関わらず、柔軟に次のキャリアを考え、模索することができれば、これからの変化を早期にキャッチし、乗り越えやすくなる。そのことは、人口減少と高齢化が急速に進む日本で、個人の能力がより活かされる社会を作ることにもつながることは間違いない。

(文・大嶋寧子)


大嶋寧子:リクルートワークス研究所主任研究員。金融系シンクタンク、外務省経済局勤務を経て現職。一人ひとりが生き生きと働ける社会をテーマに、雇用政策やキャリアに関わる研究を行う。主な著書に『雇用断層の研究』(共著)、『不安家族 働けない転落社会を克服せよ』(単著)、『30代の働く地図』(共著)など。

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