「チャンスは平等であることが大事」と強調するユニリーバ・ジャパンの島田由香・人事総務本部長。
撮影:横山耕太郎
ボディソープやヘアケア製品のブランド 「Dove(ダヴ)」や紅茶ブランド「リプトン」などで知られるユニリーバ・ジャパンは3月6日、採用活動において、提出を求める履歴書などに性別の記載を求めることを中止すると発表した。
性別を選択する項目だけでなく、名前から性別が分かることを避けるため、氏名の記入は名字のみにして、顔写真の提出も廃止した。
同社ではこれまでも履歴書の性別情報として、「男性・女性・答えたくない」から選択させるなど、ジェンダーに配慮した取り組みを行ってきたが、今回はさらに踏み込んで下の名前の記入もなくした。
なぜここまで大胆に採用方法を変えたのか。同社執行役員で人事総務本部長の島田由香さんに聞いた。
4人に1人「採用、男女平等ではない」
採用システムの変更を提案した河田瑶子さん(左)。河田さんは「人事と協力してやっとここまで来られた」と話す。
今回の取り組みを推し進めたのは、同社のヘアケアブランド「LUX(ラックス)」のチームだ。ラックスのマーケティングを担当する河田瑶子さんはこう語る。
「ラックスのブランドでは『女性が自分らしく輝くこと』を大切にしている。しかし実際には、ジェンダーに関わる無意識の偏見、女性管理職の少なさ、産休育休後の復職の難しさなどいろいろな壁があります。
その中で、まずはキャリアの最初の一歩である採用において、無意識に生じる性別へのバイアスを除くのがいいのではと考え、1年間準備をしてきました」
提供:ユニリーバ・ジャパン
ラックスでは2020年1月、採用活動を担当したことがある全国の会社員・経営者計424人を対象に、「選考における性別の影響」についてアンケート調査を実施。
「採用過程において男性と女性が平等に扱われていると思いますか」との質問に、「平等だと思う」と回答したのは49%。一方で、平等と思わないと回答した人は26%に上った。
また「応募職種から男性候補者を優先したことがあるか」という質問には、18%があると回答。
「写真の写り方の印象が採用の有無に関係すると思うか」という質問には、4割以上が「影響する」と答えるなど、採用において性別へのアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が影響していることが明らかになった。
現場は反対「会議では心が折れそうに」
氏名の記入欄には「どちらのボックスにも苗字をと入力ください。例)山田 山田」とある。
出典:ユニリーバHPの採用情報「通年採用/2022年夏卒内定プロセス」の応募画面を編集部キャプチャ
ただ、実際に採用の仕組みを変更するにあたっては現場からの反発も大きく、「社内会議では心が折れそうになった」(河田さん)という。
オランダとイギリスに本社を置くグローバルカンパニーであるユニリーバでは、新卒採用の際、全世界で共通するフォーマットを使用していたため、日本だけ自由に変更することができなかった。
また中途採用では、応募者はエージェントごとに用意された共通の履歴書と職務経歴書を使用するのが一般的。そのためユニリーバ・ジャパンだけ性別や顔写真の記載を禁止することで、転職者や転職エージェントから敬遠されるのではないかという懸念があったという。
「そもそもなんで写真が必要?」
世界展開するユニリーバ。性別によるバイアスをなくすことを理由に、名字だけの記入を行う例は日本以外にはないという(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
「『素晴らしいことだけど、夢を見すぎ』と最初はそう思われていた。この1年、人事とぶつかり合うこともありましたが、誰かが一歩踏み出さないといけなかった。
やってみて思うのは、仕組みではなく私たちのマインドセットの問題だったということ。今回の変更は、絶対に今やらなきゃいけないということではなかった。けれど、私たちが『超やりたい』事だった。その思いが伝わった」(島田さん)
全世界共通のフォーマットを変えられないか、グローバル本社と何度も交渉した結果、性別の選択欄を廃止できたほか、氏名を記入する欄への名字だけの記入も認められた。
世界各国のユニリーバの中でも、性別によるバイアスをなくすことを理由に、名字だけの記入という方法に踏み切ったのは日本だけだという。
中途採用についても結果的に、エージェント側が、顔写真のないフォーマットに変更することに理解を示したという。
「欧米では一般的に年齢の記載や顔写真はない。振り返ってみると、何がボトルネックになっていたのか不思議なくらい。
Twitterにも『そもそもなんで写真が必要だったのか』と、今回の取り組みに理解を示してくれる声が多くてうれしかった」(河田さん)
100%バイアスをなくせなくとも
島田氏は「今回のメッセージに共感し、ユニリーバに興味をもってくれる人が増えればうれしい」と語る。
撮影:横山耕太郎
ユニリーバ・ジャパンではこれまでも、選考過程でのバイアスを減らすため2018年から面接でAI活用などを進めてきた。
ただ性別に関しては、今回のようにたとえ名前を隠したとしても、面接の際には性別が分かってしまう。
島田さんは「すべてのバイアスを取り除いて、100%フェアにすることは難しいかもしれないけれど、性別は個性の一つにすぎない。チャンスが平等であることが大事」と強調する。
「例えば重いものを持つとか、体力が求められる仕事ならば、もしかしたら男性の方がいいかもしれない。でも、やりたいと女性が強く思っていることをやれないのは違う。
体力や生物学的な機能の違いよりも、その人の持つ知力や適応力、発想力、またその人がいるだけで明るくなるといったところに目を向けたい。
誰もがそれぞれ魔法を持っている。その魔法を発揮できる環境であることが大事だと思います」
バイアスを減らす取り組み「当たり前に」
撮影:今村拓馬
島田さんは、この動きが社会全体に広がることに期待を寄せる。
「社会を変えることは1人ではできない、ユニリーバだけでも無理。他の会社にもこうした取り組みが広がり、性別から生じる無意識のバイアスを減らす取り組みが当たり前になれば」
今回の取り組みは『LUX Social Damage Care Project(ラックス ソーシャルダメージケア プロジェクト)』と名付けられた運動の一環という。
「社会は気が付かないところでダメージを受けている。髪の毛も枝毛を見つけて初めて、傷みに気が付くことがある。このプロジェクトを、これまで気づかれなかった社会の傷のケアにつなげたい」(島田さん)
(文・横山耕太郎)