スーパーチューズデーで復活したジョー・バイデン氏。
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米大統領選の予備選で、最大の山場スーパーチューズデーが3月3日、終わった。
その結果、民主党では、具体的政策を示していないシニアと、心臓発作の不安があるシニアが残った。そして11月に本戦を戦う共和党候補は、嘘ばかりつくシニアだ。
消えた「初もの」候補
スーパーチューズデーは、米大統領選予備選挙をつまらないものにした。民主党候補がジョー・バイデン前副大統領(77)とバーニー・サンダース上院議員(78)の白人男性シニアに絞り込まれたためだ。事実上、この2人の争いが7月の民主党大会まで続く見通しだ。
3月1日から5日までの間に、予備選挙から撤退した候補者は4人。淡い期待を抱かせていた初もの候補が一掃された。
- ピート・ブティジェッジ(38):前インディアナ州サウスベンド市長。大統領になれば最年少、初の同性愛者、初の前職が市長の出身)
- エリザベス・ウォーレン(70):上院議員、初の女性
- エイミー・クロブシャー(59)上院議員、初の女性
- マイケル・ブルームバーグ(78):前ニューヨーク市長、ブルームバーグ創設者、初の前職が市長の出身
撤退していないのは、タルシ・ギャバード下院議員(38、初の女性、サモア系、退役軍人=ベテラン出身)だが、選挙活動は活発ではなく泡沫に近い(3月5日現在)。
「部外者」への包囲網
序盤で圧勝し、バイデン氏を苦戦させたピート・ブティジェッジ氏。
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民主党の予備選を少しおさらいしよう。
予備選は、7月の民主党大会に集まる約3980人の代議員を各州ごとに候補者が獲得する過程だ。過半数の1991人を得た候補が党大会で正式に指名されて、党の大統領候補となる。その後、共和党候補、つまりトランプ大統領と一騎打ちとなる「本選挙」に突入する。
2月3日、予備選の最初の一大イベント、アイオワ州党員集会では、最年少のブティジェッジ氏がトップでスタート。バイデン氏は4位に終わった。
1週間後のニューハンプシャー予備選は、サンダース氏がトップだったが、僅差でブティジェッジ氏が2位につけた。
流れが変わったのは2月29日、スーパーチューズデーの3日前に行われた南部サウスカロライナ州の予備選だ。初めて、民主党登録の有権者で黒人が多数という州で、バイデン氏が圧倒的な勝利を収め、その結果、代議員の獲得数でサンダース氏に次いで2位になった。
当初苦戦したバイデン氏がなぜここに来て、トップに躍り出たのか。
「なぜ、バイデンが変化の候補者なのか。サンダースの大きな希望は実現しない」
ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ニコラス・クリストフはスーパーチューズデーの翌日、こう書いた。
バイデン氏は穏健派で前副大統領でもあり、伝統的な民主党の政治家だ。これに対し、もともと無所属で、急進派のサンダース氏は「部外者」。包囲網が狭まっている。
「サンダース外し」の理由
「サンダース外し」の理由はある。
民主党の中でも「部外者」と見られるサンダース氏に対する包囲網がじわじわ狭まりつつある。
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第1に、サンダース氏は、「メディケア・フォー・オール(国民皆保険)」や大学授業料の無償化、学生が高額な授業料を払うのに使った学生ローンの返済を免除するなど急進的な政策を掲げている。これが若者の熱狂的な支持を得ている理由だが、実現できるかは疑問だ。
サンダース氏と同様に、「メディケア・フォー・オール」を掲げていたウォーレン氏はずっと具体的で、向こう10年で20兆ドルの歳出を確保するとしていた。それが可能かどうかは別として、サンダース氏は数字の目標値すら明らかにしていない。
第2に、サンダース氏が民主党の指名候補になった場合、2018年中間選挙で民主党が下院の多数派を形成する原動力となった新人議員の再選が難しくなるという懸念だ。
11月の大統領選挙の投票用紙の一番上にあるのは大統領候補の名前だが、「ダウンバロット(投票用紙の下)」には、改選となる上院議員や下院議員、州議会議員や保安官に至るまでずらりと名前が並ぶ。
テキサス州オースティンのリベラル系地元紙が推薦する候補者リスト。投票用紙に書かれる候補者名がこれだけあることを示す。
撮影:津山恵子
民主党の下院は、保守系の有権者も多い激戦区を勝ち抜いて議席を獲得し、多数派を確保している。このような選挙区で民主党の候補者は、急進派の大統領候補を支持するとは、口が裂けても言えない。保守的な有権者の票を失うからだ。
第3に、サンダース氏自身が急進派であるがゆえに、民主党の伝統的な穏健派を鋭く批判している点だ。
「民主党のエスタブリッシュメント(支配層)を驚かそう!」
とある集会で発言し、問題視されている。
「棚ぼた」で勝ったバイデン氏
オバマ大統領時代に副大統領を務めたこともあり、黒人層からバイデン氏への支持は厚い。
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一方のバイデン氏。
「私たちは、まだ生きている!」
スーパーチューズデーの勝利集会で、バイデン氏は復活を強調した。
代議員の獲得数で2位だったバイデン氏がこの日トップとなったのは、「棚ぼた」でもある。
同性愛者ながら、健闘したブティジェッジ氏、中西部ミネソタ州選出だったクロブシャー氏ら穏健派候補者が撤退し、バイデン支持を表明したため、彼らの票が流れた。
サンダース氏がスーパーチューズデーまでトップだったことは、ワシントンの民主党上下院議員を真っ青にしていた。前述したように「サンダースの指名=自分の落選」につながるからだ。民主党内で「穏健派内の統一」を図り、サンダース氏の勢いを削ぐため、党の重鎮が動いたと言われる。
また、黒人票が根強くバイデン氏を支えた。黒人であるオバマ前大統領を、「いい人」という感じで支えた副大統領だったことも「棚ぼた」要素だ。
資金面ではサンダース氏が圧倒
資金面ではバイデン氏を圧倒していたサンダース氏。オースティンにも選挙事務所を構えていた。
撮影:津山恵子
実は、バイデン陣営は資金面でも余裕がなかった。
「ケイコ、頼むから5ドル寄付して」
と、毎日のようにバイデン陣営からはメールが来る。選挙資金は1月に集めた総額が890万ドル。これは同時期にサンダース陣営が集めた2500万ドルの3分の1程度だ(連邦選挙管理委員会による)。
取材に行ったテキサス州オースティンでバイデン氏は、選挙事務所さえなかった。ニューヨーク・タイムズによると、バイデン陣営は全米で9カ所にしか事務所を構えていない。激戦州は10以上あるにもかかわらずだ。
これに対して、サンダース氏は激戦州の大都市には必ず事務所がある。オースティンでは、本選挙に備え、現在使用している建物の近くに4棟もレンタルしていた。
しかし、今後は穏健派候補が統一されたことで、選挙資金もバイデン氏に一本化されるだろう。
他の候補者が主に有権者からの寄付で選挙資金を集めていたのに対し、自己資金約5億ドルを投入し、ボランティアなしで有給スタッフを抱えていたブルームバーグ氏は、「打倒トランプ」のために、すべての選挙施設やスタッフをバイデン氏に引き継ぐという。これも「棚ぼた」だ。
代議員の獲得数は3月5日現在、バイデンが610人、サンダースが541人(ニューヨーク・タイムズ調べ)となった。7月に開かれる民主党大会で指名されるのに必要な過半数1991人にはまだ程遠く、数字としてはサンダースの挽回も可能だ。
接戦が続き、党大会までに1991人に2人とも達しなかった場合、どうなるのか。「ブローカード・コンベンション」と呼ばれ、党大会で代議員による投票を2回行い決められる。
1回目の投票で候補者が2人とも過半数を取れなかった場合、2回目の「ブローカード(仲裁的)」投票を行う。1回目は、代議員は州単位の民主党が決めた候補者に投票しなくてはならないが、2回目は自分が決めた候補者に投票できるという仕組みだ。
過去と将来のぶつかり合い
テキサス州の大学内にある選挙向け看板。
撮影:津山恵子
いずれにせよ、スーパーチューズデーではっきりしたことは、以下の2つだ。
白人、年配層、黒人はバイデン氏へ。若者、ヒスパニック系は、サンダース氏へ。
面白いことに、バイデン支持者は人口が減っている伝統的市民。サンダース支持者は、人口が増えているアメリカの将来の市民だ。つまり支持者で見ると、バイデン対サンダースは、「過去」と「将来」のぶつかり合いでもある。
この対立構造が、民主党の指名候補争い、と言っていい。
オースティンではサンダース陣営のカレン・フラハティ氏(71)の戸別訪問に同行した。ベトナム反戦運動以来、「革命」を信じている運動家だ。3階建ての労働者階級のアパートを12棟上り下りしたが、昼間だったため不在が多く、話せたのは3人。それでも明るく振る舞っていた。
その彼女が突然深刻な表情になったのは、訪問を終わって一息ついていたとき。
「今年の選挙は、本当にひどいものだわ。怖くてしょうがない」
「もし、バーニーが指名されなかったら、若者の半分が失望してもう今後選挙に行かなくなる。でもバイデンと民主党は、トランプに勝てると民主党は信じている」
有権者の複雑な心境を感じた。
女性大統領が遠のいたのも、残念だ。
「(女性候補を見て、自分たちも大統領になれるかもと思っている)小さな女の子たち。彼女たちはもう4年待たなければならない。本当につらい」(3月5日、予備選挙撤退を発表したウォーレン)
津山恵子:ジャーナリスト、元共同通信社記者。ニューヨーク在住。2007年に独立し、主にAERAに米社会、政治、ビジネスについて執筆。近著は『教育超格差大国アメリカ』『現代アメリカ政治とメディア』(共著)。ご近所や友人との話を行間に込め、米国の空気を伝えるスタイルを好む。