ワンオペに怒り心頭だった妻が「大黒柱」になって起きたこと。漫画家・田房永子に聞く夫婦

cakes(ケイクス)上で『大黒柱妻の日常』を連載中の田房永子さんに、現代の家族、夫婦を聞いた。

撮影:今村拓馬

母がしんどい』で母と娘の関係を、『ママだって、人間』で子どもを産んだ女性の赤裸々な叫びを描いてきた気鋭の漫画家、田房永子さんは現在、ウェブメディアのcakes(ケイクス)上で『大黒柱妻の日常』を連載中。妻の方が収入が多く一家を支える夫婦の関係を描き、共感と話題を巻き起こしている。

女性の平均年収が男性の7割という日本社会では、男性が「大黒柱」を担うケースが圧倒的に多い。マジョリティーの夫婦像を男女逆転することで、同作品は、男女の役割分担の不均衡や固定観念、家族とは夫婦とはを突きつけてくる。

作者の田房さんに、大黒柱妻の背景と現代の夫婦について、聞いた。

1人目を産んでから怒り心頭だった

親になる瞬間は同じなのに、女はできて当たり前。だけど男の人は何も変わらずにいられる。 女の人だけが状況に合わせてアップデートする』を前提にした社会構造になっていることに、一人目を産んでから気づきました 。時代は変わったのに男の人たちだけは『昭和のお父さん』でいられる。自分の夫に父親の意識を持たせることまでもが、妻の役目に含まれている」

3月上旬、東京都内の私鉄沿線の駅前のカフェで、マスク姿の田房さんは、「大黒柱妻」の設定を選んだ背景について、語り始めた。

新型コロナウイルスの感染拡大により、全国の学校が一斉休校になったばかり。田房さん自身も、小学2年生と2歳の姉弟の子育て中だ。フォトグラファーも編集者も、同席者全員がマスク姿でインタビューを行った。

「多くの女の人がワンオペ育児をやらざるを得ない状況になっているのに、男の人たちは平然としている。そんな社会に怒り心頭でした。ところが、自分が『大黒柱』側の立場になった時に、振る舞いが自然と『昭和のお父さん』になったんです

その背景に「立場」の問題があるのではないかと、『大黒柱妻の日常』は投げかける。

「男の人が女の人より変化に鈍感で、育児や家事が他人事になりやすいのは脳や体の作りの差でそうなるんだと思ってたけど、立場の問題もある。その立場になると同じことをしてしまう、という心理の癖みたいなものが人間にはあるんですね人間関係には陥りやすいパターンがあるという視点をあらかじめ入れると、社会づくりが合理的に進むと思いました

居心地

作品タイトル「居心地」。話題を呼んだ「フラリーマン」の回。

出典:cakes連載中の『大黒柱妻の日常』

連載を始める前から、実は夫より収入の高い「大黒柱妻」だと打ち明ける人はけっこう周りにいたという。

「わざわざ言う必要もないから、女同士でもあまり知らない。『大黒柱妻の日常』を描き始めて『ヒモを養う女の話か』とネットに書かれていて驚きました。専業主婦はヒモなんて言われないのに、男になると急にヒモという侮蔑的な名称がつく」

そこには「男性の方が収入が多いはず」という先入観に加え、「多くあるべき」という圧もないか。

男性は『結婚=大黒柱になる』だから、周りから『えらいわね!しっかりね!』みたいな結婚式テンションで激励される感じがします。一方、大黒柱妻は人知れず大黒柱になっているケースが多い。表向きは『もちろん夫の方が収入が上です』みたいなフリをしなきゃなんない時もあったり」

実際の大黒柱妻はどっちが収入が上とかどうでもいいこと、という感じの夫婦が多いという。

「よく考えたら昔からお母さんが大黒柱の家庭って実はかなりたくさんあったと思います」

田房さんの口調は淡々としながらもその言葉は鋭く、人間関係に対して分析的。それは自身の母子関係、夫婦関係、子育てを題材にしてきた作風そのままだ。

お父さん”ってラクすぎるー!!

架空の女カット

田房さんの生原稿を見せてもらった。作品の中の人物づくりの足跡が見える。

『大黒柱妻の日常』には、子育てや共働きの「あるある」があふれている。

保育園のお迎え帰りの子連れで買い物は、駄々こねたり、高いところに登ったり飛び降りたりする子どもの相手、顔を合わせたらママ友との社交など、いくつものタスクが含まれる。

子どもにご飯を食べさせると一言で言っても、すんなりなど行かない。2歳児ならば食べ物やお椀をテーブルから放り投げる。その片付けや盛り直しも「ご飯の時間」だ。

子育てのあるあるや日常のちょっとした心の動きを描けば、田房さんのリアリティーはピカイチだ。

去年までの私

作品タイトル「去年までの私」。

出典:cakes連載中の『大黒柱妻の日常』

主人公「ふさ子」はそんな7年間のワンオペの育児から「大黒柱」を夫と交代(なぜ交代したのか、詳しい経緯はまだ連載では描かれていない)。

夫が家事育児の主体者となり、「お迎えに行かなくていい夜が楽しすぎる」と感じるように。ふさこ自身は目一杯仕事ができて、育児は帰って寝かしつけだけすればいい状態に「“お父さん”ってラクすぎるー!!」と快哉を叫ぶ。

しかし、それと同時に大黒柱側になった途端、かつて怒りを持っていた男性側の振る舞いに自分が重なるようになるのだ。

夫に子どもを任せて「仕事し放題」になると、ついつい帰りが遅くなり、待っている夫に謝るはめに。ワンオペのつらさは分かっているのに、「次はもっと早く帰る」が守れない。仕事から帰って、夫と子どもたちがじゃれあっている時、仕事から帰った自分が所在無げになっている——

そしてまた遅くなる

作品タイトル「そしてまた遅くなる」。

出典:cakes連載中の『大黒柱妻の日常』

「立場」が逆転することで、「社会的に押し付けられる役割」によって生まれる、行動や意識というものに、作品はフォーカスしていく。

これは、共働きで小学生と保育園児のきょうだいを育てている、田房さんの実体験なのか。

一度、大黒柱妻になった時期に『こんなに景色が変わるんだ」という衝撃がありました。今回は、自分の体験や大黒柱妻たちから聞いた話をもとに、フィクション漫画として描いています。ノンフィクションだと『田房さんだからこうなんだ』と、特別なケースとして読まれてしまって、意図が伝わりにくいので」

仕事よりもっとやるべき課題って家族では?

仕事2

田房さんの仕事道具のペンとインク。

夫婦は、田房さんにとって、大きなテーマだ。

「私たちは結婚に関して、その相手と一生一緒にいるんですよーしか教えられていない。ルールは『長続き=いいこと』のみ、みたいな。夫婦関係にも発展や成長があってめちゃくちゃ面白いんですよね。でも社会を発展させるために仕事があって、その仕事をする男性を女性が家庭で支える、みたいな時代が続いてきて、夫婦関係って一番ないがしろにされてた感じがします

熟年離婚は今日、珍しくもない。

夫は仕事一辺倒、妻は家庭を守るを続けた結果、夫がいざ会社を定年退職すると、全く言葉の通じない夫婦がそこにでき上がっている。だとすると「子どもも巣立ったし、一緒にいる意味がない」という「結論」になるのも想像に難くない。

次の世代もそれでいいのか。折しも、新型コロナウイルスの影響で、会社勤めの父親の在宅勤務を増やし、一方でパート職の妻が仕事に出たりする。

「非常時は夫婦の関係が色濃く表面に出てきますね。それまで見ないようにしてきた愛も憎しみも丸見えになっちゃう。しかも今回はそうやって立場が反対になる夫婦もいて。変化しなければならない時って一見大変で苦しいけど、チャンスもたくさん含まれていると思います

パートナーとは自分に課題をくれる人

家事育児の役割分担、子どもが生まれる前と生まれてからの変化。考え方の違いから衝突したり、あきらめたり。田房さんは人生を共に作るパートナーについて「自分に課題をくれる人」だと表現する。

夫婦とは、より良い人生を築くためのトレーニングなのか。

「相手がイラつく言動をする時『どうしてこいつはこんなことを言うのか』『こんなやつとは一緒にいられない』と思うものです。でも相手を責めまくったあと、『どうしてこんなことを言う人と私は一緒にいるのか?』と自分の内面にピントを合わせると、同じ夫婦関係でも、全然違う光景になることがあります。相手のことが、自分が乗り越えるべき課題を教えてくれる人に見えてくるんです

キレる私をやめたい〜夫をグーで殴る妻をやめるまで』『ママだって人間』『男の子の育て方を真剣に考えてたら夫とのセックスが週3回になりました』 —— 。

田房さんの作品は、恋愛のあとに続く長い関係作りこそが夫婦ではないかと、投げかけてくる。

夫婦、家族の再構築を問いかける「大黒柱妻」

朝日

男は仕事、女は家庭が固定化された時代はとっくに終わったのに、新しい夫婦像や家族像はまだ確立されていない(写真はイメージです)。

現状日本では、ワンオペ育児、ワンオペ家事を引き受けているのは多くが妻で、子育てを助けてもらいたい、思い切り働きたい、自由な時間が少しでもいいから欲しいという思いを押し殺しながら、生活している女性は少なくない。

新型コロナウイルス感染拡大を受け、政府の全国一斉休校要請が示した家族像は、あたかも家にお母さんが常にいることが前提の、高度経済成長期の家族のようだ。

これからの時代、次の時代の夫婦像、家庭像はどこにも正解がないのかもしれない。

「 子どもを産んでから5年も10年も夜に1人で外出してない、というママがたくさんいます。軟禁と呼んでいいくらいひどいことだと思うのに、社会問題にすらなっていない。ママ達自身が苦しいと感じることすらあきらめていることに社会が甘えているんです。社会があきらめさせたのに。(かつて男性が)それを唱えれば家事育児をしなくていい免罪符となった『仕事』という呪文を、『大黒柱妻の日常』で解かしてみたいです 」

『大黒柱妻の日常』が描く、役割を交替してみるという設定は、次の時代の夫婦、家族の再構築を示唆している。

そして再構築後のかたちは、誰が決めるものでもなく、自分がどうしたいか、どう相手と作り込んでいくかなのだと、田房さんの作品は語りかけてくる。

(構成・滝川麻衣子、写真・今村拓馬、取材協力・三田理紗子)

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

ソーシャルメディアでも最新のビジネス情報をいち早く配信中

Popular

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み