前回は、2019年末にヤマダ電機の傘下に入った大塚家具が、過去4年間にわたってどのような経営状態にあったのかを、同社のキャッシュフロー計算書(C/S)を見ながらたどってきました。
企業が出す赤字には、ざっくり言って「経営悪化の赤字」と「攻めの赤字」の2種類があります。直近3期連続している大塚家具の赤字は、残念ながら前者の典型的な例です。
かつては実質無借金経営を続けていた大塚家具。しかし、イケアやニトリといった競合勢の台頭や消費者マインドの変化を読みきれず、加えて同社の経営権をめぐって2016年に勃発した“お家騒動”の影響も追討ちをかける格好となって、2017年には72億円もの損失を計上しました。その後も回復の兆しは見えず、ついに2019年にはヤマダ電機の救済の手に頼らざるを得ない状況に——。
企業にまつわるこうした“ドラマ”を生々しいまでのリアリティをもって伝えてくれるのが、C/Sというものなのです。
そこで今回は、本連載第6回、第7回でも登場した“フリマアプリの雄”、メルカリのC/Sを読み解いていきたいと思います。
長らく日本屈指のユニコーン企業として知られていたメルカリも、2018年にはついに東証マザーズに上場。売上高や会員数は右肩上がりで伸び続けている一方、利益を見れば4期連続赤字です。
先ほどの大塚家具が「経営悪化の赤字」なら、メルカリは「攻めの赤字」を出し続けているわけですが……果たしてメルカリのC/Sは、どんな事実を物語ってくれるのでしょうか?
C/Sを読むときのポイント
ここで簡単に、前回見てきたキャッシュフロー計算書を構成する3つの要素をおさらいしておきましょう。キャッシュフロー計算書(C/S)には、営業活動によるキャッシュ・フロー(営業CF)、投資活動によるキャッシュ・フロー(投資CF)、財務活動によるキャッシュ・フロー(財務CF)の3つがあります。それぞれの特徴は図表2のとおりです。
そして、この3種類のCFのそれぞれがプラスなのかマイナスなのかによって、企業の財務状態は8つのパターンに分けられます(図表3)。
これらのポイントをざっと頭に入れたところで、では実際にメルカリのC/Sを時系列でたどっていくことにします(図表4)。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
大塚家具の事例に負けず劣らず、こちらもC/Sを読み解くエクササイズとしては非常におもしろいキャッシュの動きです。どういうことか、時系列にたどっていくことにしましょう。
なぜ「大幅損失」なのに「営業CFは大幅プラス」?
【2016年6月期〜2017年6月期】
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
2016年6月期と2017年7月期はともに、営業CFと財務CFが大きくプラスで、投資CFはマイナスとなっています。C/Sのセオリーでは、営業CFと財務CFからキャッシュを稼いで、その分投資を行うような積極投資型です。
筆者作成
ここで、ひとつの疑問がわいてきます。
2016年6月期と2017年6月期、メルカリはそれぞれ約3.5億円と約42.1億円の当期純損失を出していたはず(図表5)。にもかかわらず、なぜか営業CFはそれぞれ90億円、63.5億円のプラス。前回「利益とキャッシュは別物」だとお話ししたとはいえ、さすがに損益計算書(P/L)とC/Sの動きが違いすぎます。いったい何が起こっているのでしょうか。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
そこで、メルカリはそもそもどういったビジネスなのかを考えてみましょう。
前回見た大塚家具は、家具の小売販売を行っています。家具を仕入れるためにまずはキャッシュが出ていき、仕入れた家具を売ることでキャッシュが入るという、伝統的な小売モデルです。
では、メルカリはどうかというと、メルカリユーザーの売り手が商品を販売して、買い手が購入すると、メルカリに10%の手数料が入るというビジネスモデルです。キャッシュの視点で見ると、まずは買い手が購入代金(例えば1万円)をメルカリに払います。メルカリはそこから10%(この例では1000円)を手数料として受け取ります。そして、メルカリから売り手へとキャッシュを支払うことになります。
とはいえ、メルカリはすぐに買い手にキャッシュを払うわけではなく、また買い手も、メルカリの口座からすぐに自身の口座に振替をするわけでは必ずしもありません。なぜなら、売り手のユーザーは、売れた代金を使ってメルカリでモノを買うことができるからです。
そのため、ユーザーの取引代金(先ほどの例では1万円)はメルカリの口座に一時的にプールされることになります。ユーザーがメルカリにプールしているお金がいくらあるのかというと、なんとメルカリの手数料収入の10倍! 要するに、メルカリでの取引が増えるほど、メルカリにはキャッシュが貯まっていくビジネスモデルなのです。
さらに、ユーザーがメルカリで販売した代金を使ってメルカリ内で買い物をするかぎり、メルカリのキャッシュが減ることはありません。まさに“メルカリ経済圏”です。
B/S上では、メルカリが売り手のユーザーから預かっているキャッシュは「未払金」として計上されており、2016年6月期は142億円、2017年6月期は241億円と、ものすごい金額にのぼっています。
このような背景があるため、メルカリは当期純損失を計上しながらもプラスの営業CFを達成できているのです。
多額の調達資金の使い途は?
2016年6月期のメルカリは、営業CFがたんまりとある一方で、財務CFを81.5億円も調達しています。にもかかわらず、投資CFのマイナスはたったの5.4億円。メルカリはいったい何のためにお金を集め、何に使っているのでしょうか?
企業が大きな額を必要とする可能性としてすぐに思いつくのは「設備投資」です。ところが、投資CFの内訳を見るかぎり(図表6)、メルカリはたいした設備投資はしていません。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
設備投資でないとすれば、いったい何でしょうか?
ここでもう一度思い出してください。メルカリはこの期、3.5億円の当期純損失を出していました。一方、売上高は122.6億円あります。とすれば、P/Lの「売上高」から「当期純損失」へと至るまでのどこかに、多額の費用を計上しているはずです。
そう思ってメルカリのこの期のP/Lをたどっていくと……ありました。なんとこの期、メルカリは売上高の実に半分以上を占める約69億円もの額を、広告宣伝費として計上していたのです(図表7)。
Webサービスを提供しているメルカリにとって、物理的な設備投資はさほど必要はありません。同社にとって「投資」とは、実質的には広告宣伝費のこと。財務CFで調達したキャッシュの多くは広告宣伝費に使われていたのです。
メルカリは自身の口座に「未払金」を溜め込んでいるため営業CFは大きくプラスですが、未払金は将来的にユーザーに支払う必要のある「負債」。いずれ手元から消えてしまいます。そのリスクを解消する手段として、メルカリは広告宣伝費にお金をつぎ込み、ユーザー獲得とメルカリでの取引を増やそうとしているのです。
つまりこういうことです。メルカリは財務CFでキャッシュを調達し、積極的に広告宣伝費を使ってユーザーを増やします。ユーザーが増えればメルカリの取引が増え、その結果メルカリには未払金が増えて、営業CFも増えます。取引が増えた実績をもとに財務CFでさらにキャッシュを調達し、いっそう広告宣伝費に投じ……というサイクルを回しながら成長しているというわけです。
筆者作成
飛び抜けた財務CFは上場の成果
【2018年6月期】
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
2018年6月期のC/Sで真っ先に目につくのは、財務CFが圧倒的に多いということです。メルカリはこの期に上場を果たし、資金調達を行いました。営業CFと投資CFはともにマイナスで、その分を財務CFで補っている——これは8つのパターンで言うと「(5)スタートアップ型or 再建的ピボット型」です。
筆者作成
過去2年は当期純損失を計上しながらも、営業CFはプラスでした。しかし2018年6月期は、その営業CFもマイナスへと転じています。つまり、財務CFで資金を手当てしながら、積極攻勢に出て営業CFと投資CFはマイナスになっているという状況です。
ところで、スタートアップ企業でよく見られるように、最初は赤字やキャッシュを垂れ流しながらも顧客を獲得していって一気に利益を上げるような成長の仕方を、その形状から「Jカーブ」と呼びます。
赤字を出し続けても事業を継続させることができるのは、投資家から投融資をしてもらえるような潤沢な財務CFがあるからこそ。メルカリのC/Sを見れば、このことが感覚的につかめるのではないでしょうか。
営業CFがマイナスに転じた要因は?
さて、この年は過去2年とは打って変わって営業CFがマイナスに転じています。何があったのでしょうか? 鍵を握っているのは、先ほど見てきた営業CF内の「未払金」。この期の営業CFにおける未払金の増加額は18億円と、前年(97億円)と比較して5分の1程度に大幅に減少しています。
未払金の増加額が大きく減少したのは、メルカリで売り手がモノを売った際の「売上金の申請期限」が関係しています。
売上金の申請期限とは、メルカリを通じて取引が成立した際、ユーザーが売上を立ててから実際にユーザーの口座に売上金が振り込まれるまでの申請の期限のことです。メルカリのホームページによれば、この売上金の申請期限は2017年12月を境に、それまで365日間だったのが90日間へと4分の1程度に短縮されています。つまり、90日を過ぎるとメルカリの口座からユーザーの口座へと売上が強制的に移されるようになったのです。結果、メルカリの手元に貯まるキャッシュは減らざるを得ず、営業CFは前期までと比べて大幅なマイナスとなりました。
ただし、メルカリはこの期に上場して資金を調達したため、資金的には余裕があります。上場で得たキャッシュを元手に、メルカリは海外展開等を強化していきました。
多額のコストを注ぎ込み事業拡大を図る
【2019年6月期】
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
前期と同じく、この期も8つのパターンで言うところの「(5)スタートアップ型 or 再建的ピボット型」です。売上高は前期と比べて44%増加しているものの、当期純損失も前期の70.4億円から137.6億円へと拡大(図表10)。その理由は、広告費や人件費をはじめ全体的に費用をかけて、将来の事業成長をさらに図ろうとしているからです。
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
前期と比べて営業CFのマイナス幅が拡大しているのは、このようなわけです。そのため、営業CFと投資CFのマイナスを財務CFでまかなっているのです。
「未払金」から「預り金」へ
ところで、この期の営業CFの内訳を見ると、「預り金」が220億円と、いきなり大きな営業CFのプラス項目が出てきます(図表11)。預り金とは何のことでしょうか?
(出所)メルカリ有価証券報告書より筆者作成。
先ほども見てきたように、これまではユーザーがメルカリでモノを売ると、メルカリに一時的にキャッシュが貯まり、それを「未払金」として計上していました。
そこへキャッシュレス決済「メルペイ」のサービスが始まり、ユーザーの売上はメルペイで直接使えるようになりました。そこでメルカリは、モノを売ったユーザーの売上を「未払金」ではなく、ユーザーのお金を一時的に預かっている、すなわち「預り金」として処理できるようにしたのです。
この勘定科目の変更には、メルカリの戦略が見てとれます。
メルカリでモノを売った場合、これまでユーザーには、
(1)モノを売って得た売上を使ってメルカリで商品を購入する
(2)自分の口座に移してお金を使う
という2択しかありませんでした。しかしメルペイのサービスが始まったことで、
(3)メルカリで売った商品の売上をメルペイで使う
という第3の選択肢が生まれました。
メルペイ以前は「売上金の申請期限」の問題があったため、メルカリにとってはあくまで「未払金」でしたが、メルペイが登場したおかげで「預り金」と捉えられるようになったのです。
メルカリで取引が行われると、メルカリには「預り金」としてキャッシュが増える——これが、近年における同社のビジネスモデルの特徴のひとつです。この預り金のおかげで、メルカリは当期純損失を多額に計上していても、営業CFは損失ほど大きくマイナスにならずに済んでいるのです。
成否を握る入金までのリードタイム
ビジネスモデルの強固さを考えるうえで、メルカリの事例はとても大切なポイントを教えてくれます。それは、ビジネスを通じていつキャッシュを得るかが、企業の財務体質に直結するという点です。
一般的に、企業の営業活動は仕入れをして売るまでのリードタイムがあるため、モノ(資産)がお金に変わるまでには概ね1〜3カ月かかります。そこで、お金に変わるまでの間は資金繰りを手当てする必要があります。
例えば大塚家具の場合は、家具を仕入れてから家具が実際に売れるまでにある程度の時間がかかります。ビジネスが順調ならばよいですが、大塚家具のように厳しい環境変化に直面し、うまくビジネスを回せなくなると、事態は一気に悪化します。本連載第9回でも見たように、キャッシュをうまく工面できないと資金がショートしてしまうようなビジネスモデルは、それだけ財務の安全性の面で危ういとも言えます。
一方、アマゾンやアップルといった企業は、予約販売だけでかなりの売上が立ち、売る前にお金が入ってくるビジネスモデルを確立しています。これは経営上かなりのメリットです。「タイム・イズ・マネー」の言葉どおり、お金を先にもらえれば資金繰りが楽になるからです。
以前はメルカリ内で行われた取引の売上を「未払金」という勘定科目で計上していたが、メルペイ登場以降は「預り金」へと変更。メルペイは“メルカリ経済圏”を実現するための重要な布石だ。
撮影:小林優多郎
そう考えると、メルカリの賢さがお分かりいただけるでしょう。メルカリは販売者への入金を預り金として、内部に資金をプールできます。ユーザーは売り上げた資金を使ってメルカリで別のモノを購入したり、時間をかけてメルペイでキャッシュレス決済に使ったりしてくれる……。
そうやって“メルカリ経済圏”が広がっていくほど、メルカリはキャッシュアウトすることなくどんどんお金を貯めながらビジネスを拡大することができるわけです。
ここまで来れば、メルカリがたとえ「4期連続赤字」だとしても、経営がすぐに危険なフェーズに陥るとは考えにくい理由が納得できるのではないでしょうか。
注目すべきは「赤字の拡大」ではなく
メルカリに今後の課題があるとすれば、「どうすればさらなる成長を実現できるか」ということです。
今後メルカリが利益をしっかり稼げるようになるためには、売上とユーザーの獲得の成長スピードを上げる必要があります。
その手段の一つが新規事業ですが、メルカリが近年手がけている新規ビジネスのうち、スキルシェアサービス(ティーチャ)はすでに事業を終了し、自転車のシェアリングサービス(メルチャリ) も事業譲渡を行い撤退したりと、決して順調とは言えません。海外事業に目を向けると、アメリカでの成長スピードも落ちてきており、イギリスからは撤退を余儀なくされました。
幸い、キャッシュには困っていませんから、たとえこれらの新規ビジネスがうまく立ち上がらなかったとしても、メルカリのビジネスが直ちに揺らぐことはないでしょう。しかし——。
メルカリにとっては赤字の拡大よりも、事業の成長の伸びが鈍化していることの方が課題です。スタートアップは、急激な速さで成長できると期待されているからこそ財務CFでキャッシュを多く調達できるもの。それなのに肝心の成長ができなければ、株価が下がってしまい、調達もこれまでのようにはいかなくなってしまいます。
メルカリという企業を見るうえで、本当に注目すべきは損失の額ではありません。国内、アメリカ、そして新規事業がどれほどのスピードで成長するかという点にこそ、同社に注目すべき理由があります。この先メルカリがどんなビジネスを展開していくのか、引き続き興味深く見守りたいものですね。
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※本連載の第11回は、4月3日(金)を予定しています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。