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連載「元日銀マンが教える お金のリテラシー養成講座」では、元日銀マン・エコノミストの鈴木卓実さんが、身近な話題を入り口にして、意外に知らないお金の話や経済・金融の仕組みを解説します。
第5回のテーマは「なるべくお金をかけずにスキルアップの自学自習をする方法」です。
「個」で働く時代はスキル磨きも自助努力
新型コロナウイルスの流行を受けて、在宅勤務やテレワークが急遽導入された会社も多いようです。
今回の措置はあくまで一時的なものかもしれませんが、働き方・生き方がこれからますます多様化していくであろうことを考えると、オフィスに出社することなく“個”の単位で働く機会は今後も増えていきそうです。
皆がオフィスに集まっていれば、分からないことは先輩や上司に聞くこともできます。しかし、今はただでさえ転職が当たり前になり、かつてのような上司と部下の“徒弟制度”が姿を消しつつある時代。それに加えてテレワークで働く時間が増えれば、自分のスキルを高めたり知見を広げたりするために「自学自習」をする必要性が出てきます。
とはいえ、急に勉強しようと思い立っても、時間の確保もさることながら「お金の余裕が……」と悩まれる方も多いでしょう。
そこで今回は、「なるべくお金をかけずに自学自習するための方法」について考えていきたいと思います。
まずは事務作業の効率化から
ショートカットキーの操作方法は、使いこなせば作業効率が大幅にアップ。
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仕事をして評価されるポイントは、大きく分けて2つあります。ひとつは、同じ仕事であれば短時間で仕上げること。もうひとつは、アウトプットの質を高めること。当たり前の話に聞こえるかもしれませんが、意識して実践している人は案外と少ないように思います。
ビジネスパーソンにとって、Excelなどの表計算ソフトは欠かせないビジネスツール。手軽に操作できるというメリットがある半面、使い方にこだわらなくても仕事は回せるだけに、一歩進んだ使いこなし方まで進んで学んでいる人はあまり多くありません。
外資系のコンサルティングファームや投資銀行に新卒で採用された知人によると、こうした給料の高い会社では「事務作業に時間をかけるのは非効率」という意識が強く、研修でショートカットキーの操作を徹底的に叩き込まれるそうです。
研修の第一声が「マウスをひっくり返せ!」で始まり、与えられた課題をキーボード操作だけで処理する訓練をしたのだとか。右手をキーボードとマウスで行ったり来たりさせるよりは、ショートカットキーと駆使した方がはるかに効率的です。一見地味なトレーニングですが、コスト意識が高いからこそ“基本に忠実”なのだとも言えます。
同様に、関数やマクロ・VBAも強力なツールです。仕事が忙しい時ほどこうしたスキルに助けられるものですが、日頃は目先の事務に追われて、自分が知っている“技”だけで済ませてしまいがちです。少しでも余裕があるときに、今の仕事を効率化するために必要な技を身に着けておきましょう。
バカにできない「広く浅い知識」
「新聞や雑誌の定期購読はもうやめた」という人も多いが、電子版雑誌の読み放題サービスなら安価に多くの情報にアクセスできる。
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一般的な経済・社会の知識を身につけるには、新聞や雑誌、ネット記事など日頃から接する情報量を増やすのが近道です。ネット記事の多くは無料で読めますが、どうしても自分の興味関心がある分野に偏ってしまうもの。新聞や経済誌などにざっとでも目を通す習慣をつけるだけで、視野が広がります。
紙の新聞はなかなか安くなりませんが、電子版を契約すれば、記事を簡単に保存できます。主要な経済誌はdマガジンや楽天マガジンなどのサービスを使えば、ひと月500円もせずに読み放題です。
「広く浅く」知っているだけでは仕事に役立てるには物足りませんが、異業種の人と会話する際の共通の話題になるうえ、何かを調べる際の精度やスピードが上がるので、新しい情報を身につけやすくなります。ネット検索は便利ですが、「調べたいものが何なのか」が分からなければ検索することもできません。少しでも周辺知識があるかないかは、調べ物をするうえで決定的に大きな差を生むのです。
私自身が経験した事例をひとつご紹介しましょう。2019年、厚生労働省の毎月勤労統計で不正が発覚した際に新聞、雑誌、オンラインニュースなどの取材を受けましたが、新聞・雑誌の記者や編集者でも、ほとんどが統計法という法律の存在を知りませんでした。
しかし、統計不正がニュースになったことで統計法という概念を知った彼らは、今では統計法や総務省統計局のサイトなどを引用しながら、統計制度についての正確な記事を発信するようになっています。
記者や編集者といった情報のプロでも知らないことはたくさんありますが、日頃から広くアンテナを張っているので、ひとたびある概念を知れば、一気に周辺の分野も勉強することができるという好例です。
他業界の人との会話で「話題についていける」というのは大きな強みになる。
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キャリアチェンジに際しても、広い知識があることは有利に働きます。2019年、『FinTech Journal』に銀行員のキャリアについて寄稿するため複数の銀行員OBに取材をした際、ある方がこんな指摘をしていました。いわく、「キャリアチェンジできる銀行員は、金融の専門家であるだけでなく、弁護士や会計士といった専門家とテクニカルな話ができる人だ」と。
弁護士や会計士からすれば、銀行員の知識は「浅い」レベルかもしれません。それでも基本的な概念を理解していれば、コミュニケーションが円滑になるので、ビジネスに役に立つということです。
1つを掘り下げるより複数を“つまみ食い”
独立開業を志している人や、ゼネラリストとして企業の幹部を目指そうという方には、複数の分野の資格試験のテキストを読むことをお勧めします。試験の合格を目指すよりも、まずはテキストを手に取ることからでもかまいません。経済や法律の基礎知識を広く学んでおくと、あとあと「もっと深く勉強しよう」と思った時にも心理的なハードルが下がりますし、専門家にアドバイスを求める際も意思疎通しやすくなります。
受験勉強や単位取得といったカルチャーに染まったせいか、資格試験に合格すること自体にこだわる人も中にはいるようです。しかし、「専門性を極める分野」と「広く浅く勉強する分野」を区別しないと、時間がいくらあっても足りません。
その資格が業務上必要だという場合や、その分野での高度な専門性が求められる場合は別ですが、これだけ変化の激しい時代にはスキルの陳腐化も早いもの。1つの分野に時間を費やすよりも、1つひとつの理解度は4〜5割でもいいから複数の分野を広く浅く理解しておいた方が、その後の自分自身のためにもなるでしょう。
日本は資格試験ビジネスがさかんなためか、初学者にも分かりやすい参考書が多く出回っています。参考書や問題集は毎年のように改訂されますが、ほとんどは部分的な法律の改正や統計数字のアップデートで、内容が大きく変わることはありません。仕事で使うなら最新の情報を把握する必要がありますが、そうでないなら、旧版を古本で安く買って流し読みするのもアリだと思います。
図書館を使い倒す
意外に使える図書館の「取り寄せサービス」。高価な専門書ほど図書館を活用しよう。
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専門知識を得るには、大学のテキストや参考図書に挙げられているような専門書、さらには論文にも目を通す必要が出てきます。気になる専門書を全部買っていてはお金も書棚のスペースも足りませんから、専門分野を勉強するなら「まずは図書館で借りる」のがお勧めです。
意外に知らない人も多いのですが、最近はネットで予約ができる図書館が増え、返却は閉館時間帯でも返却ボックスへ投函すればOK、というところも増えています。図書館というと小説や文芸書のラインナップが多い印象が強いかもしれませんが、自治体によっては専門書のストックも豊富です。
もし、最寄りの図書館が所蔵していなくても、自治体の他の図書館から取り寄せてくれるところが増えています。また、提携している自治体の図書館から取り寄せサービスを提供しているところもあります。
資格試験のテキストは図書館に置いていないことが多いので、借りてざっと目を通すのは難しいと思いますが(もちろん、借りられるのならその方がお得です)、専門書はまず図書館で借りてみて、手許にずっと置いておきたいと思ってから買った方がずっと節約できます。
日本にいながら海外の人気講座を受講できる
日本でも受講者を増やしている「MOOCs」。有名教授の人気講座など、留学しなくても受講できるのが魅力だ。
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シラバスをホームページで公開している大学も増え、どのような専門書が授業で使われているのか分かりやすくなりました。レジュメや講義ノート、演習課題を公開している教員もいれば、講義ノートのリンクをまとめたブログもあります。こうした情報を上手に使えば、たとえ独学でもぐっと学びやすくなります。
近年では、MOOCs(Massive Open Online Courses:大規模公開オンライン講座)と呼ばれる、インターネットで受講できる授業もひそかな人気です。
日本からでも海外の有名大学の授業を無料で受講できる点が魅力で(講座の修了証が欲しい場合は有料)、エコノミストである私としては、2013年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー米イェール大学教授の講義が自宅で聴講できることには魅力を感じます。もちろんMOOCsにはこうした社会科学だけでなく、人文科学や自然科学、データサイエンスなどの授業もあります。
ただ、こうしたオンライン授業の難点は、継続して勉強するためのモチベーションを保つのが難しいところ。これはeラーニングや通信講座にも共通して言えることでしょう。
「とりあえず勉強しなきゃ」という漠然とした不安に駆られて始めても長続きしません。学ぶことで自分にどういうメリットがあるのかという具体的なイメージを持つことが、モチベーションの維持につながります。
また、仕事に追われて余裕がなくなれば、当然ながら、勉強は後回しになってしまいます。時間を確保することは優先課題です。だからこそ、本稿の最初で述べた事務作業の効率化はバカにできないのです。
日本語による授業が主体のMOOCsもありますが、せっかく無料なのだから講座の種類が豊富で体系立った授業が多い海外のMOOCsもぜひ、のぞいてみてください。日本語字幕のない全編英語の授業のため、ハードルが高いと感じる方も多いかもしれませんが、紛うことなき専門家の講義は示唆にも富みます。英語の勉強を兼ねてチャレンジしてみる良い機会かもしれません。
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※本連載の第6回は、4月17日(金)の更新を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)